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夢みたものは  作者: 小梅
3/3

夢みたものは(5)

(なんだ、この有り様は)

 自宅のベッドでバクは膝を抱えていた。時計の針は深夜の二時を回っている。これからやらなければならないことを思うだけで、バクは陰鬱な気持ちになり、なかなか行動を起こせずにいた。

 黒ずくめの大男が帰ってからの一週間、バクは夜を迎えるたびに「今日こそは」と、夢幻香の制作に取り掛かろうとした。しかし、どれほど勇気を振り絞ろうと思っても、気力がそちらに向くことはなかった。勉強を目の前にした学生のように、明日には必ず、明日にはきっと……と、幾日も先延ばしにしてきたのだ。そう二の足を踏んでいるうちに、一週間が経過してしまった。苦悩の末に寝落ちして朝を迎えるたび、バクは頭をわしゃわしゃとかきむしる。

 バクがこれほどまでに夢幻香の制作をためらうのには、理由がある。

 バクの能力には対価がある。それは今の資本主義と同様で、当然のことである。相応の値段を支払うことで、私たちはあらゆるサービスを享受することができる。

 バクの対価は、「夢幻香に込める夢は、必ずバク自身も見なければならない」というものだ。つまり夢幻香を作る際は、バクも眠った状態でその夢を経験することになる。しかしその夢とは、普段私たちが見るような夢とは一味違う。私たちの見る夢というものは、結局夢である。いかに奇想天外で矛盾ばかりでも、夢の中だとあたかも辻褄が合っているように感じる。いかに眼前で凄惨な有様が広がっていても、自らが殺されても、目が覚めれば、「あぁ夢か…」と安堵する。あくまで、夢の中の自分と現実の自分は別物であり、そこには必ず、アクリル板で隔たれたような離人感がある。

 一方、バクが見る夢は、そのような〝記憶〟としてではなく〝経験〟として脳に刻み込まれる。アクリル板は取り払われてしまい、夢と現実の自分が完全に重なった、同一性を帯びてしまうのだ。夢の中は痛みなどの感覚が鈍くなるというが、もちろんそうもいかない。

 今まではこのような対価も全く気にしてこなかった。理由は簡単である。みんなが望む夢は正の夢、バクには何の不利益もデメリットもなかったのである。

 しかしあの大男は「人が死ぬ夢」を要求してきた。それに、「確かめたいことがある」とも。彼が何を確かめたいのかは不明だが、彼に夢を提供するには、まずはバクが「人が死ぬ夢」を見なければならない。

(毒見をさせられる気分だ)

 しかも毒が入っていると分かったうえでの毒見だ。こんな癖を持った人がこの世にいるなんて、心底呆れる。

 今日も先延ばしにする、なんてことはできない。午後には彼がやってくるのだから。バクは伏せていた顔を上げ、天井を仰いだ。雨が降ってきたのだろう、アスファルト、サッシ、外に露出しているものを、思い思いに打ち付ける音が聞こえてきた。だんだんと激しさを増していき、はじめはリズミックに感じられた音も、長嘆を思わせる雑音に変わっていった。それに応えるように、バクも深いため息をついた。

「よし」

 バクは抱えていた膝を一気に伸ばして、大振りな仕草でベッドから降りた。そして、すぐわきの箪笥から香木を取り出すと、わざと高く振り上げ、香木皿に置いた。改めてベッドに滑り込み、誰もいない部屋で「おやすみ!」と声高々に宣言し目を閉じた。さっさと動かなければ、微弱な決心が揺らいでしまうと直感したからだ。

 ここ数日の寝不足が起因してか、バクの入眠は思った以上にスムーズだった。薄れていく意識の中で、バクは雨音を聞いていた。空気を割いて降る雨は、バクをさらに世間から隔絶していくようだった。これからどうなってしまうのだろうという漠然とした不安が、バクの胸に降り注ぎ、隙間に染み込んでいく。たまらなく横向きになり、手元の毛布を引き寄せた。

「母さん…」

 空気のようなその声は、雨音にかき消され、やがて溶けていった。


「なんだ、ずいぶんと顔色が悪いじゃねぇか」

(誰のせいだと!)

