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血とLOVER  作者: だんぞう
11/11

【3】用心、貴人棺 #4

「宇智也君、君の肉体の手札枠には多分まだ空きがある……しかし、肉体が既に持つ手札の種類と、君の手札の種類とが今現在は一致していないように感じる。いわば、手札が横置きになったせいで、本来二枚格納できる場所に一枚しか格納できないような状態と言えよう」


「種類が一致しない……今現在は、ですか?」


「ああ。基本的に肉体は、魂の方向に次第に合ってゆく。その歳で不一致ということは、君の魂が、本来の向きとは一時的異なっているだけのように思えるのだよ。私が見たことのある例では、温厚だった者が復讐にかられたり、攻撃的だった者が大きな失敗から臆病になってしまったり、とかだね」


 宇智也の表情が曇る。


「……どうしたら良いか、わからないんです……何をすべきなのか」


「ウチヤ、迷ったんなら、弱い者を守るんだぞ。ウチヤは強いんだから」


 ラ号は真っ直ぐな瞳で宇智也を見つめる。


「俺は、そんなに強くはないんだ。ラ号をがっかりさせちゃうかもしれないけど」


「いや、ウチヤは強いぞ。土生(とき)先生が言ってたぞ。本当の強さっていうのは、戦わずに場を収めることができることだって。ウチヤが居なかったら、オレとケイコ……ケイトはきっと戦っていた」


 宇智也はラ号の瞳を、ようやく見つめ返す。


「それに、本当に強い奴は、自分の強さを自慢しないだろ?」


 ラ号は嬉しそうな表情で、宇智也の手を強く握りしめる。

 宇智也の顔からは負の感情がわずかに減った。

 エヴァは柔らかい笑顔を浮かべ、宇智也とラ号の頭を優しく撫で、感極まった様子で二人をぎゅっと抱き寄せた。


「ああ……尊いなぁ。君らがケイトと仲良くなってくれて、私は本当に嬉しいよ」




 宇智也とラ号が閉じていた目を開くと、先程のお姫様風の部屋の中、棺の縁に腰掛けていた。


「ラ号君と宇智也君の不安や疑問を少しは解すことができたのであれば、嬉しいが」


「オレは、エヴァに初めて会ったとき、怖かった。でも今は違う気持ちだ。怖くて強くて、でも優しくて、いろんなことを教えてくれて……オレがずっと想像していた本当のお母さんのイメージに近かった」


 そう答えたラ号をエヴァはまた抱き寄せる。

 聖母のような微笑みを浮かべて。


「俺は……漠然としていたものが、少しは見えてきた気がします。一時的な自分、本来の自分……心当たりがないわけではないので、少し自分というものを見つめ直してみようと思います。ありがとうございました」


 エヴァは宇智也のこともまた抱きしめようとしたが、宇智也は頬を赤らめながら立ち上がり距離を取った。


「だ、大丈夫です。もう平気です」


「その表情は私を、ラ号君のように母としてではなく、異性として意識してしまう、ということかな?」


「そういうのは」


 宇智也は、反論しようとして自分の声の大きさに気づき、声のトーンを下げる。


「あまり、からかわないでください」


 エヴァは満面の笑みでラ号の背中をポンと叩く。


「ニャーかルラかホテプが案内してくれるときならば、君らはいつでもここを訪れていい。宇智也君に限っては、私と話をしたくなったらケイトとまたアレをしてくれてもいいのだよ」


