鍋
ラックは仲間たちが待つ馬車に戻った。
エリックが馬車の近くで火を焚いて
金属の三脚を焚火に設置している最中だった。
金具の三脚は鍋を吊るすための道具である。
エリックがラックに気付いた。
「ラックさんおかえりなさい。
大活躍されてきたんではありませんか。」
エリックがニヤリと笑った。
エリックの言葉にラックはドキっとした。
「大活躍か。別に大したことしてないよ。
それよりみんなの姿が見えないけれど
どこかに行っているのかい? 」
「ええ。バーナードは近くの小川に
水を確保に行ってます。
女性陣2人も小川に行ったのですが
バーナードとは目的が違います。
女性陣は水浴びをしたいと言ってましたね。」
「なるほど。
食材でも切りながら待つとするか。」
ラックの言葉を聞いてエリックは
馬車の荷台を物色し始めた。
エリックは荷台から
折り畳み式の木製のテーブルと
まな板を持ってきた。
ラックとエリックは協力して
テーブルを設置した。
ラックとエリックは
交互に水筒から水を出して手を洗う。
ラックはテーブルにまな板を置いた。
「3人だけで大丈夫かな。
この辺は怪物はいないのかな。」
ラックは急に心配になった。
エリックは荷台に行って食糧を入れた箱を開けて
野菜を取り出してテーブルまで持ってきた。
「軽く周囲を見回ったんですが、
この辺に怪物の痕跡は
まるっきり見つかりませんでしたよ。
ダンジョンが近いから3人にはここを動くなと
言ってはみましたが、バーニーとテューネは
言う事を聞いてはくれませんでしたね。
テューネを心配してノーラもついていきました。」
エリックからラックは野菜を受け取る。
「そっか。そりゃ、仕方ないな。
馬車を無人にしておくことも出来ないもんな。」
ラックは野菜をテーブルの上に置いた。
「3人が遅いようなら
俺が様子を見に行くよ。
う~ん。パンはあるし、肉か魚が欲しい所だな。」
「あ。荷台に干し肉はありましたよ。
スープの出汁に使うなら干し肉でも
問題ないんじゃないですか。」
「そうだな。干し肉も取ってきてくれる? 」
「はい。わかりました。」
エリックは馬車の荷台に干し肉を取りに行った。
荷台から戻ったエリックは干し肉をラックに渡した。
「えっと、オレッち、
ブエレンの街を警戒して眺めていたんですが
紫の光が光った瞬間、街の建物の大半が消滅しました。
あんな恐ろしい威力の魔法を使う敵がいるのかと
オレっちは恐怖したんです。
オレっち、ラックさんが心配になりました。
でも、そんな化物じみた力を使うのは
ラックさんの方じゃないか。って思ったんです。」
ラックは困った顔をした。
「だから、大活躍って言葉が最初に出たのか。」
エリックは頷いた。
「オレっちはラックさんと最初に出会った時、
マナでラックさんの器を量ったって言ったでしょ。
詳しくは言いませんでしたけれど、
ラックさんの器は異常すぎます。
オレっちのマナでは量りきれませんでした。
ラックさんの正体が神様だって
言われてもオレっちは信じますよ。」
ラックは野菜をまな板に乗せて
まな板に乗せられた包丁で
野菜をザックリと切り始めた。
「それは買いかぶりすぎだけれど
これから一緒に生活していくエリックには
隠し事をしていくのは無理があるだろうな。
紫の光をバーナードたちは見たのか? 」
エリックは首を横に振った。
「その時はオレッち以外のみんなは
馬車の中にいました。」
ラックは安心した顔をした。
「このクエストが終われば
パーティーは解散だ。
エリックは俺の家族の一員になるが
他の3人はそれぞれ一人の冒険者に戻る。
紫の光については黙っておいてくれないか。
エリックはこれから色んな事に巻き込まれる。
だから、落ち着いたら全てを話す。」
エリックは笑顔になった。
「出会ったばかりのオレっちを
冒険者仲間よりも信用してくれるんすか。」
エリックにラックは笑顔を向けた。
「命をもらうって約束の重さはハンパな物じゃない。
過酷な一生になるかもしれないけれど
覚悟は出来ている? 」
エリックは少し悩んだ素振りをした。
「無職で武者修行の放浪しているより
ラックさんといた方が、
ずっと自分の可能性を試せる気がしているんすよ。
アルブルド家の厄介者のオレっちが
歴史に名を残す英雄になれるんじゃないかってね。」
ラックが切った野菜をエリックは
軽く油を敷いた鍋に入れる。
エリックは干し肉を小さくちぎって鍋に入れた。
「英雄かぁ。
