5.救助
あけましておめでとうございます。
新年早々読んでくださりありがとうございます。
良く晴れた空の下、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
今まで1人で出歩くことがなかったため、隣に誰もいないのは寂しく思う。表向き、といえど国から見放されたと思うと余計に哀愁漂う人となってしまいそうだ。
冬が終わり春の新芽が顔をのぞかせ、花がほころぶ山道をひたすら歩いていると標高が高くなってきたのか、ちらほらと残り雪が見つかった。
空気は確かに冷えてはいるが、ここまで歩き通しだった自分には寒さは感じられない。
はぁーと吐く息は僅かに白さを伴っているが。
喉が渇き、水が飲みたいと考えていると、遠くから水の流れるかすかな音が聞こえてくる。その音を頼りに進んでいくと、途中から補正された道を外れ、獣道に入っていく。ここで熊や猪と遭遇したらきっと助からないだろうが、そんなこと考えもせずただひたすら足を動かす。
どれくらい歩いただろうか、細い川を見つける。流れは早く、水に手を入れてみると雪解け水なんだろう、すごく冷たい。このまま手を付けていたら感覚がなくなりそうだ。川の水が澄んでいたためそっと両手で水をすくい、口に運ぶ。こくりと飲み込むと、その冷たさが食道を通り火照った体が一気に冷えた気がした。
少し休憩するつもりだったが、いったん腰を下ろすと動きたくなくなる。
ゆっくりと辺りを見回すと大小さまざまなキノコや咲くと甘い蜜を吸うことができる花のつぼみなど自然がいっぱいだ。
その中のひとつ、茶色い傘に裏には白いひだ、白い柄のキノコを手に取る。うちでもコックがシチューに入れたりソテーにしたりしていたなあ、と懐かしむ。つい最近の光景もまるではるか昔のことのように思えるのはなぜだろう。そこの川でさっと洗って口に入れる。・・・肉厚だが美味しくはないな。それでもなんとなくもぐもぐと噛んでいると、喉の奥がイガイガしてきた。
そのイガイガを落ち着けようと再び川の水を飲み、横たわっている木の幹に腰掛ける。天を見ると日がかたがってきていた。春はまだまだ日が短い。そろそろ進まなければ日が暮れてしまうだろう。
立ち上がろうとして立ち上がれなかった。急に激しい吐き気に見舞われたからだ。フ―と荒く呼吸するが落ち着かない。次第にお腹も痛くなってきて次第に意識が遠くなる――。
その後ブラックアウトしたため自分が覚えているのはここまでだった。
「ん・・・」
閉じた目の奥に光を感じる。体は横になっているようだ。痛い所はない。野生の動物には襲われなかったか。
ゆっくりと目を開ける。入り込んできた光が眩しく目を細める。
「気が付いたか?」
知らない男の人の低い声が少し離れた所から聞こえた。
え?とびっくりして目を開ききる。少し黒っぽい木目調の天井には所々さらに黒いシミが見える。天井からぶら下がっているランプも見たことがなく、見知らぬ人の家に居ることを示している。
ハッと勢いを付けて起き上がろうとしたが、くらくらしていたため起き上がれなかった。途中まで起こした体は力を失い倒れてしまう。首だけ声のした方へ向ける。
「ここは・・・」
久しぶりに声を出したかのようにかすれていた。
「・・・・・・俺が世話になっている人の家だ・・・」
暗い赤色の髪の毛に小麦色の肌、黒い長袖シャツとズボンを履いた男が立っていた。
悲鳴を上げそうになってなんとか押し込む。世話してくれた人に失礼だ。そういえばまだお礼を言ってなかった。
「あなたが助けてくれたんですか?あの・・・ありがとうございました。」
ベッドの上からで申し訳ないが会釈する。が、相手は何も話してくれなかった。
気まずい空気が部屋に満ちていく。
どうしよう、これは先に名乗った方がいいのか?でも実は怪しい人だったら・・・と脳内パニックになっていたら勢いよく部屋の扉が開いた。
「やっと起きたのかい!よくもまあ暢気に寝れるもんだ!それにしても生でキノコを食べるやつがまだいたとはね!それも毒入りのやつを!そこにいるのが見つけて連れてきてなきゃあんた今頃お空の住人になっていただろうよ。」
なんだかとても元気なおばあさんが入って来た。あっけにとられて反応が遅れてしまった。
「あの・・・助けていただきありがとうございました。」
「お礼はそこのに言いな。まったく、人間拾って来んともっと良い物拾ってきて欲しいもんだ。今日はまだ本調子じゃないだろう。落ち着いたらさっさと家に帰りな。親が心配してるだろうて。」
ストレートの黒髪に毛先だけ色が抜けているのかシルバーという不思議な髪を翻して部屋を出ていく。その時になっておばあさんの足元に猫がいたことを知った。しかも尻尾が2本!?
言いたいことだけ言ってさっさと出ていった嵐のような人に呆然としていると男の人から声を掛けられる。
「ああいう物言いだが心配していた・・・」
それはどうもすみません。なんとなく謝りたくなって謝ってみる。心の中で。
「私ナディエといいます。改めてお礼を言わせてください。今ではすっかり気分の悪さもなくなりました。」
「・・・リヒト。・・・さっきの魔女が調合した薬を飲ませた。だから礼はあちらに。」
「でもあなたが見つけてくれなかったら、そしてここまで連れて来てくれなかったら、その薬は飲ませてもらえなかったということでしょう?やっぱりあなたは恩人ですよ。」
表情も声の抑揚も乏しい彼――リヒトにもう一度頭を下げた。
後で食事を持ってくるからまだ寝ているように言われ、大人しく布団の中に潜り込む。木や草の匂いにここは自分の知るところではないと思いながらも妙に落ち着いていられる。
それにしても魔女か――。
何の因果で魔女に出会ってしまったのだろう。魔女の家、ということはきっとロドス帝国からは出てしまっているだろう。いつの間にそんなに遠くに来てしまったんだろう、と考えながら目を閉じ、気づいたら夢の世界に旅立っていた。
顔をふさふさした何かが行き来する感触で目が覚める。しかもなんだか胸のあたりが重苦しい。辺りはまだ暗い。きっと夜中だろう。
「うわっ!」
「しーっ。」
金の双眸が見下ろしていたことに気づき飛び跳ねるように起き上がる。私の上に乗っかかっていた二又の猫が音もなく地面に着地し、静かにするようにと声を発する。
「猫が喋ったぁ!!」
「静かに!それに猫又なんだから喋れるに決まってるでしょ。」
なんだそれは。暴論すぎないか。猫又どころか人間語を喋る動物なんぞ見たことないってば。
眠気が一気に吹っ飛んだところで魔女に言われて私の様子を見に来たらしいことを言われた。猫が喋っていることにすぐ慣れるはずもなく、未だにドキドキしている。
「だからって胸の上に乗らなくても・・・。」
「だって温かいんだもん。」
ああ、猫だ、と思った。人をクッション代わりにするのか・・・。
「うん、あんたは大丈夫そうね。」
「なんのこと?」
じーっと顔を見つめられていると思ったら1つ頷き音もなく部屋を出ていった。
「だから何が!?」
声を発しても誰も聞く者はいない。空しく部屋に音が響いただけだった。
案の定、私の目はパッチリ。頭もスッキリと覚醒しており、朝まで眠ることができなかったのである。
症状は小説仕様です。が、キノコの生食はやめてください。