ゴブリン
『ラオの森』北西付近。
ゴブリンは木の上から道の様子を観察している。
ラックの馬車から放たれている光を目で追った。
「光は東の方向に向かっている。
トロールの兄貴たちはどうしたんだ?
兄貴たちのでっかい体がどこにも見えないな。
おい! 獲物を逃すなよ! 」
ゴブリンが乗る木の
下には30匹を超えるゴブリンが
所狭しと密集していた。
ゴブリンの集団は
「「おお! 」」と掛け声を上げた。
木の上のゴブリンが
木をスルスルっと滑りながら降りた。
「キキキキ!
人間を捕えたらどうしてくれようか。
ククククッ。楽しみだなぁ。」
ゴブリン集団の中から
剣心に穴があいた剣を持ったゴブリンが
木を降りてきたゴブリンに近づき口を開いた。
「ボス、急ごうぜ。
他の奴らに獲物を奪われちまう。」
木に登っていたゴブリンは
このゴブリン集団のリーダーであった。
ザッ! と草を踏む音が近くで聞こえた。
ゴブリンたちは警戒して武器を構えた。
草むらの低い位置から
紫の2つの小さな光がゴブリンたちを見ていた。
ゴブリンのボスは草むらに目を凝らした。
「ん。なんだ? 猪かもしれん。
誰か、あの草むらを見てこい! 」
穴のあいた剣を持ったゴブリンが進み出た。
「おう! 猪だったらいいな。
どうせなら狩っちまおうぜ。」
剣を持ったゴブリンは仲間を5名連れて
草むらに駆け足で近づいていった。
「おい! お前ら! そんな暇ねぇだろうが!
急げって言ったお前が足引っ張ってどうすんだ! 」
ボスゴブリンが怒鳴った。
「しょ~がねぇ奴らだ。
あいつらはほっておいて残った面子で向かうか。」
ボスゴブリンは馬車が気になって目線を放した。
草むらからザシュッ!っと音がした。
ボスゴブリンは草むらに再び目を向けた。
草むらから何かが飛んできた。
「なんだ? 」
ボスゴブリンは目を細めて地面を見た。
先ほど草むらに向かった剣を
持ったゴブリンの頭部だけが転がっていた。
ボスゴブリンの顔は真っ青になった。
「敵だ! 警戒しろ! 」
ゴブリンたちは草むらに向かって
臨戦態勢を取った。
あるものは剣を両手に持ち、
あるものは弓を構え、あるものは槍を構え、
あるものはハンマーをギュっと握っていた。
ボトッ! ボトッ! と
先ほど草むらにゴブリンたちの
首を切断された頭部が
ゴブリン集団に次々と投げ込まれる。
ボスゴブリンは額から汗が噴き出した。
「なんなんだ。なんなんだ。」
ザッ。ザッ。ザッ。と
ゴブリンたちに歩み寄る足音。
ゴブリン集団28名は息を飲んで
敵が姿を現すのをジッと待った。
ザザザザザザザ。と
急に近づいてくる足音が速くなった。
ゴブリンの弓隊は
一斉に音のする方角へ矢を放った。
キン! キン! キン! と
おそらく矢じりが弾かれる音がした。
剣を持った女の影が姿を現した。
剣から鍔からは2つの赤い目が光っていた。
ボスゴブリンは近くの木に身を潜めた。
「人間の女だ!
たかが一人だ! 捕えろ!
無理なら殺してしまえ! 」と
木の陰からボスゴブリンは叫んだ。
槍隊8名は槍を正面に構えて
女の影に向かって一斉に突撃した。
槍隊が向かった先から
ブオッ! と大きな炎が巻き上がった。
槍隊は体を炎に包まれて地面にのたうち回る。
「ギャー! 焼ける! 」
「消えねぇ! 水をかけてくれー! 」
「あちぃ! 熱い! 熱いよー! 」
そんなゴブリンの声が聞こえてくる。
木の陰で様子を
見ていたボスゴブリンは驚愕した。
「なに! 魔法使いか!?
あの人間の女は魔法剣士だ!
一か所に固まるな!
分散して包囲して一気にしとめろ! 」
体が大きなホブゴブリン6名が
女魔法剣士を遠巻きに取り囲む。
弓隊はそれぞれ分散してそれぞれ木に登ると、
女剣士に向かって弓を構えて矢を引いた。
ゴブリンの槍隊8名は周囲で
丸焦げになって息絶えていた。
ホブゴブリンの後ろに
控えていた剣士隊とハンマー隊、
総勢7名が分散して
的を絞らせないようにして
女魔法剣士に接近して体に飛びついた。
ボスゴブリンは拳を握って
「やったぞ!
