観察94:始まりのきっかけ
「何してるのよ? 俊行」
あの日、多くのものをなくした日から一週間と少し。オレは海辺でこころに話し掛けられた。
「何もしてない。ただ、なんとなく海を眺めてる」
「あ〜、黄昏れてるのね」
「………なんかようか?」
「だから、何してるのか聞いてるでしょ」
「………お前の言う通り黄昏れてるよ」
オレは何も話したくなく、そう言って話を終わらせようとする。
「………雪奈をほったらかして何してるのか聞いてるのよ」
「………雪奈? そういえば見てないな」
「雪奈、家にずっと引きこもってるって」
「それで?」
「会いに行きなさいよ」
「………そんな気分じゃない」
この時、オレは悲しみ、不安、孤独感、後悔、無力感など、いろんな感情に押し潰されていた。
「……仕方ないわね」
と、こころはオレを抱きしめてきた。
「……こころ?」
「大丈夫だから……傍にいてあげるから」
そう言って、強くオレを抱きしめる。
「…………何がしたいんだよ?」
「ん〜……月並みだけど安心しない?」
「……同じ小学生にやられてもな」
そう言いながらも、オレは人の温もりに深い安堵を感じていた。
「くすくす……そんな皮肉がでるなら少しは元気がでたみたいね。もう投げやりな事は言ったらダメよ?」
「…………うるさいよ」
憎まれ口を言いながら、こころの歳の割にはやわらかい身体に深く自分を預ける。
「…………少しこのままでいいか?」
「好きなだけ貸してあげる。……だからお願い。元気になって」
その言葉に甘え、オレは安心して眠りについた。
「ん………こころ?」
「起きた? 俊行」
辺りを見渡すとすっかり暗くなっていた。
「悪い……寝過ぎたな」
「いいのよ。どうせ寝られてなかったんでしょ? 今まで」
「……ああ」
この一週間、平均して1時間も寝れてなかった。
「雪奈もね……寝れてないみたいだった」
オレを胸に抱きながら、こころはそう言った。
「会ったのか?」
「うん。何があったのかも聞き出した」
よく聞き出したものだと思った。
「雪奈も俊行と同じなのよ。いろんなものに押し潰されてる。あの子の持つ明るさとかみんな殺されちゃってる」
「…………………」
「だからね……あの子を安心させてあげて俊行。アタシにはできなかったから。今あの子の一番近くに居る事のできるあなたが」
「……できるのか? オレに?」
「はっきり言うと難しそうだけどね。今の雪奈はあなたにも距離を置くと思う。あるいはあなただからこそ」
「………………………」
雪奈に距離を置かれる。そう考えるだけでオレはまた心が乱れそうになる。
「だから、早く立ち直って。あの子を一人のままにしないで」
「………………………」
「アタシができるのは俊行を支えてあげる事だけだから。あの子は俊行が支えてあげて」
「………お前、本当に小学生か?」
「アタシだって必死なのよ」
言われてみると、こころが震えているのが分かった。何かを堪えるような……そんな感じだ。
「……俊行」
何に堪えているのか分からない。でもこころも辛いのが分かった。
「……明日、雪奈のところに行く」
「ありがとう。俊行」
「……なんでお前がありがとうなんだよ?」
「………………ありがとう」
こころはそれだけ言って強くオレを抱きしめた。