6話
6話
「……僕は、今は亡き〈ヴァルタニア王国〉の第1王子だ。そして、今まで数え切れないほどの転生を繰り返している」
ご主人様の身体が突然、まるで何かを恐れるようにカタカタと震えだした。
その怯え方は私から見ても異常で、目の焦点があっておらずただでさえ白い肌が病的なまでに青白くなっている。
私はとりあえず、ご主人様の背中にそっと毛布を掛けてあげた。気休め程度だが人は不安な時、身体を温めてあげるとその気持ちが少し安らぐのだ。
「……ありがとう。––僕は死ぬたびに、おかしな空間で絶対にあるモノと会っているんだ」
おそらく、それこそがご主人様に呪いを掛けた「神」なんでしょうね。
「その"モノ"とは?」
「……そいつが、僕に呪いを掛けた張本人。自ら以外の神を悪魔と称して、神を狩る神」
ご主人様は悔しくて悔しくて仕方がない、その様な表情をして、膝に爪を立てた。
自ら以外を悪魔と称するって、唯一神ってことかな。それにしても神を狩る神だなんて、いったいどれだけの力を持ってるんだか……。
神としての力が強いということは、それだけ信仰度が高いという証。これは苦労することになりそうだなぁ。
「そいつがなぜ僕に呪いを掛けるのか、その理由はわからない。ただ、僕の中にあるのは果てのない憎しみだけ」
ご主人様は「彼女」へと視線を向け、吐き捨てる様に言った。
「僕に掛けられている呪いは二つ。〈死ぬたびに、記憶を持った状態で転生する〉と〈ある時期になると大切なものを喪う〉だ」
なんともまあ、悪辣な神さまだね。つまり喪う哀しみを永遠に感じ続けろってことかな?
「つまり今回のご主人様は、大切なものである『自分の国』と『民』、そして『彼女』に『家族』を喪ったのですね?」
「……ああ」
ご主人様の瞳はまるで出会った時のように、憎しみに燃えていた。
うん、喪うことの辛さは私もよくわかる。だけど……、それだけ「喪う」ことを何回も繰り返しているのに、なんでご主人様は喪うことに慣れていないのだろうか。それだけは、わからない。
「なるほど。それで、その繰り返される悲劇に終止符を打つために、そしてそれを引き起こした神に復讐するために私を呼んだのですね?」
「……ああ。お前が現れたのは嬉しい誤算だった」
ご主人様は目を瞑ってフッと笑い、椅子から立ち上がった。そして血塗れの「彼女」の側に行き、右腕に抱えるような形で「彼女」を持ち上げた。
「……おい悪魔」
「なんでしょう」
「お前、墓石はつくれるか?」
「作れますよ」
「……そうか」
それだけ言ってご主人様は、この山の崖のある方へと無言で歩き出した。私も無言でその後をついて歩く。
冷たい夜風がヒュオッと音を立てて、私の頬を撫でる。
喋り声が途切れた夜は静けさを増し、とてつもなく不気味だった。
『スキル〈自然影響耐性Lv1〉を獲得しました』
不意にご主人様の足が止まった。私は顔を上げてご主人様を見つめる。
……泣いていた。ご主人様は、月を見上げて涙を零していた。それを拭おうともせずに。
右腕が塞がってるから拭えないだけかもしれないけど。
「そういえば、僕が『最も大事なもの』を喪うとき…、憎らしいほどに綺麗な満月が、いつも顔を覗かせていたなあ……」
ふむ。ご主人様のいうある時期とは、満月が関係しているんですかね?
まあでも情報が少なすぎて判断なんてつきっこないので、頭の片隅にでも置いておきましょう。
ご主人様は再び歩き出した。私も、それに続いて再び歩き出す。
……涙で顔がクシャクシャですけど、拭かなくていいんですかね?
