23話
そういえば無事就活終わって就職先決まりました〜
23話
再び走ること数分、ようやく私たちはリンネ山の中腹に着いた。
頂上まで行かないと監視から逃れられないと思っていたが、想定よりも早めに外れてくれた。
「さて、ここまでくればいいでしょう」
そういうわけで私は足を止めて、ご主人様を地面に下ろす。
きっと道中の扱いに腹を立てたのだろう。
ご主人様はむすっと顔を顰めて、こちらをじっと睨みつけてくる。かわいい。
「……全然まだ頂上にすらついてないと思うが、ここでいいのか?」
「ええ、もともと頂上に行くといったのもブラフです。ここで監視の目が外れるのなら、好都合です」
私はチラリと山の頂上の方へ視線を向ける。
……とてつもなく、イヤーな気配がするのだ。
勇者とは似ているが、また別の気配。やはりあの会話もウロボロスに聞かれていたのだろう。
勇者が来るのも時間の問題かな。早速取り掛かろう。
まずはご主人様に特殊加工をしたガスマスクと防護服を着せる。
突然のことに目を白黒させて驚いているが、残念ながら説明してる暇はない。
「ご主人様、絶対川の水に手をつけないでくださいね」
防護服を着ていても万が一というものがあるので、念のため警告しておく。
ご主人様はこくこくと頷き、私の挙動を見逃すまいとじっとこちらを見てくる。
……ご主人様の方も、覚悟はできていると。
「それじゃあ、始めますか」
私は川に両手を入れると、そこを起点にアイテムボックスを開きサリンを流し込んだ。
サリンは無色無臭であるため、当然川の色が変わったり、異臭がしたりはしない。
ただただゆっくりと、川の流れに乗って死を運んでいるのだ。
ウロボロスもさすがに信者全て、国民全てに”神託”を授けるのは不可能なはず。
神託は最高位の神官──聖女や剣聖、預言者に勇者でないと耐えられない。
ただ神を信仰しているだけの人間が、高次元的存在である神の声を聞いて生きていられるわけないだろう。
まあでも、神託を聞いた預言者とかが他の人間に伝えるというのもあるが──さすがに間に合わないだろう。
国民全てに一瞬で通達できる能力でもない限り、少なくとも8割は殺せる。
人間の生活には水は必要不可欠。そんな水が人に牙を向くなんて、誰も想像していないはずです。
リンネ川の上流の水の流れる速さは時速30キロほど、さらにはソレとは別にサリンが水を侵蝕する速度は秒速30キロ、まもなくあらゆる水がサリンに染まるでしょう。
まあここ一帯の森も生き物も全て死滅しますが、正直誤差の範囲。ウロボロスの信者を殺せるなら軽いものです。
「お、始まりましたね」
『経験値を2万5千獲得しました。魂食により経験値を2万5千獲得しました』
『経験値を2万3千獲得しました。魂食により経験値を2万3千獲得しました』
『経験値を3万5千獲得しました。魂食により経験値を3万5千獲得しました』
『Lvが17→18に上昇しました。HP、MP、SPが100上昇しました。SLPを1獲得しました』
ゆっくりと、ただ着実に。私の流したサリンが信者を殺した証明である宣告が、私の脳内に響き渡る。
「成功です、成功ですよご主人様!!あはははははは!!!!」
『経験値を2万8千獲得しました。魂食により経験値を2万8千獲得しました』
『経験値を2万5千獲得しました。魂食により経験値を2万5千獲得しました』
感情を抑えきれない。悦びを抑えきれない。こんなにも、こんなにも沢山の魂が私の身に集まって、還元されていくのだ。
清廉潔白な魂、どす黒く汚れた魂、なんの変哲もない魂、純粋無垢な魂、擦り切れかけた魂。あらゆる魂が無差別に私の力となり、屈服していく。
『経験値を4万5千獲得しました。魂食により経験値を4万5千獲得しました』
『経験値を4万8千獲得しました。魂食により経験値を4万8千獲得しました』
『Lvが18→19に上昇しました。HP、MP、SPが100上昇しました。SLPを1獲得しました』
気分が昂りすぎて、この状態が心地良すぎて。こんなの、耐え切れるはずがない。
私の身体がガクガクと痙攣し、その場にへたりこんでしまう。
「おい、どうした悪魔!なにか──」
心配した様子でご主人様がこちらに駆け寄ってくる。
