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フクス・ズィルバーの数奇な事件簿  作者: ベルゼリウス
シーズン1 マンザナール砂漠封鎖事件
15/15

マンザナール砂漠 16時20分 (2)


「おっと、そうだ」


 突然思い出したかのようにウォールキンが口を開く。


「今、ウチにはアンタの他に先客がいる」

「先客?」

「そう、オレの取引先だ。 月一でウチに兵器の売買交渉をしにくる連中だ。 まあ、アンタは気にしなくてもいい」

「気にしなくてもいいって......あんたの取引先だろ? いいのか?」

「構わん。 普段からアイツらは冷たくあしらっている。 そもそも、この非常時に来る方が悪い」


 確かに。

 ウォールキンの言葉にズィルバーは納得する。

 封鎖されているこの地域にわざわざ出向いて商談するなんて、なんとも商売魂が盛んな人物たちらしい。

 一体どんな人物なのだろうか?

 ほんの少しばかり、ズィルバーの中にある好奇心が揺れる。

 と、ズィルバーが想像を膨らませていると、トラックが止まった。

 前方には古ぼけた屋敷が見えた。

 そこから、改修の跡が何層にも見える。

 どうやら、この屋敷がベースとなってこの黒鉄の城が出来ているらしい。

 ウォールキンの生活向上を図った結果が今の住まいのようだ。

 

「ほれ、着いたぞ。 ここがオレの城だ」

「なかなかデカいな。 一人で住んでいるのか?」

「まあな。 まあ、中にはオレが作った魔道人形ゴーレム達が家政婦やオレの助手を務めている。 ヒトより魔道人形ゴーレムの方がまだ聞き分けがいい」


 そういいながらウォールキンは車から降りる。

 ズィルバーもそれに続くように車を降りた。

 そして、改めて周囲を見渡しそして深呼吸をする。

 まず感じたのは鉄の匂いだった。

 どこか、油の匂いも入り混じっている。 その匂いにズィルバーは少し眩暈を起こした。

 昔からそうだった。

 油や鉄、自然界において存在しない人工物を加工している場所はどうも苦手だ。

 そんな匂いを振り払うかのように頭を軽く横に振り、目を閉じる。

 ……よし、少し楽になった。

 再び、目を開けると視界の端に車が見えた。 この場に相応しくない、黒の高級車だ。

 確か、あのモデルは最新の、それも最上級のグレードだ。

 詳しい値段こそ分からないが、あれはとてつもない値段が付けられていた筈だ。

 一般庶民が買うにはそれなりの犠牲を払わなければならないほどの高額な車。

 ......まさか、ウォールキンのか?


「あれ、君のか?」

「いや、オレのじゃない。 アイツらの車だ。 それにあれはオレの趣味じゃねぇ」


 言われてみれば、確かにそうか。

 だが、明らかにあの車はこの場で浮いている。

 そこだけ、絵で切り取ったかのような......そう、言葉に例えるならば空気が違う。

 ......いや、気のせいじゃない。 よく見ると、車全体がどこか厚みがある。

 恐らく、あの車は防弾仕様の車だ。

 となると、あの車には相当な財力が無ければ買えない代物、ということになる。

 それも、防弾しなければ命が狙われるというお墨付き。

 推測するにこの車の所有者はかなり敵が多いようだ。

 だが、見栄っ張りで、どこかタカが外れている。

 そもそも、こんな状況でここに商談に来る自体、イカれているのだろう。

 ……まともなヒトではないはずだ。

 

「おい、早く中に入るぞ」

「あ、ああ」


 気づくと、ウォールキンが玄関まで移動していた。

 どうやら、考え事をしているうちに歩みを止めていたらしい。 慌ててウォールキンの元へ駆け寄る。

 そして、中に入るとまず見えてたのは、中央に大きな階段が見えた。

 左右にはそれぞれドアがいくつもあった。

 外見ではゲテモノ感ある屋敷ではあったが、中は世間一般的な屋敷の構造をしている。

 それと、どこからともなく何かの駆動音が聞こえる。

 すると、一体の魔道人形が見えてきた。


「オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマ」

「おう。 野郎どもはなにしている?」

「ゲンザイ、オウセツシツニテタイキチュウデス」

「まだ茶を飲んでいるのか? ……まあいい。 とりあえず、断りをいれておくか」

 

 それを聞くと、ウォールキンは中へ進んでいく。

 質問に答えていたゴーレムも、何か仕事があるのかどこかへといなくなってしまった。

 ……何気ない会話だった。

 しかし、先ほどの会話の様子を見てズィルバーは少し驚いていた。


「驚いた。 僕が聞いていた魔術人形は単純な行動しかできないものだと聞いていたが……」

「だろ? まだまだ単純な作業しかできんが、簡単な質疑応答や作業ができ始めたのはつい最近だ。 普段の仕事と並行して独自に開発を進めた賜物があれでな。 人間たちがロボットと呼ばれるものを作っているが、どちらかといえばこっちがまだ進んでいる」

「へえ。 じゃあ、もっと開発次第でヒトのようになるのか?」

「ああ、恐らくな。 だが、今はあれが限界だ。 もっと複雑な思考や行動するにはもっと開発が必要だがな。 まあ……」


 何かを出かけていたが、そのまま口を閉じてしまった。

 きっと、彼の中にもう打開策は出来ているのだろう。

 ズィルバーは何となくそれを感じ取っていた。

 彼にとって不確定な憶測を出すのをあまり好んでいないようだ。

 だからこそ、あくまでも完成するまで、こだわり続ける。

 それを理解したズィルバーも口を閉じた。


「さあ、着いた。 ここが応接室だ。 とりあえず、オレはここにいるやつらに挨拶をするが……アンタはどうする?」

「一応、僕もしておくよ。 僕のせいで彼らの商談を遅れてしまっているからな」

「ふん、まあ気にしなくてもあいつらは態度は変わらんと思うぞ」


 そう会話をしながら、応接室に入る。

 中はそれなりに広く、対談するために置かれた机と二つの長椅子が置かれているだけの殺風景な部屋だった。

 そんな部屋に二人のヒトがいた。

 二人とも『見た目』は男性の人間だった。

 どちらとも若い。

 一人は深々と黒いハット帽を被り、そこから白い髪が覗いている。

 黒いサングラスをしているのか、顔全体の雰囲気がつかめない。

 服は黒のロングコート。 他の服装も黒統一されていた。

 恐らく彼がウォールキンの商談相手なのだろう。 どことなく、大物感を感じ取れる。

 後の一人は……部下だろうか?