バクは思わず目の前に立つ人物を睨んだ。約束の日時ぴったりにやってきたこの大男は、バクを見るなり開口一番にこう言ってのけたのだ。

 本音を言うと、体調不良を言い訳に今日は店を休んでしまいたかった。しかし、あの男の鷹の目が脳裏にちらついてどうしようもなく、嫌々店の鍵を開けたのだ。

(最悪の寝覚めだった)

 バクは今朝の苦痛を反芻する。


 ことの経過は、子供時代に体験したものと変わらなかった。激しい頭痛、寒気、冷や汗、嘔吐、大人になれば以前ほどの症状は出ないだろうという楽観的だった予想は、見事に砕け散った。

 ベッドから跳ね起き、トイレへ向かおうとしたが間に合わなかった。寝室のドアノブに手をかけたところで、バクは耐えられずえずいてしまった。

 きれいに磨かれた茶褐色のフローリングに、吐しゃ物、唾液、鼻水、涙、これ以上自分から何が出てくるのだろうというくらい、バクは狂ったように暴れ、やがて床に伏せた。

(みっともないなぁ)

 嫌で嫌で避けてきた付けが、今になって回ってきてしまった。急に、みんながやってのけてきた事が、自分は耐えられないことが恥ずかしくなってきて、バクは鼻水をすすりながら泣いた。

 夢に出てきたのは、小さな女の子だった。うさぎのぬいぐるみを両手で抱え、両親と久しぶりに来たピクニックを楽しんでいた。

 その時、途端に風が吹き荒れ、木の葉が舞い、空は曇天に包まれた。少女は原っぱで走り回っていたが、異変に気が付いたのか、すぐさま両親のもとへ駆け寄ろうとした。

 そのあとは、地獄絵図だった。噴きあがる鮮血、逃げ惑う人々、届かなかった手。結局少女は、むごたらしい死を迎えてしまった。まさに「人が死ぬ夢」。

 忘れてしまいたいのに、経験として見せられた夢は、それを許さなかった。今にも、血濡れの少女が肩に寄りかかり「これは現実だ」と語りかけてきそうだ。

 不意に、こめかみの辺りがじわじわと温かくなってきた。いないはずの母が来たのかと、バクは思わず顔をそちらへ向けた。

 そこには人影などなく、昇ったばかりの朝日が、バクの網膜を突き刺した。

「うっ」

 反射でバクは目を細める。途端に視界がにじんだ。今、自分はどんな顔をしているのだろう。髪は振り乱し、鼻水やよだれを垂れ流し、涙で目は真っ赤だろう。とても誰かに見せられるようなものではない。

 それに対し、今朝はいやらしいほどに爽やかだった。夜通し降った雨が、あらゆる陰鬱なものを洗い流したような。


「さて、お手並み拝見とするか」

 大男は、バクの顔色に気づいたものの、心配する気はないらしい。ずかずかとカウンター横のドアまで歩いていく。

「あ、お客様、お待ちください!」

 あまりにも横暴すぎる。バクは手元に置いておいた夢幻香をとり、小走りで後に続いた。

「どっちの部屋に入りゃいいんだ」

 ドアを開け、さらに左右同じようなドアが据えられているのを見て、大男が尋ねた。

「別に、どちらでもいいんじゃないですか」

 わざと礼を欠いた返事をする。大男はバクを一瞥し、右側の部屋に入っていった。

 夢見の手順はミキさんと変わらない。大男には楽に眠れるように、いつものコートやハットは脱いでもらった。照明の下で初めてまじまじと見た彼の眼光に、バクはまた身動きが取れなくなってしまった。

「おい、次はどうするんだ」

「え、あ、そこにあるベッドに横になっていただきます。私が香を焚き始めたら、目を瞑りリラックスしてください。だんだんと眠気がしてくるはずですので、その眠気に体を任せてください。お体に負担なく入眠できます」

 大男は言われた通りベッドにあおむけになった。いろいろと小言を言われると思ったのだが、案外素直に話を聞いているようでほっとした。

 手元にある夢幻香を箪笥の上に置く。

「こんな無防備な状態で俺がひと眠りすりゃあ、さすがの弱っちいお前でも、俺の心臓を一突きできるな」

「な、何を言い出すんですか!」

 逆上して大男を振り返る。彼は冗談でもからかいでもなく、真剣かつ冷然とした眼差しをバクに向けていた。一瞬でたじろいでしまう。まるでバクが凶悪犯罪をものともしないような人格であっても、彼はそんな事実も想定内だと言ってのけてしまうのだろう。

 そんな彼が恐ろしい。いったい何者であって、何が目的なのか。平穏な生活に慣れきってしまった脳内では、このサスペンスじみた展開に追い付いていけない。

「冗談でもやめてください、不快なので。まるで人を殺人犯みたいに…私は、しがない喫茶店を運営する店員に過ぎません」

 本当にそうだろうか?

