人間宣言
トン! トン! トン! とボーグが
会議室の扉をノックした。
「入れ。」と扉の向こうからクラウスの声が聞こえた。
ボーグは扉を開けて中に入る。
クラウスは室内の大きなテーブルの椅子に座り
山のように置かれた書類に目を通していた。
ボーグはクラウスに向かって深く頭を下げた。
「失礼いたします。陛下がお越しになられました。」
「ええ~! 陛下来たの? そんなの聞いてないよ。」
クラウスはギョッと目を見開いた。
「おはようさん! クラウス、俺が来たよ! 」
ボーグの背後からラックがヒョコっと顔を出した。
「はぁ~。来たものは仕方ありませんね。
ウラド、お前は下がってよい。」
クラウスは会議室のテーブルで
書類に書き物をしていたウラドという男に言った。
「わかりました。」
ウラドは立ち上がると、
扉の前のラックたちの横で立ち止まる。
ウラドはラックに向かって片膝をついた。
「ご復活、おめでとうございます。」
「ウラド、お前もいたのか。
お前みたいな優秀な男もいてくれてうれしいよ。」
「ありがとうございます。
このウラド・ツェップリの陛下への忠誠は
あの頃と変わらずここにあります。」
「おい! クラウス、聞いたか?
お前は人間の飼い犬になったがウラドは
このように俺を崇め奉ってくれてんぞ。」
ラックはクラウスをジトっと見て、そう言った。
クラウスは、ため息をつくと立ち上がる。
ラックの前に歩み寄り、片膝をついた。
「このルシファー、陛下への忠誠を
忘れた事など一度もありません。
我ら、紫に属する旅団は
陛下とともに在り続けております。」
ラックは眉間に皺を寄せる。
「お前の言葉に心を感じないんだよなぁ。
まぁ、昨日は懲らしめたから反省はしてんだろう。
込み入った話があるから、2人きりにしてくれるか。」
ラックはそう言ってボーグを見た。
「は! ヒリアスいくぞ。
ウラド殿も一緒に下へ参りましょう。」
ボーグはヒリアスとウラドを伴って会議室を出ていった。
ラックはクラウスの横を通り過ぎて
会議室のテーブルの椅子に座った。
クラウスはそれを待って立ち上がると
ラックの向かいの椅子を引いて腰を下ろした。
ラックはテーブルに
右肘を置いて右手に顔をのせた。
「今日はお前に金の無心にきた。
さっさと金をよこしやがれ! 」
そう言ってラックは左手で頂戴と言わんばかりに
左手の手のひらを上に向けてクラウスに腕を伸ばした。
「陛下・・・まったく貴方って方は
昔から変わらなさすぎて逆に安心感がありますね。」
クラウスはジャケットの内側のポケットから
黒いカードを取り出してテーブルに置くと
シュッと、テーブルに置いたカードを
ラックの方に滑らせた。
ラックはそのカードを
左手で止めてつまみ上げた。
「なんだこのカードは?」
ラックは黒いカードを凝視した。
「僕が冒険者ギルドに預けている金の
預金管理カードです。
金貨、100万枚は入っています。
それを受付に持っていけば
自由に預金を引き出すことができます。」
「すげぇ! 金貨100万って
1000億ゴールドじゃん。
マジ助かる。サンキュな。
やっぱりお前が金の管理してたんだな。」
「ええ。他の三人は金銭の管理に向いてないので。」
クラウスは両肘をついて両手に額をもたげた。
「俺も金銭管理は向いていないかもしれんぞ。」
「いいえ、陛下は金銭管理に向いています。
節約家であらせますし、
意味のないお金の使い方を大変お嫌いになります。」
「わかったような事を言うね。
それじゃ、これと交換でカードをもらうとしようか。」
ラックはテレサから受け取った宝石箱を出して
テーブルに置くとクラウスの方に滑らせた。
「これはテレサの私物ですね。」
「あいつ、収集物は自分の体の一部くらいに
思っているところがあるからな。
お前が買い戻したって事にして返してやってくれるか。」
「わかりました。彼女に返しておきましょう。
という事は私以外の3人にも金の無心をされたのですね。」
「ああ。あいつら、浪費しまくってんのな。
お前の苦労が忍ばれて心が痛かったよ。」
「わかって頂けて恐悦至極に存じます。」
クラウスは少しだけ目が潤んでいた。
「俺の用はこれで済んだんだけれど
気になる事がさっき増えてしまってな。
エリナって皇女の身体は暗黒物質に侵されてた。
お前って、人間の暗黒騎士を作ってんの? 」
「はい。ですが、まだまだ試作の段階です。
かつて陛下が示したご意思を具現化するように
努力を続けているのでございます。」
「俺? 俺って、昔に何か言ったっけ?」
「『勇者錬成計画』です。覚えておられませんか?」
「ああ。そういえば言ってたっけなぁ。懐かしい。」
「人類が弱すぎて過去に3回も
陛下が人類を滅亡をさせてしまった。
人間を管理する神が人類の再生に苦労し続けた結果、
『こんなん無理ゲー! もう! 嫌! 』と言って
管理神がどこかの世界へ雲隠れしたという事件を
陛下は覚えていませんか?
