観察98:愛してる
「ただいま………と」
「おかえり。………雪奈はいないよな?」
「ん〜……あたしがみてくるわ」
電気はついていない。でもそろそろ雪奈は強行手段に出る頃だ。それが分かってるのか俊行は警戒している。
(……告白するって決めたんだから逃げる必要ないのに)
「悪い。こう……何て言うか、自分から会いに行くべきだと思って」
気持ちは分からなくもない。アタシは家を見て回った。
「誰もいなかったかな?」
「……なんで疑問形なんだよ?」
見て回ったこころにオレはじと目で睨む。
「流石に引き出しとかごみ箱の中とか調べてないから」
……そんなとこにいたらもう呆れるしかないな。いや、物理的に無理だし。
「とにかく、シャワーでも浴びて早く寝ましょ」
「ん……そうだな」
オレはそう返事をして部屋へと向かう。
「………流石にもう一緒に入るとか言わないよな?」
「ええ。今日はね」
「………………」
悪びれずに言うことかよ。
「言ったでしょ? あくまで俊行との行為は贖罪なんだから」
「………雪奈にはちゃんと言うからな」
「多分、あの子はアタシなら許すんじゃないかな。瑞菜さんは分からないけど」
「…………自分からは流石にしないから大丈夫」
それはおそらく瑞菜も同じ。だから第三者の介入がない限り、オレと瑞菜がそういう関係になることはない。
「……好きだけど、もうオレは選んだから」
雪奈を。妹としても恋人としても愛したいと思ってしまったから。
「…………早く入りなさい」
辛そうな顔をするこころを置いて、オレは着替えを取りに部屋へと向かった。
ざーっと冷ためのシャワーにうたれる。夏場とはいえ、夜も更けたこの時間だと少し寒い。
「………告白か」
本当にいいのかなと思う。オレなんかでいいのかと。あいつにはもっと相応しいやつがいるんじゃないかと。今まで考えてきた事を繰り返し考える。
―――ばたん
と、脱衣所のドアが閉まる音がした。
「こころ?」
『………………』
返事はない。ただ、服を脱いでる様子もない。別に一緒に入るというつもりではないのだろう。
カチャッ―――
そう思っていた所で風呂場の扉が開き、入ってきた。
「こ――」
振り向き話し掛けようとした所で抱き着かれる。それで入ってきたのがこころではないのが分かった。ずっと避けつづけてきた大切な子。
「――お兄ちゃん」
そう呼ばれた瞬間、オレは足りなかったものが一気にみたされる感覚を味わった。
(…………なんだ)
と、それで気づく。オレはこんなに寂しかったんだと。それほど雪奈を求めてたんだと。
(………たえられない)
雪奈がいないことなんて絶対に。だって雪奈はオレにとって何よりも大切で、
「……雪奈。愛してる」
誰よりも愛する人だから。
「にゃっ、にゃっ、にゃっ」
いきなり『愛してる』なんて言われて、私は混乱しまくった。
「な、何をいきなり!?」
「面白いくらいに慌ててるな。とりあえず落ちつけ」
混乱してる私に比べて、お兄ちゃんは穏やかだ。
「む、無理かも」
「じゃ、落ち着かなくてもいいからしっかり聞いてくれ」
こくこくと私は何度も頷く。心音は寿命が縮んじゃないかというくらいに刻まれ、多分お兄ちゃんにまで聞こえてる。
「オレはな、自分じゃ雪奈を幸せにできないと思ってたんだ」
「そん――」
「まあ聞け」
そんなことないって言おうとして止められる。私は不満に思いながらお兄ちゃんの言葉に耳を傾ける。
「お前は可愛いくて、意外に頭もいい。だからそんないい女の子がオレみたいな普通の男じゃ釣り合わないって思ってた。オレよりもいい男がお前を幸せにするべきだって」
ばかみたいと私は思った。そんなつまらない事で私から逃げてたのかと。
「でも、それはただの言い訳だったみたいだ。オレはただ不安だったんだ。幸せにする自信がなかっただけ。もっともらしい理由を自分に言い聞かせてた」
そっか……と私は思う。ここに来て私がこどもだったんだと気づいた。お兄ちゃんは私なんかよりずっと本気だったんだ。私はお兄ちゃんと一緒になれれば幸せになる自信がある。でもそれでお兄ちゃんが幸せになるかと聞かれたら自信がない。私は結ばれた後の事を真剣に考えた事がなかった。
「だったら…………どうしていきなり告白を?」
「もう誤魔化せられなくなったんだ。お前がオレの傍にいないなんてもうたえられない」
「……私に会えなくて寂しかった?」
「……………ああ」
「私も寂しくて………怖かった。お兄ちゃんが私の前からいなくなるんじゃないかって」
私はその時の感情を思い出して震えを押さえ付けるようにお兄ちゃんの背中に抱き着いた。
「……それでさ、雪奈。答えを聞かせてくれないか?」
ドキドキとお兄ちゃんの鼓動が聞こえる。緊張してくれてるんだと思うと私は嬉しくなる。
「あのね、お兄ちゃん。お兄ちゃんに比べると私の想いは幼いんだと思う」
それでもと思う。
「それでも絶対にお兄ちゃんの事を好きだという気持ちだけは誰にも負けないよ」
瑞菜さんにも、お姉ちゃんにも。本気さだけは誰にも負けない。
「私もお兄ちゃんをあ……あい……」
「無理しなくてもいいぞ」
「む……またこども扱い」
こうなったら意地でも言わないと。
「あい………あいし………あいしとぇる」
「っく………ふふっ………」
お兄ちゃんが笑いを堪えてるのか身体が震えてる。
「ひ、ひどいよ! 人が勇気出して言ったのに!」
「だ、だから……くくっ……笑うのこらえてんだろ?」
むしろ思いっきり笑われた方がすっきりする。
「………愛してる。お兄ちゃんの事。ずっと」
「………いきなり言うな。びっくりするだろ」
「言わないと笑うのやめてくれそうになかったし」
「だからちゃんとこらえてただろ?」
「ふーんだ。屁理屈いうお兄ちゃんなんか嫌いだもん」
そういいながら私はお兄ちゃんに更に強く抱き着いた。
「所でさ、なんでお前は服着て入ってきたんだ?」
「だって………お風呂に入ってるときじゃないと逃げられそうだし………服がないと恥ずかしかったんだもん」
「やっぱり可愛いな雪奈は」
「…………本当?」
「本当」
「じゃあ…………結婚してくれる?」
「ああ。来週の日曜でいいか?」
「そんなに早くいいの? もちろんだよ」
という訳で、私とお兄ちゃんは来週の日曜、結婚することになった。
……え? いきなり何を言い出してるの?