「アレってなんだ?」


 ラ号の真っ直ぐな眼差しに、宇智也は眉をひそめる。


「あまり、からか」


「あー、はいはい。私はおとなしく神域に戻るよ。では最後に一つだけ。私の力と神域のこと、今、この館に居る者以外には内緒で頼むよ」


「わかりました」


「わかった」




 二人が部屋を出ると、少し離れた場所に灯りが点る。

 そこへ近づくと、ニャーが一匹で尻尾を光らせて待っていた。


「お迎え、ありがとう」


「ありがとなっ」


「あなたたちは、猫にお礼を言えるタイプの人種なのね。お迎えのしがいがあるわ」


 行きと同様に暗闇の迷路を通る。

 宇智也もラ号も、行きとは道順が変わっていることに気づいたが、それについては何も言及しなかった。




「おかえり」


 大広間に戻るなり、ケイトが二人に声をかける。


「この子ったら、ずっと落ち着かなくってね」


「もう! ルラったらそういうの言わなくていいの!」


「「ただいま」」


 宇智也とラ号の声が重なった。


「ねぇ、どんな話したの? 夕飯食べながら聞かせて」


「あ、いや、俺は……」


「宇智也はお腹空いてないのか?」


「いや、俺は家に帰ろうかなって」


「「なんで?!」」


 今度はケイトとラ号の声が重なった……その声をかき消すかのように、ホテプの声が大広間に響いた。


「大変大変! 宇智也はもう帰れないよ!」


 皆のもとへ駆けてきたホテプは、頭の上に器用にタブレットを載せている。


「どういうこと?」


 と尋ねながら、宇智也はそのタブレットを手にとった。


「……ごめん、俺、行かないと!」


 宇智也はタブレットをケイトへ渡すと、先程入ってきた長廊下へガレージの方へと走り出す。

 ラ号も宇智也のあとを追いかける。

 ちょうど入れ違いに沙羅が大広間に入ってきた。


「あら、ケイト。逃げられちゃったわよ?」


「違っ……ねぇ、沙羅。もう一度、車を出してもらえる?」


 ケイトの持つタブレットには、住宅街火災のニュース実況。

 勢いよく燃えているのは宇智也の実家だった。


「ちょっと待って。落ち着いて、ケイト。犯人の目星はついているの? 罠じゃないの?」


「六年前のことを言いたいのはわかってる。でも、だからといって見捨てるのは違う!」


 ケイトは唇を噛み、一人で宇智也たちの後を追った。




 四十分後、宇智也がタクシーを降りたその場所からも空へと昇る黒煙は見えていた。

 彼の背後から走って追い抜く何人もの野次馬たちは、手に手にスマホを持っている。

 その流れに宇智也も混ざって駆け出した。


 煙の立つ、その真下へ近づくほどに周囲には熱気が増してゆく。

 それは収まりかけている火災の熱ではなく、他人の不幸に興奮するさもしき人々の人熱(ひといき)れ。

 人をかきわけるたびに募る不快感が、宇智也の抱える感情の中で一番大きくなった頃、彼はようやく現場に到着した。


「住人です」


 現場を仕切っていた警察官は、片手を挙げて近づいてきた宇智也に二、三の質問を行うと、彼を立入禁止テープの向こう側へと招き入れた。


 宇智也が見上げた二階部分に屋根は既になく、骸のような骨格だけが残っている。

 かつて玄関のドアがあった四角いフレームが、八割がた焼け落ちた家の残骸の光景を黒く囲っていた。

 わずかに燻り続ける残り火へを次々と喰らう放水は、やがてその役目を終える。


 宇智也はずっと、それを呆然と眺めていた。


「大丈夫かい?」


 警察官が一人、宇智也に声をかける。


「中を、確認しても、いいですか」


 宇智也の問いかけに、警察官は消防士を呼び、付き添う。

 久しぶりの我が家へと踏み入り、玄関で靴を脱ごうとして消防士に止められた宇智也はその場で膝を付き、ようやく泣いた。




 それから何時間かが経過した。


「もう日が落ちました。続きは明日でもよろしいのでは?」


 警察官が宇智也の肩を叩く。


「しかし、家族全員無事だったというのは不幸中の」


 別の警察官がそれを言いかけたとき、宇智也は彼をぐっと睨んだ。


「俺の家族の遺影はもう残っていません」


「軽率な言葉でした。申し訳ありません」


「……いえ、こちらこそ、感情的になってしまいました」


 宇智也は借りていた懐中電灯を警察官へと返す。

 翌日に警察署へ出向いての事情徴収の約束をし、警察側からの宿の提供を断り、独り夜道を歩き始めた。




「お兄さん」


 急に話しかけられ、宇智也は足を止める。

 呼び止めたのは見るからに塾帰りっぽい中学生。


「お兄さん、シブサワウチヤさん?」


 宇智也は即答せず、眉間をひそめる。


「あれ、違うんですか? 宝探しゲーム参加者のシブサワウチヤさんに、次のミッションの封筒を渡してほしいって、さっき主催者の人から頼まれたんですけど」


「宝探しゲーム……ああ、ごめん。そうだよ。俺が渋沢宇智也です。まさか知らない人が渡してくるとか思わなくって」


 中学生の無邪気な笑顔に、宇智也も無理やり笑顔を作って答えた。


「良かったー。じゃあ、渡しましたよ」


 宇智也へ茶封筒を受け取る。


「ま、待って。君にこれをお願いした人って、髪の長い女の人? それともお腹の出たおじさん?」


 宇智也はあえて「どんな人」という表現を使わなかった。

 聞きたい情報と同じレベルの二択を突きつけることで、問われた人は答えやすくなる……彼が母さんと呼ぶ人から教えてもらったテクニック。