「どうだろうな」

「まったく。一時間後にまた来ます。よい夢見を」

 どんな態度で来られようと、ほかのお客様と変わらない接客態度でいようと思っていたのだが、結局感情に振り回されてしまった。

(もっと勉強しないとな。忍耐についてとか)

 心中で軽口を言いながら。バクはマッチの頭薬を擦った。


(そろそろ行ったほうがいいかな)

 持っていた果物ナイフを置く。黒ずくめの不審者が来店するという噂が出回ったのか、店に客はおらず閑散としていた。接客がなく手持ち無沙汰だったため、次の季節に合いそうなフルーツタルトの材料を厳選していたのだ。気が付けば一時間半も経ってしまっていた。

 手を洗ったあと、コップ一杯と残りの水が入ったボトル、さらにハンドタオルも持って、彼の寝ている部屋の前まで行く。きっと寝覚めは悪いだろうから、これくらいは配慮しなくてはならない。

  一つ深呼吸。永遠とも感じられる道のりだったが、この試練も終わりが近づいてきている。思わぬ邪魔立てで横道にそれてしまった日常だが、今日が終わればすべてが元通りだろう。

「よし」

 気合を入れなおし、三回ノックをする。

──返事はない。

 もう一度。

──またも返事はない。

(おかしいな。香の分量を間違えたか?)

 今までそんなことはなかったが、気を抜けば叫びだしてしまいそうな緊張感に襲われていた今日ならば、やりかねないとも思える。

「お客様。入りますよ」

 一応断りを入れて、ドアを開く。

「ううっ…ぐ…」

「お客様!大丈夫ですか!」

 物品を乗せたトレイを箪笥の上に置き、彼の様子を観察する。

 彼は眠ったままだった…が、尋常でない汗をかき、ベッドの上で苦悶の形相を呈していた。

 彼は起きられないのだ。バクにはわかる。同じ景色にいたから。夢に囚われすぎて、自力で起きることができない。

 このまま目が覚めなかったら?それこそ犯罪者じゃないか。

 顔全体から血の気が引いていく。先程までの彼との会話が、予言じみてよみがえってきた。

「おおお客様、お客様、起きてください。夢ですよ、夢ですから!起きてください!」

「う、うぅ……」

 全く起きる気配がない。どうすれば……ふと目を泳がせた先に、さっき持参したコップが目に入る。

(いやいや、それはだめだろ!)

 思わずひらめいた考えに逡巡してしまう。アニメやら映画やらで、なかなか起きない人を起こすときに用いられる手段ではあるが、それを現実でやっていいものだろうか。

「うっ、ぐ…」

「ああああやります!やりますから!」

 バクはコップを取ると、大男の顔面目掛けて水を放った。

「う、っ、ぶは、はあ、はあ」

 大男は、空中の何かを払いのけるような仕草をしながら飛び起きた。呼吸は、肩を上下に動かし大きい。首は動かさず、視線だけが、視界に見える部屋の一点一点に、せわしなく動いている。明らかな放心状態だ。

「お、お客様」

 気が付かないうちにへたりこんでしまったのだろう。冷ややかな床の温度を感じながら、バクが問いかける。心臓の音が耳から聞こえそうなほど、激しく脈打っている。

 さっきは危なかった。本当に何かの犯罪に手を染めてしまうのではないかと、錯乱してしまった。

 声が届いたのか、大男はこちらに首をひねった。

「──はあ、何がよい夢見だ」


「大丈夫ですか」

 ベッドの端に座りながら、タオルで顔を拭く大男に問いかける。頃合いを見て、コップに入れなおした水を渡そうとするが、大男は手を振り拒んだ。

「ああ、なんとか落ち着いてきた」

「も、もうですか⁉」

 ありえない。自分は今朝床を這いつくばりながら、嘔吐だの鼻水だのを延々と垂れ流していたのだ。同じ夢なのにこんなに反応が違うものだろうか。

 自分が敏感すぎるのか…?近頃はあらゆる液晶の画質が良くなって、リアルな映像が次々と生み出されているから、ホラー耐性のようなものが備わっているのかも…。あるいは─

(場慣れしているか)