「神? あいつか、
あいつ、この世界の立ち上げに
関わってる人間界の最重要キャラなのに
俺に短い手紙だけよこしてどっかに行っちまった。
でも、あいつは俺の古い友人だしなぁ。
探さないでください。と書いてあっても
それは探してくださいって事かもしれないし
かまってちゃんの相手も友人の仕事。
いつか探しに行ってやるさ。」
「探してあげてください。
管理神がいないせいで
天界の天使たちは命を削るような労働をして
この人間界を維持しているらしいです。
それは置いておいてですね。
陛下が、人類討伐にもう少し
歯ごたえが欲しいと言って
立てた計画が『勇者錬成計画』です。
人類の強化育成を目的とした計画ですが
陛下は言いっぱなしで何もしませんでしたね。
配下である僕は陛下の復活までに
どうにか間に合わせたいと
色々と試行錯誤していたのです。」
「そうなの? 俺の単なる愚痴を
大きな計画だと勘違いして
頑張ってくれていたのか。忠義大義であります。」
「愚痴かは知りませんが帝王が発する言葉には
大きな影響力と大きな責任が伴うと知って頂きたいです。
あと、陛下が提唱したもう一つの計画。
『人魔共存世界の構築』のために僕らは
人間社会の中に潜り込んで
人間として活動しています。」
「共存!? そんなこともいってたんだね。
ごめん。俺、言いっぱなしで放置して
お前らに苦労をかけていたのか。マジごめん。」
「いえ、陛下がお隠れになってから
僕らはこれからどうすればよいのかと
自分たちが向かうべき道に迷いました。
陛下の過去のお言葉からしか
方向を見出せなかったのです。
僕らの他にも『黒』と『白』と『青』の外様魔王が
陛下の理想の実現に向けて
精力的に頑張ってくれています。」
「あいつら三柱もこの大陸にいるの? 」
「ええ。頑張っていますよ。」
「そっかぁ。なんか申し訳ないなぁ。
俺、人間になれて人間の嫁をもらって新生活を始めたし
計画の一つの人魔共存って理想は、もう叶えちゃってる。」
「叶えていません! 世界っていうのが叶ってません!
個人的な理想ではなく、共存世界を構築する事です。」
「え?!
俺の計画ってそんなに壮大だったのか!? 」
「だから、みんなが頑張っているんでしょうが。」
「みんな頑張ってんのね。
みんなをやる気にさせるような指針を
俺は示せてうれしいよ。もう満足だ。」
「勝手に頑張った僕たちが
馬鹿と言いたいのですね。別に気にしませんが。
それにしてもご結婚なされているとは
存じ上げませんでした。
大変喜ばしい事です。おめでとうございます。」
「おお、サンキュな。
そっか。俺個人の理想は叶っているので
そのなんとかって計画は
みんなの中で一人歩きさせてやっていってくれ。」
「はぁ~。相変わらず、投げっぱなしですね。」
「それでさぁ、さっきの暗黒物質の話だけれど、
あの物質を悪魔以外の生命体に
投与するのは無理があるなぁ。
内臓とかが暗黒物質に汚染されて
人体に悪影響を及ぼすだろ。
情報保存物質と暗黒物質を併用する事で
身体の再構築は出来るだろうけれど
それでも寿命を延ばせるわけでもない。」
「わかっております。
しかし、その欠点を補う技術がまだありません。」
「お前は真面目で石橋を叩いて渡るタイプだけれど
政治力とか独創性とかあんまりないよな。
既存の技術を人体に転用してデータを取って試行錯誤する。
芸が無いっていうか安直というか。」
「僕の悪口を言いたいのですか?」
「いや、むしろお前は官僚としては優秀だったし
愚直が悪いとは思わないけれど
創造性と果断さって時には大事だと俺は思うんだよね。」
「陛下が何をおっしゃりたいのかが僕にはわかりません。」
「リエラの症状を見て
血管から暗黒物質が漏れ出すのを防ぐだけでも
だいぶ違うんじゃないのって俺は思ったんだよね。」
「そ・・それはどういうことでしょうか。」
「暗黒技術の専門家のお前に偉そうにいうのは
気がひけるんだけれどさ。
血管に暗黒物質の薄い膜を作るんだよ。
暗黒物質は暗黒物質に反発して
暗黒物質を通さないって知ってるよね。」
「はい。理屈はわかりますが
暗黒物質は物体の無い物質です。
そのような物質でミクロの膜を作るような技術は
まだ確立されてませんし
技術の確立はまだまだ遠い先かと。」
「俺って、人体錬成スキルを持ってんだよね。
人体の中の物質操作もお手の物って話さ。」
「陛下!