––再びご主人様の足が止まったのは、月がよく見える崖に着いたときだった。
とは言ってもすでに月は沈みかけていて、その反対側では太陽がほんの少しだけ顔を出している。
「……ここにしよう」
ご主人様はポツリと呟いて、手に抱えていた「彼女」を邪魔にならない場所に降ろした。
「……悪魔、スコップをよこせ」
「……そんな土臭い仕事は私に任せてもらっても構いませんが」
「いいや、僕がやる。僕がやらないと、いけないんだ」
ご主人様はそう言って私からスコップを受け取り、地面を掘り出した。
「……硬い」
「非力ですねぇ……。仕方ありません。私も手伝いましょう」
正直言ってじっとしているのも暇なので、私はご主人様を手伝うことにした。
ザックザックと土が掘り返される音が、静けさを増す夜を侵食する。
「なあ、悪魔」
「なんでしょうか」
「……本当に、神は殺せるのか?」
どうやらご主人様は、神などという超越生命体が本当に殺せるかどうかが不安のようだ。
「ええ、殺せますよ。––神とは、「信仰」によって存在することができます。それと同時に、「信仰」によって力を得ています」
「つまり、その「信仰」をやめさせれば……」
「はい。神の力は弱まり、存在出来なくなります」
神とは大まかに分けて二つの種類がある。一つ目は、「信仰」によって生み出されたもの。
これは「信仰」されることによって存在でき、自らを信仰する……所謂信徒が増えれば増えるほど、力が増大する。
二つ目は、「進化」によって生まれたものだ。
私も詳しいことはわからないけど……、うん。なんかしらの条件を満たした生命体は、神に進化できるらしいです。
「ですが……、宗教とはなかなか厄介なものでして。たとえ教会などの建物や神の姿を模した石像を破壊し尽くしても、なくならないものなんですよね」
私はザックザックと土をスコップで掘りながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
ちらりとご主人様の方に顔を向けると、ご主人様はちょっと引いた様子でこちらを見つめていた。
「……なんだ今の笑みは。軽く狂気を感じたぞ」
「ふふっ、気のせいでございます。ほらご主人様、手が止まってますよ」
私がそう言うと、ご主人様はなにやら慌てた様子でまた土を掘り始めた。
「––で、話を戻すが……、その信仰を辞めさせる方法はあるのか?」
その言葉に私は、ニッコリとした笑顔でこう告げた。
「ええ。とりあえず信徒を皆殺しにしてしまえばいいのです」
それが一番手っ取り早くて、最もシンプルな方法なんだよね。それに……、経験値も得られるだろうしね。
天使に妨害されてオンラインモードでレベリングができないなら、こちらでするしかないのだ。
ご主人様は復讐相手である神の弱体化を狙える、私は経験値を得られる。まさにwin–winである。
「……は?」
「はい?」
ご主人様は唖然とした顔で、こちらを見つめていた。……私なにかおかしなこと言ったかな?
「……関係のないやつらを殺すのか?」
「関係なくありませんよ?だってその信徒は、ご主人様の怨敵である神を信仰しているのです。つまり、ご主人様や私の敵ではないですか」
私がそうやって説明するも、ご主人様は納得がいかない、みたいな表情をしている。
甘ったれたご主人様だなあ。
「……そうですね、なら他に手はありますか?ご主人様が他の手があるの言うのならば、私もそちらに合わせますが」
ないならこっちに合わせろや、という意も込めて私はご主人様に告げた。
さて、これでも納得しないなら私の中でこいつはヘタレって認識になっちゃうけど……、どういう返答が返ってくるかな?
「……ないな。気は乗らないが、皆殺しの方針で行くか」
……このクソガキ本当に復讐する気あるんですかね?めちゃくちゃイラッとしたんですけど今。
そんなご主人様は仕方ねえなあ、みたいな顔をしてザックザックと土を掘っている。
めちゃくちゃその澄ました顔を殴り飛ばしたい。
私はスコップの持ち手を握り潰すことで、なんとかその気持ちを抑えることができた。
音は立てていないので、ご主人様には気づかれていないはず––
「…………機嫌悪いのか?」
ご主人様は顔を青くさせて、折れたスコップの残骸を見つめていた。
「いえ、ちょっと力み過ぎてしまいまして。驚かしてしまいましたか?」
ええ、主に貴方のせいで機嫌が悪いです。今にも殴りたいという衝動を抑えるために、握りつぶしてしました。
「そ、そうか……。まあ、す少しは驚いた」
ご主人様はすぐさま私から顔を逸らして、「さあ〜掘るぞ掘るぞ」と言って、手を動かし始めました。
私も新しいスコップを創り出し、止めていた手を再び動かしました。
それから数十分後、ようやく人一人入れそうな穴が出来上がった。
ご主人様と私は穴から出て、スコップを崖下に投げ込みました。
崖下は川になっているようで、スコップは一瞬にして行方がわからなくなりました。
このクソご主人様も投げ込んだらアレみたいになりますかね。
っと、いけないいけない。契約が完了していないのに殺すのはダメですね。
私は視線をご主人様がいた方へと向ける。しかしそこにはご主人様の姿は無かった。
「……まさか、私の気づかぬうちに自らあの川に……?!」
「するかアホ」
私の背後から、ご主人様の声が聞こえた。その腕には「彼女」の死体を抱えていた。
「ほっ。ご無事でしたか。良かったです」
「なんか言葉に殺気を感じるのだが……」
「気のせいでございます」
ご主人様は「そ、そうか」と言って、先程掘ったばかりの穴へと近づいていく。
「––俺のせいで、すまない」
ご主人様はそう言葉を零してから、「彼女」の死体の手の甲に、そっとキスをした。
死体にキスって。ご主人様死体を愛する趣味でも持っているんですかね。
どれだけ愛していても、どれだけ愛されていても、死んだらそれまでだというのに。
「……火葬はしないのですか?」
そのまま死体を穴にそっと入れようとしているご主人様に、私は疑問をぶつける。
「……火葬とはなんだ?」
どうやらこの世界には火葬の風習がないようだ。