英雄が生まれる時代ってのは幸運な時代なのかな。
俺はその逆なんじゃないかとか思ったりするよ。」
エリックは驚いた顔をした。
「へえ~。ラックさんからそんな言葉を
聞けるなんて思ってもみなかったですね。」
「お~い! 」
バーナードがバケツを
2つ持って坂道を上がってきた。
ラックとエリックは坂を下りて
バーナードからバケツを1つずつ受け取った。
バーナードは焚火の前で
地面にズシッと腰を下ろした。
「空のバケツを持っての下り道は
小川まで近くに感じたが
水を一杯汲んだバケツ2つ持って
坂道を上がる帰り道は
ここまでが、ずいぶんと遠く感じたぜ。
あとの2人も坂の一番下までは一緒に来てた。
情けない話だが、オレの方がバテそうに
なったんで先に上ってきたんだ。
もうすぐ、あとの2人も来るはずだ。」
「おつかれさま。」
ラックはバーナードに声をかけた。
焚火に設置した三脚のハンガーに
エリックは鍋を吊るした。
エリックは屈むと、
ターナーで食材を炒め始めた。
「パンとチーズで軽く済ませるなら
水汲みなんてしなくて良かったんですが
女性陣2人が温かいスープを
所望しちゃいましたからね。」
バーナードが胡坐を組んだ。
「小川に一緒に行くっていうから
一緒に水を運んでくれるのかと
期待しちまったが無理だとすぐにわかったぜ。
テューネはフラフラだったし
テューネの介抱でノーラは手一杯だった。
女に力仕事を期待しちまうなんて
オレらしくもねぇ。どうかしていたぜ。」
「大変だったね。
水汲みを手伝えなくてごめんね。」
ラックは申し訳なさそうにした。
「全然いいさ。
お前は偵察に行ってくれてたんだ。
水汲みなんて力仕事は男の仕事だしな。
オレも水浴びできてスッキリはしたぜ。
アイツらが水浴びを終えるまでは
小川の周囲を警戒して回ってみたが
怪物は見当たらなかったぜ。」
「オレっちも警戒してたんすけれど
この周辺には怪物はいなかった。」
バーナードに向かってエリックは言った。
「そっか。野営しても問題なさそうだな。
オレの体調が万全なら水汲みなんて
屁でもないんだがなぁ。疲れてるのかもな。」
バーナードは首を大きく回してから
大きく両腕を上げて背筋を伸ばした。
ラックはバケツから鍋に水を注いだ。
ラックは屈んで、鍋の中に
香草、スパイス、塩、コンソメを加えた。
「お前ら、随分と、料理に慣れてるんだな。」
バーナードはラックとエリックを見ながら言った。
ラックは立ち上がった。
「俺は猟師の息子だからね。」
エリックはレードルで鍋をかき混ぜ始めた。
「オレっちは流浪の身で野宿生活が長かったっす。」
バーナードは納得した。
「ラックは貴族出身じゃない貴族で。
エリックは貴族の身分を捨てた貴族か。
なんだかんだでいいコンビになれそうだな。」
ラックとエリックは顔を見合わせて
「ははは。」とお互いに笑った。
「やっほ~! 」
テューネが坂を上ってきた。
ノーラは小さい体でテューネを支えている。
テューネとノーラは水浴びをしたあとで
髪が乾ききっていなかった。
ラックが坂道を駆け下りて
ノーラに代わってテューネの体を支えた。
「2人とも風邪をひいたら元も子もないよ。
温かいスープももう出来上がるから
焚火に当たりなよ。」
ノーラは嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます!
何も手伝いが出来なくて申し訳ありませんでした。」
ラックにノーラは歩きながら頭を下げた。
テューネはまだ体力が回復しきっていない様子で
歩きながらよろめいたりして体幹が安定しきらない。
「みんなすまないねぇ。」
テューネは老婆のような声色をして言った。
ラックは不安を口にした。
「クエストが終わったんで
人面剣は返してもらいますからね。」
「え!? いやよ!
ダスティンはあたいの相棒なんだ。
ラックは師匠から友達を奪うっていうのかい? 」
テューネは宿屋でラックから人面剣を受け取った夜、
酒を飲みながら人面剣と語り合い意気投合したらしい。
「友達って何?
ダスティンって誰だよ!
テューネさん、
勝手に人面剣に名前まで付けてたのかよ。」
テューネの言動にラックは呆れかえった。
ラック、バーナード、エリック、テューネ、ノーラの
5人は焚火を囲んで地面に腰を下ろしている。
空には星が輝き始めていた。
はじめまして。
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