そのまま取り押さえろ! 」と叫んだ。
ブオォォォォォ! と
女魔法剣士の体から炎柱が立ちのぼった。
取りついたゴブリンたちは炎が燃え移り
肌がどんどんと爛れて黒く焼けていった。
女魔法剣士に取りついていられなくなり
ゴブリンたちは炎に焼かれながら
地面にのたうち回って7名は絶命していった。
立ちのぼる炎柱の中心にいる女魔法剣士の
顔が炎の明かりで浮かび上がる。
その魔法剣士はテューネであった。
テューネは体に炎を纏いながら
体の大きなホブゴブリンに踏み込んだ。
ホブゴブリンは斧を振り上げた。
シュ! と目にもとまらぬ横一文字斬りで
ホブゴブリンは腰から真っ二つになった。
ホブゴブリン5名は斧を振り上げて
素早い動きでテューネを
包囲しながら襲い掛かった。
周囲の木々の上に潜む弓隊6名が
ホブゴブリンに包囲されたテューネに
次々と矢を放ち続けた。
テューネは体を低くして
ホブゴブリンの脇腹を剣で斬った。
ホブゴブリンの浅く斬られた脇腹の
傷口から、ボォォォ! っと炎が湧きたつ。
その炎が全身に回っていく。
「ぐああああああああ! 」
ホブゴブリンは焼かれながら絶命した。
別のホブゴブリンの後ろに
回り込んで背中から
人面剣を突き立て心臓を貫いた。
テューネの背後から
斧を振り下ろしてきたホブゴブリンを
テューネは囁くような小さな声で
呪文を詠唱しながら前蹴りした。
テューネの足が密着したホブゴブリンの左足から
ブワァァァ!っと炎が湧きたつ。
「うわああああ! 死ぬのはいやだぁぁぁ! 」
テューネは燃え上がったホブゴブリンの首を
人面剣で一刀両断に斬り落とした。
ザザザザザ! と
駆けて別のホブゴブリンに近づく。
残った2名のホブゴブリンは
左右からテューネを攻撃しようとした。
その2名のホブゴブリンの斧攻撃を
人面剣で、カン! カン! と跳ね上げた。
テューネは体を螺旋にくねらせながら
隙のできたホブゴブリンを袈裟斬りにして
肩から脇腹を両断した。
「グホッ! がぁぁぁぁ・・・」
ホブゴブリンは上半身を斜めに斬られ
ずり落ちるようにして上半身は地面に落ちた。
体を回転させながらテューネは逆袈裟斬りで
もう一名のホブリンの胴を両断した。
「こんな! こんなの嫌だぁぁ・・・」
ホブゴブリンの上半身は、バタン! と
地面に落ちて跳ねた。
ッザザザザと素早い動きで矢を避けながら
近くの木を走りながら登っていく。
木のてっぺんまで駆け足で登ったテューネは
クルっと前転しながら空中に飛び上がった。
空中で態勢を整えると弓隊を視界に捉える。
ズザっと、落下して木に枝葉に潜り込んで
テューネは気配を消した。
ボスゴブリンは
木の陰を渡り歩いて、
息を殺して周囲を見渡す。
(・・・あの女どこ行った?
人間の女はあんなに強いのか?
どうなっているんだ。
ここから撤退したいが下手に動いたら
わしの位置がバレてしまう。)
ズサッ。 ズサッ。 と木の上から
大きな物が地面に落下する音が聞こえた。
テューネの炎の明るさに目が慣れて
ボスゴブリンは何が落ちたのか視認できない。
しかし、弓隊であろうとは推測できた。
(くそっ!・・・
もう、このまま逃げるしかあるまい。)
トントンとボスゴブリンの肩を誰かが叩いた。
ボスゴブリンは、ビクっと肩をゆらすと
恐る恐る、ゆっくりと後ろに顔を向ける。
頬に何かが、グッと当たった。
ボスゴブリンが自分の頬に視線を向けると
頬に当たっているのは人間の人差し指だった。
ボスゴブリンが視界を上に向ける。
紫色に光る両眼が突き刺すような視線を
ボスゴブリンに向けていた。
テューネの人差し指が
当たっているボスゴブリンの左頬は熱くなっていく。
ボスゴブリンの視界に炎が映った。
ボスゴブリンの顔が燃えているのだ。
「うわわぁぁぁあぁ! 」と飛びのいて
森の奥に向かって必死で駆けだした。
ボスゴブリンの視界が
どんどん炎に奪われていく。
自分の顔の皮膚を焼く独特の匂いが
ボスゴブリンの鼻をつく。
ボスゴブリンは
目を開けていられず瞼を閉じた。
髪の毛が焦げる音がパチパチと聞こえる。
ボスゴブリンは意識が朦朧とし始めて
足をもつれさせて地面に転がった。
全身に炎が燃え広がったボスゴブリンの
姿をテューネは目で確認すると、
サッと人面剣を鞘に納めた。
テューネは腰を屈めると、
ザザザザザと足跡を鳴らし
身を低く保ちながら走って森の奥へと向かった。
はじめまして。
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