ああ、なんて可愛らしいご主人様。今すぐ貴女を食べてしまいたい。
こんな雑魂共とは比べ物にならないほどの輝きで、芳しい匂いで、美味しそうで──
『経験値を4万9千獲得しました。魂食により経験値を4万9千獲得しました』
『経験値を──』
「うるさい」
雑音がうるさい。あとでまとめて報告して。いまは、こっち。
「……?どうした」
「……申し訳ありません」
私はご主人様に近づき、防護服越しではあるがそっと抱きしめる。
突然の出来事にご主人様は困惑しているが、申し訳ないけど我慢して欲しい。
今の私はご主人様がそばにいないと、あまりの快楽に気が狂ってしまいそうなのだ。
盗賊をまとめて殺したくらいならよかった。まだ量が少なかったから。
でもいま私に集まってくる魂は、千差万別ではあるが量も質も桁違い。
何度も言うが、耐えきれない。
「おい、本当に大丈夫か?!いまお前に倒れられたら──」
ミシミシと、ご主人様の防護服の軋む音がする。自然と体に力が入ってしまっていたようだ。
力を緩めようとするが、無理だった。むしろ力は強まっていくばかりで、制御ができない。
そうか、今の私は人の姿を保てていないのか。
ご主人様を見る。今の私は人の姿をしていないと言うのに、いつもみたいに怖がらず、ただ心配そうにこちらを見ている。
ああ、なんて健気で可愛らしい。いっその事このままだき潰して殺してしまいたい。ご主人様が死ねば、契約不履行でも魂がこの身に──
──契約不履行でも?
「はは」
するりと、ご主人様を掴んでいた手から力が抜け、だらりと垂れ下がる。
「おい、どうし──」
この私が、悪魔である私が、契約不履行を認可する?快楽に負ける?欲望に負ける?
ああなんて──悪魔らしくない。
ああ不愉快だ。とても、とても不愉快だ。私自身に対して、とてつもなく不愉快だ。
つい先ほど馬車の中で抑えきれなかったばかりだと言うのに、この失態。
悪魔らしくないし、なにより主人を掲げるメイドとして大失態だ。
「ああ、なんてみっともない」
私は肉体を変形させ、元の姿に戻る。ご主人様に安心してもらうため、なによりもこんな恥ずかしい姿を隠すため。
「──申し訳ございません、お恥ずかしい姿をお見せしました」
「そうか?かっこいい姿だと思ったが」
はは、いやになっちゃうなあ。
「セクハラですよ、それ」
「セクハラ?!」
唖然としてあたふたするご主人様に、思わず笑みがこぼれてしまう。
ああ、我慢できてよかった。
「冗談です。ところでお怪我はありませんか?先ほどまで私めは少々、冷静でなかったので」
「ああ、なんとかな。様子がおかしいと思ったら、正気を失っていたのか」
納得した様子で首を縦に振るご主人様。いやあ、本当にご迷惑をおかけしました。
「まあ正気に戻ったならいい。──それで、進捗はどうだ?」
あ、うるさくて報告をまとめさせてたんだった。
それじゃあ今どんな感じか報告をお願い。
『平均して経験値を5万2千×4800獲得しました。魂食により経験値を5万2千×4800獲得しました。総計4億8000万経験値を獲得しました。現在も経験値を獲得し続けています』
『Lvが18→39に上昇しました。HP、MP、SPが2100上昇しました。SLP25を獲得しました』
『【立場】が変化します。【中立】から【偽悪】に変化しました。【偽悪】から【悪】に変化しました。【悪】から【邪悪】に変化しました。【邪悪】から【根源悪】に変化しました』
『【根源悪】により【罪業:知恵の実】を獲得しました』
『称号【災厄の悪魔】を獲得しました。称号【血塗れの怪物】を獲得しました』
『以下、ウロボロス聖国の属国になります──リスト神王国・テイル王国・シェバ連邦国の滅亡を確認しました。称号【国崩し】を獲得しました。称号【一騎当国】を獲得しました』
『平均して経験値を6万8千×9万8千獲得しました。魂食により6万8千×9万8千獲得しました。総計66億6千4百万経験値を獲得しました』
『Lvが39→49に上昇しました。HP、MP、SPが1000上昇しました。SLP12を獲得しました』
…………………え?
『連続的な不正な動作を検知しました。一時的にプレイヤーを隔離します』
…………………え??