 その可能性に行き当たると、ますます大男が怪しく見えてくる。何をしている人で、ここへは何をしに来たのか、そして、〝確かめたいこと〟とは何なのか。

 ふぅ、大男が息をつく。呼吸が整ったのだろう。

「最近、睡眠の質が低下していることが問題視されている」

「あ、はい」

 一体何を語り始めたのだろうか。疑問に思ったが、とりあえず相手の好きなように語らせることにした。

「日中でも眠気が取れない、頭がぼーっとするといった事例が、ここ数年にかけて妙な増え方をしてきた。いろいろ調べていったら、原因のうちの一つが睡眠にあることが分かった」

「はぁ、でも睡眠の質が悪くなっていること自体は、別に驚くべきことではないですよね?今じゃゲームのし過ぎだったり、ハードワークなんかも問題視されていますし…」

 現代人の睡眠時間返上の理由だったら、腐るほどある。

 大男はこちらをちらりと見て、また話し始めた。

「確かに。事実今回の問題の大部分は、そういう理由なんだよ。仕事が忙しいとか、趣味に没頭するとか、育児で眠れないとかだな。…ただそれだけじゃなかった」

「というと?」

「俺の所属している組織が、国民を無作為に抽出して、眠っている間の脳波を測ったんだ。脳波っていうのは分かるだろ?波みたいに曲線が上下に行ったり来たりしていて、上部がレム睡眠、下がノンレム睡眠だ」

 学生時代に保健の授業で見た気がする。レム睡眠が浅い眠り、ノンレム睡眠が深い眠りというざっくりとした覚え方ではあるが…。

「浅い知識ではありますが、わかります」

「人はレム睡眠の間に夢を見ているっていう話は有名だ。あとレム睡眠は脳が覚醒時に近い。だからレム睡眠の時に起床すると寝覚めがいい。ノンレム睡眠はその逆だ、体を維持する器官以外は全部寝ちまってると思っていい」

「へ、へえ」

 〝夢〟という単語に反応してしまう。やはり意味もなく話しているわけではなさそうだ。

「でだ、その脳波を測っている何人かに、面白い所見があったんだ」

 男はにやりと笑う。

「ノンレム睡眠になったきり、レム睡眠にならねえんだ」

「そうなんですか」

 何が面白いのだろう。もしこの大男が睡眠に関する専門家か何かだったとして、その道を究めている者にしかわからない、何かオタク心をそそる要素があったのだろうか。

「レム睡眠とノンレム睡眠つうのは周期的に表れるもんだ。どのペースで表れるかは、年齢とか生活習慣とかで様々だが、大体九十分くらいの間隔だな。だがな、俺たちが見たやつらは、そんな周期性なんか無視して、急にノンレム睡眠に行っちまうんだよ。あと少しでレム睡眠のピークっていうときにも、ガクッと脳波が下に落ち込むんだ。それだけじゃねえ、落ち込んだ後は、最低三時間はノンレム睡眠のままだ」

 バクは遠い昔に見た脳波のグラフを思い出す。なめらかに上下していた曲線が、急降下して、直線が描かれる。一番下方に落ちたきり、上がってこない曲線。確かに妙である。

「これは現代社会にはびこっている問題とはまた別の何かがあると踏んでな、お前ら獏に白羽の矢が立ったっていうわけだ」

「急になぜこちらに…ていうか、獏って何ですか。何を言っているのやらさっぱり───」

 思わず、自分が獏であることを肯定するような返事をしてしまいそうになる。落ち着けバク、嘘をつくことはまず自分を欺くことから始まる。自分は単なる人間で善良な一般人、単なる人間で善良な一般人…。

 こぶしを膝の上で弾ませながら心中で唱える。

「この期に及んで隠したって意味ねえよ。俺は獏とか魔女、妖怪とか、そういうのを相手にする仕事をしてんだよ」

「またまた、おとぎ話じゃあるまいし…」

 なぜか自然に出た言葉だ。自分は人間とは似ているようで違う種族のくせに、ほかの絵本で見るような種族はどうしてもいるとは信じがたい。何かスピリチュアルな説法を聞かされている気分になってきた。