 茶髪に丸眼鏡。 服装は統一感がない。

 まるで一般人がここに迷い込んだような場違い感がある。

 ドアを開けた音でこちらに気づいたのか、二人ともズィルバー達に視線を向けていた。


「おや、見回りを終えたようですな。 おや、その獣人の方は?」


 商談相手が口を開く。

 魔素切れで人間に擬態できないズィルバーを見ても何も動じなかった。


「なに、国の調査員だ。 ここに合流するのを途中で拾った」

「国の調査員ですか……なら、この地域の騒動の調査を?」


 商談相手がズィルバーの方へ視線を向けた。


「ええ。 それとこの地域に犯罪者が逃げ込んだという情報が入ったのでその調査も兼ねて」

「ふむ、犯罪者、ですか。 ……おっと自己紹介が遅れた。 私、こういったものです」


 商談相手から名刺を手渡される。

 そこには『サマエル商会 ヤルダ』と記載されていた。


「サマエル商会?」

「おや、ご存じありません? 私、世界中を飛び回り、各地の紛争地域に武器を届ける武器商人をしております」

「武器商人……ですか」

「ええ、こう見えて国からの認定を受けている武器商人です」


 武器商人。

 かつて戦場を駆け抜けたズィルバーはその名に少し嫌悪感が湧いた。

 戦争はいつも兵士の血によって、勝敗が決まる。

 その血は国に還元され、国が発展する。

 なら、それに寄生する武器商人というのは?

 いつも、側から傍観し、私腹を肥やす奴らは?

 その疑問はズィルバーが一端の兵士の時から抱えていたものだった。

 もちろん、その存在自体を否定するわけでもない。

 武器がなければ戦えないし、武器商人によって経済が回るのであればそれでいいと思っている。

 だが、心の奥底で彼らを否定したいという、兵士としてのズィルバーがそれを拒否していた。


「それで、貴方は……」


 ヤルダの言葉でハッとなる。

 ズィルバーは慌てて身分証明書が入った手帳を見せた。


「ああ、すまない。 僕は国家認定特別監視官フクス・ズィルバーだ。 普段は探偵業を営んでいる」

「フクス。ズィルバー……どこかで聞いたことが……」


 何かを思い出すかのように、目を細め考えに耽る。

 そして、閃いたのか、ぽんと手を叩いた。


「ああ、思い出した。 あなた、英雄と呼ばれた伝説の兵士ですね?」

「英雄? なんだそれは?」


 興味を持ったのか、ウォールキンも割り込んできた。

 集まる視線に対し、ズィルバーはばつの悪そうに視線を背ける。


「古来から獣人に対する勢力の重鎮を暗殺、無力化などの困難な任務をいとも簡単に達成しつづけた伝説の工作員。 獣竜戦争において、敵地に単独で潜入し、終戦へと導いた英雄と呼ばれ、戦後は隠居されていたと聞いてましたが……まさかここでお会いできるとは」

「……僕はただの獣人だ。 昔なんて関係ない」

「いや、あなたは英雄だ。 もしあなたがあの大戦を終戦に導かなければここにいる全員が出会うこともなかった。 あなたがかつて愛した者を抹殺するという苦渋の選択をしなければこの世はいまだに混沌の中だった」 

「なッーーーーー」


 ズィルバーは愕然とした。

 何故だ?

 なぜこいつがあの時のことを、『彼女』のことを知っている?

 確かあの作戦は極秘中の極秘だったはずだ。

 あの時のことはほんの数人しか知らないはずだ。

 だが、現実としてこいつは知っている。 

 何故?

 どうやって?

 疑問だけがズィルバーの脳内をぐるぐると廻り始める。 俯瞰的に見ても、自身が明らかに動揺しているが丸見えだ。

 と、そんな中、ウォールキンが口を開いた。


「あーすまない。 あんたらの商談だが、これからこいつが持ち込んだ魔導銃を早急にメンテナンスをしなくてはならんくてな。 悪いがもう少しこのまま待っててくれ」

「え、あ、ちょっと!!」


 助手らしき男が引き留めようと声を荒げる。

 が、ウォールキンは動揺しているズィルバーの背中を押し、部屋から退出した。

 だが、ズィルバーは退出する瞬間、はっきりと見た。

 ヤルダがまるで新しい玩具を見つけた子供の様に嗤う様を。

 それは頭の中で粘着し、吐き気を催すような、邪悪に三日月に歪んだ笑顔だ。

 ……あの男、肝を嘗めるようにとても苦く、そして酷い嫌悪感を抱かせる。

 ズィルバーが出会ったヒトの中で、あそこまで第一印象で嫌悪感を抱いたヒトはいなかった。

 だが、不思議と思い出したくもないのに、頭のなかで反芻するように強烈なインパクトを持った男ではあった。

 動揺で混乱した頭を横に振り、前を見据える。

 そして、ウォールキンに連れられるまま、歩き出した。

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