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12.2人の過去~side:リヒト~


物心がついたときにはすでに両親はなく、祖父母と伯母だけだった。伯母を見ても母だと思わなかったのは本能だろうか。


俺がまだ小さいころ、この山の向こうの国で暮らしていたらしい。穏やかで明るい母と穏やかで家族愛の強い父と、生まれたばかりの妹の4人で暮らしていたそうだ。

俺のこの深みのある赤い髪は父に似たそうだ。こげ茶の瞳は母、唇が薄いのは父。目つきはどちらにもあまり似てはいないらしい。


元々この家は母の生家のため母の遺留品は少ないながらもあった。だが、父や妹の物は何一つなく、どんな顔をしてどんな声だったのかは知らないし、どういう人だったのかは教えてはくれるけど想像がつかない。


この家に来たときはよく泣いていたらしいけど、今は泣かなくなった。でも、無性に寂しく、泣きたくなることもあった。


俺が受けた呪いの核は心の臓に刻まれているらしく、解呪方法が分からず、当時、苦肉の策で制御の魔方陣を埋めて抑え込んだらしい。左胸を起点として年々広がりを見せるこの黒い痣は体力を奪うのか、いつも体が怠かった。時々ギュッと握られるような痛みも走る。


家の裏の、畑の向こう側にある薬草園はこうした俺を治すために様々な薬草が植えられて調合しては与えられてきた。

物によっては一時的に痛みが楽になる物もあったが、完全な治癒には至っていない。


そうやって日々を過ごしていく中、一緒に暮らしていた祖父母はよく体調を崩すようになっていった。そして一段と冷えた日の朝、祖母が亡くなった。

「リヒト、今はまだ痛いし苦しいと思うがな、生きることを諦めるな。夢を持つんだ。そんな大それたことでなくていい。やってみたいこと、行ってみたい所、明日何をしたいか。時は前に進んでいくんだ。後ろばかり向いてたらお前の時はそこで止まったままだ。わし等もエスポワールもお前の力になりたいと思って心を砕いている。使えるものは使え。わし等を利用しろ。お前が幸せならわし等も幸せだよ。」


祖母の墓の前で酷く優しく頭を撫でられて諭すように言い聞かされた。

そんな祖父も祖母が亡くなり1月と経たずに祖母の後を追うようにして旅立っていった。

両親と妹、2番目の伯母、祖母の横に新たに祖父の墓を建てる。俺が10歳の時のことだった。



相次いで親しい人を亡くし、俺の心には穴が開いたような気持になった。いつしか笑い方も忘れてしまった。エスポワールも落ち込んではいたが、表立って泣いたりはせず、なるべくいつも通りにと努めて表情を作っていたように思う。今思えば。当時の俺はそこまで頭が回らなかったが。


2人きりの生活になり、エスポワールが家を出るときはいつも付いて行っていた。俺は俺で1人になるのが嫌というか怖かったというか・・・で、伯母の方はきっと心配だったのだろう。小さな子供をこんな山の中に1人置いておくのも心配だし、俺は全く覚えていないが、いわゆる魔女狩りを間近で見た彼女からしたら俺が自分のいない間にみんなの後を追わないかっていう心配もあったんじゃないだろうか。


たしかに少なくともこの胸にある黒く(うごめ)く痣の苦痛を取り除きたいとは思っていた。それこそ辛いとナイフでえぐり取りたいと思う時があるほどに。


夜中、無意識に手が伸びてかきむしったり爪を立てて掴んだりしてしまうことがあり、気づいたエスポワールが痛み止めの薬を塗ってくれたり抱きしめて一緒に眠ってくれたりもしていた。


いつだって心を砕いてくれていたエスポワールとこの痛苦から逃れたい、解放されたいと願っていた俺の思いとは裏腹にこの痣は年々広がりを見せていた。

自宅の薬草園にあるものではもう抑えきれなくなった頃、町に出たときにいいと聞いた薬草を購入したり、自生している場所を教えてもらって、実際に採取しに行ったりと様々な場所に足を運んでいた。


