青の雨
雨のそぼふる塔の中、鉄製の階段を上がっていく。お気に入りの水玉の傘をさして、階段を踏み外さないように足元ばかり見ながら、一段、二段。雨の滴が傘を打ち、あるいはむき出しの鉄筋をつたっていく。
ため息をつくために少し傘を上げ、広げた視界に撥水ブーツを履いた二本の足が飛び込んできた。
驚いた拍子に体が後方にぐらつき、傘が上がってその人が全部見えた。レインコートを着た少年だ。
少年はとっさに、わたしの空いているほうの手をつかんで引き戻した。
「ここで傘さすなんて危ないよ」
「だって、雨が降ってるんだもの」
言い返してから、最初の言葉がお礼じゃなかったことを後悔した。
気にしたふうもなく、上に行くのかと少年は尋ねた。地上はもう水浸しだから、と答えると、彼は微笑み、先に立って歩きだした。
「ぼくはたぶん、きみを待ってた」
「どういうこと?」
「止めてくれるんだろ、この雨を」
そんなことができると思うの。足を止めたわたしに、とにかく来なよと彼は言った。
そしてわたしたちは再び進みだす。塔には窓がなく、光源は等間隔に設置された蛍光灯だけ。いま、外では永遠の晴れ空が広がっているから、ここの薄暗さはほっとする。雲はないのに、世界では雨が降り続いているのだ。
「そもそもこれは雨なの?」と聞くと、少年は「違う。これは青色だよ」と答えた。
「青が、何もかも自分の色で染め上げようとしてるんだ」
「だからずっと青空なの? 晴れてるように見えるだけ?」
「そう。次は地上、塔とぼくらが最後。あと少しで、全部青のものになる」
少年はそこで不敵な笑みを浮かべ、レインコートを広げてみせた。
「ぼくときみは、まだ青を浴びてないだろ?」
瞬間、雨脚が強まり、わたしは彼を傘の下に入れた。
「塔と共に青に沈むつもりだったのに。青色よりも先に『雨』に抗うきみが来てくれた。だからぼくは塔の管理者の役目を果たすよ」
そう言った少年はレインコートを広げて二人分の背中を守った。青の雨に逆らって、二人三脚の歩みで上へ。ただ上へ。
最上階で、わたしは静電気で火花を起こし、階段に投げこんだ。下階への導火線は青の中に残る足跡だ。
すぐに少年が非常口を開け、手をつないで飛びだした。
煙と火の粉が天地の青を焼き、色彩を奪還する。
乾いた風の中、傘とレインコートを広げて降下しながら、頭上に広がるのは曇り空だったと知った。