6.居候することになりました
日の光が顔をのぞかせだした早朝、トントンとリズムのいい音が聞こえ起き上がる。誰かがもう起きて何かしているようだ。
お世話になりっぱなしで何も手伝わないのは申し訳ない。
部屋を出てすぐの所にテーブルと、さらに奥にこじんまりとしたキッチンがあり、リヒトが包丁を手に何かを切っていた。
「おはようございます。」
「ん。・・・おはよう・・・」
相変わらず言葉少なだ。隣に行き、手元を覗くとキャベツを切っていた。近くのボールにはカットされた人参が。
「私も何か手伝わせてください。何をすればいいですか。」
「・・・じゃあ、パンケーキ焼いて。」
聞いといてからに料理をしたことがないことに気づく。さすがにやる気だけではだめだろう。手伝うと言った手前不味いものが出来上がっては申し訳ない。
「すみません。手伝うと言ってなんですが、料理したことないんです。食材を切ることなら何回かしたことはあるんですが・・・」
「じゃあ、これ、切れる?」
同じ大きさに切ってほしいと今切っているキャベツと包丁を渡される。頷きながら恐る恐る包丁を動かしていく。
あまりのぎこちなさに心配になったのだろう。視線を感じる。
「手、気を付けて。」
「はい。」
切り終わった材料を彼が炒めていく。手際が良い。水を入れて、茶色い粉のようなものを入れて煮込んでいる間にパンケーキを焼いていく。
「あの、私は何をすれば・・・?」
辺りを見回し、じゃあ、と棚に置いてある皿とスープカップを5つずつ出すよう言われる。公爵家で使われていた陶器の物ではなく、木でできた物で陶器よりも軽いと思った。何より割れる心配は少ない。と、いえど、人様の家の物を壊してはいけないと丁寧に扱う。
料理が出来てこれから盛り付け、というところで外からおばあさん、もとい魔女が入って来た。
「ふむ。起きてたのかい。顔色は良くなったね。」
「はい、おかげさまで。ありがとうございました。」
真ん前でまじまじと見てさっさと奥に引っ込んでしまった。
魔女の後ろからは私のよく知っている人が。
「プレジール!?なんでここに?何してるの?」
1つ年上で友人の子爵家令嬢がざるに草を積んで入って来た。
「久しぶり~。ナディエもリヒトさんに拾ってもらったんだって?良かったね~。とりあえずこれ、向こうに置いてくるね。」
どうやら薬草のようだ。魔女が向かった先へ友人も消えていった。
プレジールはディレット子爵家の長女。彼女の家は商いで利を得ている。その商いも幅広く、うちのスチュワード家も食器や食材、ベッドなどの購入でお世話になっている。質が良いくせに高すぎることはなく、人気を博している。いわゆる質を重視した人達に人気があるのだ。
そこの跡取りは彼女の弟なんだが、彼女も私のように結婚より仕事をとっている。彼女の両親は早く結婚相手を見つけて欲しがっているが、物の、とりわけ食材に関しての目利きは群を抜いているためあまり強く言えないようだ。
そしてもう1人、視線を下げると、小さな女の子がこちらを見ていた。5歳くらいだろうか。腰まである黒い髪はウルフカットのような形であり、人型をしているが、耳に尻尾、さらには瞳孔が明らかに人でないことを示している。
「ええっと・・・初めまして?」
と言ったとたん目を細められた。呆れてるような表情だ。
「昨日喋ったじゃない。もう忘れたの?」
え?と思いながらよくよく見ると尻尾が2本ある。
んんん?
「えーっと、昨日の猫又?」
「そう。ご飯を食べるときは人型になるの。あーお腹すいた!」
そのまま席に付こうとした彼女をリヒトが止める。
「シェリー、手伝いしてたんだろう。先に手洗ってこい。」
なるほど、シェリーというのか、と思ったところでふと気づく。
(なんか私の時より普通に喋ってない?)
振り返るとよそよそしい話し方でちょっと寂しい気分になる。まあ、昨日今日知り合ったような相手に心開く方が無理な話だが。
みんなが揃ったところで食事を始める。
薄いパンケーキに甘辛く炊いた豆、具沢山のスープ・・・。
貴族でこのようなメニューの朝食なぞきっと出る家はないだろうし、自分も食べたことはないが、匂いにそそられナイフとフォーク、スプーンが進む。
素材を生かした優しい味だと思う。正直私の舌にはやや薄く感じるが、温かさとその優しい味がくせになる。
「お貴族様はこんな朝ごはんじゃないだろうけど平民は大体こんなもんさ。むしろスープが付く分うちは豪勢かもしれんね。」
何故貴族だと分かったのだろう・・・と考えた所でそういえばプレジールも貴族だし、彼女から聞いたのかもしれない、と一人納得する。
食後、温まった体に一息ついているとおもむろに話が始まる。
「さて、あんたはもう体調もいいみたいだし親元に帰んな。麓まではリヒトに案内させるさ。」
でも、とプレジールを見やる。
私の視線に言いたいことを察してくれた彼女が説明をしてくれる。
「私も行き倒れみたいな感じだったところをリヒトさんに拾ってもらってね。ここは自然が豊かで魔女が作る貴重な薬草とか美味しい食べ物がたくさんあるからね。すこーし分けてもらう代わりに手伝いをしてるの。だからまだ当分は帰らないよ。」
プレジールはきちんと場所は言えないが商売のために居候をすることを家族に手紙で伝えているらしい。
かといって私は表向き絶縁された身なので、はいそうですかと帰ることも手紙を送ることもできない。
状況を説明し、自分もここにおいて欲しいとお願いする。貴重な薬草があるなら今後調合を薬師に依頼するときに利用できるかもしれないし、何より治療の幅が広がると助かる人も増えるだろうという考えもある。
眉間にしわを寄せながら考えていた魔女も意を決したように頷いた。
「仕方ないね。でもうちをそんな面倒ごとには巻き込まんでくれよ。怪しくなったら出て行ってくれ。それと魔女魔女言わない。あまり大声で言ってほしくない。エスポワールと呼んでくれ。そこのあんたもだよ。いい加減名を呼びな。」
最後の一言はプレジールに向かってだ。
よし、とりあえず当分の衣食住は確保できた。
「そうと決まればまずは家のことをしてもらおう。リヒト、料理だけじゃなくて洗濯も掃除も教えておきな。慣れてきたら当番制にするでな。」
「・・・分かった・・・。」
こくりと頷いてはくれたが無表情で本当は嫌なんじゃないかと思う。なんたってさっきの包丁さばき。家事ができないことはそこで十分に伝わっただろう。
「その子は元々無口だ。これくらい気にしなさんな。」
顔に出ていたか?
さっそく洗濯をする、という彼に肩より少し長いプラチナブロンドをゴムで束ねながら後ろを付いて行った。