いいと聞いていた薬草自体にそれほど効果はなかったが、澄んだ水を飲んだり、いつもと違った風景の山の中を見て歩くのは気分が紛れた。

「リヒト、これは何か分かるかい?」

そうやって指を指された先には緑の濃い扇のような形の葉があった。

「これは先月採ったカクリコじゃないの?」

「似てるが違うね。ちょっとそれの茎を折って齧ってごらん。」

「ええー。毒じゃないの、これ?」

葉は緑だが茎は茶色に所々赤い斑点がある。毒々しい色に齧るどころか手に取る勇気もない。


嫌だ嫌だと拒絶していたが、強制的に口の中に突っ込まれてしまった。

驚いて噛んでしまう。吐き出そうとしてそのまま止まる。

口の中をほのかに甘く瑞々しい水分が満たして喉を通っていく。噛むとシャリシャリと良い音がした。

「カクリコじゃない・・・?毒でもない?」

葉っぱだけ見れば薬草にそっくりなそれだが、これは違う。いったい何だ?

「それはアカナナギだ。山菜のひとつでね、茎は水が滴るほど多いから遭難して水が欲しいときはこういうのを食べるといいんだよ。まあ、食べすぎると腹が緩くなるがね。」

一見毒に見えても実際は食べられるものもあるんだよ、逆もまた(しか)りだがね。と朗らかに言う伯母に、別に毒を食わされたわけではないのに一杯食わされた気分になるのはなぜか。あの山菜の見た目が悪いからなのか?


そうやって時々息抜きを兼ねて散策に出ることもあって、子供の頃は退屈しなかった。・・・本音を言うとちょっと楽しかった。


今までも家の手伝いをしていたが、成人を迎えてからは歳とともに徐々に体力が落ちてきた伯母(そんなこと言ったら激しく怒られるから言わないが)に代わり、できることをしていこうと体の調子を考えながらやるようになっていった。

そして成人する頃には胸の痣も胸から肩にかけてと範囲が広がっていた。だから巻き割のような腕を上げて振り下ろすといった動きをすると痛みが強くなる。だが、このころには我慢することを覚え、辛くてもあまり表情に出なくなっていたから、きっと伯母は知らないだろう。


そんな折、まれにふらっとやって来るもう一人の伯母が本を2冊携えてやって来た。見るからに古い本だ。

「リリア伯母さん。」

「やあ、リヒト、元気だったかい?また背が伸びたね。姉さんと2人で寂しくないかい?」

「いえ、大変だけど寂しくはないですよ。」

そうかい、といって3番目の伯母がギュッと抱きしめてきた。いつの間にか自分の方が背が高くなっていたらしい。前回会ったときは同じくらいの目線だったのに、今では見下ろす形になっている。


「なんだ、リリア。来てたのかい?何持って来たんだ?」

「この間こっそりベネリビアに行ったんだよ。たしかばあちゃん家に魔術とかの本がいっぱい置いてあるって母さんが昔言ってたでしょ?もしかしたら薬草だけじゃダメなんじゃないかって思ってね。まだ家が残っててよかったよ。埃まみれで大変だったけどね。」

「あんたよくそんなところ行ったね。家も分からないし何より見つかったらどうするつもりだったんだい。」

心配そうな顔をしながらも呆れた声でエスポワールが返事する。

「わずかにばあちゃんとじいちゃんの魔力の残滓があってね。大体の位置は教えてもらっていたから分かったんだよ。まあ、見つけるまでに何年かかかったけどね。じゃあ、はい。渡したからね。」

急に来たと思ったら嵐のように帰っていった。


はい、といって渡された2冊の本はどうやら魔方陣について書かれているようだ。年月が経ち、紙の色が変わり、所々虫が食っている。でも一番困ったのはその本が古語で書かれている事だった。


自分にそこまでの学もなく、エスポワールもほとんど分からないというそれは、イラストを見ながら見よう見真似でいろいろ試してみたが、どれも効果のあるものはなかった。

少し期待していた分、無残な結果にショックは大きかった。

次から本編に戻ります。

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