 大男はこの類の反応に慣れているのか、バクの言葉を無視して続ける。

「特に社会問題や犯罪を引き起こしてるやつら、それらを起こす可能性のあるやつらが調査の対象だ。お前だって満月になったとたん無差別に人を襲う狼男や、瘦せる薬だと吹聴して、全く別の効果がある薬を売りさばく魔女なんかは、早々に取り締まってほしいだろ?」

「……確かに」

 バクのような、人のようでそうでないものが他にもいるとして、それらが犯罪行為に手を染めているとしたら、なんとかしてほしいと思うのは当然だろう。

 なるほど、彼はそういうのを生業にしているのだ。一般人が踏み込めないような事案に赴き、人知れず解決する。そうやって世の中の安寧を保っているのだ。

「じ、じゃあ、なんで僕のところに来たんですか⁉」

 ベッドから立ち上がり、大男を向き合う。視線がかち合った。相変わらずな鷹の眼でバクを見つめる。睨むと言ったほうが正しいかもしれない。もうわかってんだろ、と言われているような気がした。

「確かに僕は獏です。このお店で夢を見せてきたのもその能力の延長です。ですがあなたが仕事にしているような、犯罪行為とか、社会へ悪影響を及ぼしているとか、そんなの全然ありませんから」

 バクの熱量をよそに、大男の態度は相変わらず冷ややかだ。

「いきなりノンレム睡眠になっちまうやつらは、全員夢を食われてる。どんな原理が働いてるのかは知らんが、夢を食われたとたん、夢を見ない状態、つまりノンレム睡眠に強制移行しちまうんだ。人の夢を食うなんて、お前らの十八番だよな」

「いや、でも」

「ノンレム睡眠からの急な覚醒は寝覚めが悪い。一日中頭が回らなかったり、そもそも起きるべき時間に起きれなかったりする。社会全体のパフォーマンスが下がるんだよ。個人が発揮できる能力も限られてくる」

 やめろ、聞きたくない。

 自分の間違いを、こんな形で突きつけないでほしい──。

 自分は獏だから、夢を食べてしまうのは当然。奪ってしまうのは仕方ない。せめて、その夢で誰かを助ければ、ほんの人生の一瞬に幸福をあげられれば、その罪を相殺できる────はずだったじゃないか。

 バクが預かり知らぬところで、事態はさらに深刻だった。

「お前ひとりがこの状態を引き起こしたわけじゃねえ。自分と同じ発想を他人がしてないなんて思い込まないことだな。すでに何人かの獏が連行されてる。奴らのリターンもお前と同じで、一回その夢を見ないと他人に渡せねえみたいだな、みんなお前みたいに顔真っ青にしてたよ」

 くくっと小さく笑う。ああ、ここまでなのだろう。

 母の言うとおりにしていたら、こんなことにはならなかった。これからどうなるのだろうか。刑事罰の対象にならないからと言って、彼らなりの処罰でも下すのだろうか。よくわからないけれど、もうここでお店はできそうにないな。急に夢見の提供ができなくなったと知ったら、お客様は理由を知りたがるはずだから。

 あいにく、自分はその理由を言えるほど誠実ではない。

「自分は、どうすればいいのでしょうか」

 自供した犯人のような気分だ。両手を差し出して手錠をかけられる自分のイメージが、やけに鮮明にできる。

 大男が立ち上がる、彼の後ろに照明が隠れたとき、はじめて見た時のことを思い出した。変わっているところは、帽子をかぶっていないところだろうか。

 あの時から、首に突き立てられた爪は食い込んでいたのだ。逃げられないように、確かに。

「そうだな、とりあえず俺と来てもらう。詳しいことはそのあとだ」



ここは小さな町にある喫茶店「バク」──客が望んだ「夢」を見せてくれるという、不思議な喫茶店。


 こんにちは、小梅です。

 最終話です。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

 バクが見た夢の詳細や、バクのその後はご想像にお任せします!また、恐れながら私は睡眠の知識に関してはペーペーの素人ですので、理解の及んでいなかった部分があっても温かい目で見てくださると嬉しいです。


※誤字脱字等がございましたら、報告お願いいたします。

※この作品は、「pixiv」サイトとの、重複投稿になっております。


参考文献:受験脳の作り方 脳科学で考える効率的学習法/池谷 祐二 (新潮社)

     (Webサイト)Sleep Styles™

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