それはどれだけ高度な技術だと
思っておられるのですか?
それがいとも簡単に出来ると
陛下はおっしゃるんですか? 」
「お、おう。お
前のプライドを粉砕したならごめん。
俺なら、たぶん、できちゃう。」
「まったく恐れ入りましたよ。
では、近日、その技術を使った実験を
しなければなりませんね。」
「いいよ。
あのリエラって子でいいんじゃない?
俺に忠誠を誓うって言ってたし
協力してくれそうじゃん。」
「わかりました。
では、近日、リエナ皇女殿下を
お呼びする事にしましょう。」
「それは任せるよ。
それでさ。
ここにいないパーティーメンバー3人を
念話かなんかでここへ呼んでくれる?」
「それは構いませんが
彼女たちにどういう用件なのでしょう?」
「俺はお前たちの人魔共存世界って計画とか
勇者作成とか政治とか戦争に関わりたくないんだよ。
その気持ちを直臣のお前達に宣言しておきたいんよ。」
「誰も陛下に期待なんてしていませんから
宣言など無駄ですので
しなくてもいいんじゃないでしょうか。」
「ダメ!
既成事実は作っておきたいんだよ。
あとで責任とか押し付けられたら
テンション下がるわ。」
「は~。なるほど。
逃げの口実を作っておきたいんですね。」
「悪いか。俺には家庭があんだよ。
慎ましく平凡で幸せな生活を送りたいんだ。
それの何が悪い。言ってみろよ! 」
「いえ、わかりました。
すぐ3人を呼びましょう。」
クラウスは、困ったものだといった表情を見せた。
クラウスはすぐに念話で
冒険者ギルドの建物内にいるレオナ、
ミランダ、テレサの3人に招集をかけた。
しばらくして、3人がバラバラに会議室に現れた。
「陛下もいらっしゃるのですね。
みんなで秘密の会議をするのですか?
なんだかとってもワクワクしちゃいます。」
レオナはなんだか嬉しそうだった。
「うわぁ! 陛下!
もしかして、もうあげたお金を使ったんですか!
もうわたしは今月は絶対無理ですからね! 」
ミランダは怯えた目でラックを見た。
「陛下、さっきはありがとう。
顔見知りの冒険者さんたちに素顔を褒められたよ。」
テレサは兜をつけていなかった。
テレサの素顔を見てラック以外は全員がビックリした。
レオナとミランダはテレサを抱きしめる。
そのあと女子3人は
キャッキャ! キャッキャ! と
話が弾んでしまっていた。
クラウスが女性陣の雑談がひと段落するのを待って
露骨に咳払いをして着席を促した。
3人は咳払いに気付くと
それぞれ会議室のテーブルの椅子に腰を下ろした。
クラウス、レオナ、ミランダ、テレサを前にして
テーブルの上座に座ったラックは立ち上がる。
ゴホンッと一拍の咳払いをして口を開いた。
「みんな忙しい中、よく集まってくれた。
俺はお前たちの、元?
いや今もたぶん現役の主君ではあるが
残念ながらお給金も支払えず
お金を無心するだけの穀潰しに成り果ててしまった。
そんな俺を受け入れてくれるお前たちに
俺は全力で甘えながら、この一生を終えようと思う。」
ラック以外の4人は話をジッと聞いている。
全員がリアクションに困り果てているのが
ラックは4人の重たい雰囲気から、肌で感じた。
「わたくし、ラック・デストは1人の人間です。
悪魔の支配者とか、人類の討滅とか、悪魔の国家樹立とか
そんな人外の問題に興味ありません!
わたしは家族とともにどこにでもある人間の家庭を築き
そして、子供を作り、命を育む。
そんな人間にわたしはなりたい。
わたし、ラック・デストは悪魔の肩書きを脱ぎ捨て
どこにでもいる一人の人間であることをここに宣言します!
それがわたしの不退転の決意であります。
これをもって人間宣言といたします。以上であります。
ご清聴ありがとうございました。」
ラック以外の4人は顔を見合わせた。
「もう終わったのですの?」「わかんない。」
「ラック様は何を宣言されたのでしょうか?」
「お前たち、陛下を理解しようとするな。慣れろ。
とりあえず拍手しとけばいい。」
しばらくして4人から乾いた拍手がパラパラと起こった。
「ありがとう。みんなありがとう。
俺は一般人になったがお前たちは大切な心の家臣だ。
これからも俺に無償の忠義を尽くしてくれ。
では、これから俺は昼食に行ってくる。」
ラックは席を立った。
「いってらっしゃいませ。」
「お気をつけて。」
「バイバイですの? 」
「また例の件の事はご連絡を差し上げます。
陛下、またお会いましょう。」
「うむ。ではさらばじゃ! 」
ラックは意気揚々と4人に大きく手を振りながら
会議室の扉を開けて廊下に出た。
ラックは食堂に向けて歩き出した。
はじめまして。
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