「えっと……痩せてました。格好についてはネタバレになるから秘密でねって言ってました」


「あー、わかったわかった。ありがとうね」


 宇智也は少年へ手を振り、その場を足早に立ち去った。

 その足で最寄りのコンビニでトイレを借り、そこで封筒を開封する。

 内容をスマホで撮影すると、メッセンジャーアプリへと送信する。

 何往復かのやり取りの後、宇智也はコンビニを出て再び夜の町へと紛れた。




 深夜。

 火事の現場から車で一時間以上は離れた郊外。

 大きな川の河原を臨める土手、サイクリングコース上に宇智也は立っていた。


 スマホで時間を確認する宇智也が何かに気付く。

 土手沿いの車道に広く隣接した敷地を持つ建材工場、さほど高くない壁の向こうに積み上げられたコンクリートブロックの隙間から、鋭い光が宇智也の方へ向けて点滅したのだ。


 宇智也は周囲を確認する。

 さすがに深夜だけあってサイクリングコースを通る人影は見えず、また車道を通る車もごくごくまばら。

 宇智也は土手を駆け下りて車道を横断し、塀側の歩道へと近づく。

 宇智也の身長ならばジャンプして中を覗けないこともない高さの塀を、周囲をもう一度確認してから乗り越えて、敷地内へ。


 コンクリートブロックは四角く大きいが宙空のものが多く、ブロックの向こうが見通せる。

 そんなブロックの隙間から、数回の点滅がまた見えた。

 宇智也はその光源を目指してブロックを回り込む。


 深夜の建材置き場には照明がほとんどなく、土手沿い道路に設置された背の高い街灯の光を頼りに進んでゆく。


「警察には知らせずに来たかい?」


 低いけどよく通る大人の男の声が響いた。

 灰色の作業服を着た、痩せた男。

 顔はよく見えない。


「知らせていません」


 宇智也は答えながら周囲を窺う。


「お探しの遺影なら、あの上だよ」


 建材工場の敷地内には、送電線の鉄塔が一基、設置されていた。

 男が指したのは、その鉄塔の上の方。


「なんでこんなことをするんですか」


「君が恨まれているからだよ。心当たりはないのかい?」


 宇智也は答えずに鉄塔へと近づく。

 長い梯子が取り付けられているが、それにはまず、鉄塔を囲むフェンスを乗り越えねばならない。

 フェンスの上部には三重の有刺鉄線が巻かれていて、この工場を囲む塀に比べてよっぽど厳重だった。


「取りに行っていいんだよ?」


 宇智也は男を睨む。

 街灯が照らす範囲に男の全身は入っているのだが、なぜかその顔だけはよく見えない。


「おいおい。君の家から燃える前に、宝物であろう遺影を運び出してあげたのは俺だよ? むしろ感謝してもらいたいくらいだよ?」


 男の顔はよく見えないが、薄笑いを浮かべていることは、宇智也にもなぜかわかった。


「警察は放火の可能性があると言っていた」


「そうかい。でもまあ俺は捕まらないよ。俺の顔、君もうまく認識できていないだろう?」


 宇智也は男に向かって、突然走り出した。

 その手を固く握りしめて。


「あれ、そういう感じ?」


 男はヘラヘラとしたまま数歩下がり、作業服のポケットから銃を取り出し、構えた。

 宇智也はとっさに身を翻し、近くにあったブロックの陰へと隠れる。


「あれー。隠れちゃうんだ? 玩具かもしれないのに?」


 そのとき、塀の向こう、土手のある方から大きなブレーキ音が響いた。


●主な登場人物


渋沢(しぶさわ) 宇智也(うちや)

 臨海学校に向かう途中のバスで事故に遭った高校一年生。

 血に触れると、血の主の思考を読み取れる混沌の力『血の巫女』を持つ。

 自宅が放火され、家族の遺影をネタに深夜の建材工場へと呼び出された。


沫祇原(あわぎはら) ケイト

 バス事故に遭った宇智也が病院で目覚めたとき手を握っていたハーフっぽい美少女。

 『|血魔術《Bloody Sorcery》』という混沌の力を駆使する。天城(あまぎ) 敬子(けいこ)という偽名を用いていた。


網場(あみば)(ごう)

 網場明日架の四十八つ子の中から生き残った二十二番目の女子。『Hybrid Deep One』。

 様々な魚に変身できる混沌の力を持つ。最初の姿はイシダイ。何に変身できるかの魚種はコントロールできていない。

 土生との外出後、宇智也達と出会い、懐いた。仮面ライダー好き。

 ラ号の出自を隠すために「沫祇原(あわぎはら) ララ」という偽名が用意された。


沫祇原(アワギハラ)エヴァネッセンス

 ケイトと沙羅の保護者。真祖と呼ばれることもあり、神域を作れるくらいには混沌の力が濃い。

 洋館の地下迷路の先の部屋に居て、宇智也とラ号を棺の中、神域へ連れ込み、混沌の力についての講義をしてくれた。


沫祇原(あわぎはら) 沙羅(さら)

 切れ長の目に黒髪のショートカット。凛々しい顔立ちは二十代に見える。

 兎月苑には天城敬子の保護者と名乗った。六年間に起きた何かを強く気にしている。


・ニャー

 人の言葉をしゃべる黒猫三姉妹の凛とした子。落ち着いた声。


・ルラ

 人の言葉をしゃべる黒猫三姉妹の細い子。好奇心旺盛。


・ホテプ

 人の言葉をしゃべる黒猫三姉妹のちっちゃな子。お調子者。


・謎の男

 作業服を着た男。なぜか顔を認識できない。

 宇智也の家へ放火し、遺影を持ち出し、深夜の川沿いの建材工場へと宇智也を呼び出した。


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