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92/102

観察91:全ての始まり

「としゆき……さん?」

人形のようだ、と幼いオレは月並みに思った。

「え〜と……うん。そうだけど」

「あの………私、や…じゃなくて白沢雪奈です」

「あ〜……海原俊行です」

「……………………………」

「……………………………」

互いに名前を紹介して固まる。わかりやすいくらいに緊張していた。

「あの……私、俊行さんの事、なんて呼べばいいですか?」

先にがちがちになりながらも沈黙を破ったなのは雪奈だった。

「ん〜……呼び方ね。雪奈ちゃんはどう呼びたい?」

「おに……いえ……特にありませんけど……」

そこで、雪奈は言い淀む。今にして思えば、人見知りな雪奈にとっては精一杯の話題ふりだったんだろう。

「何でもいいからあげてみなよ」

そんな事にも気づかず、幼いオレはうながす。

「じゃ、じゃあ……頭をとって、としさんとか?」

「……なんか、年寄りっぽくないか?」

年寄りというか、大工の棟梁っぽい。

「ん〜と……としくん?……は、なんだか私がお姉さんぽくなっちゃいますね」

「別に気にすることないけど……」

でも、一つとはいえ、年下から呼ばれる感じじゃないか。

「いっその事、頭一つだけとって、とーさんというのは……?」

「却下」

人前でその呼び方されたら、いろいろと破滅だ。

「あ! とーくんてどうでしょう? なんだか仲が良さそうな感じがするし、響きも好きです」

その呼び方が気に入ったのか、雪奈が初めて笑顔をみせた。


『とーくん………またね』


でも、その呼び方はオレにとって特別で、同時に治りかけの傷を思い出させるものだった。

「悪い……他にしてくれ」

「そう……ですか」

咲いていた花が引っ込む。幼いオレは心を痛めた。

「…………………………」

「…………………………」

また、無言になる二人。

「くすくす……雪奈。俊行君の事、どう呼びたいか昨日言ってたじゃない」

今度の沈黙を破ったのはオレでも雪奈でもなかった。

「お、お母さん!? もう、向こうにいるって言ってたのに」

白沢心奈しらさわここな。雪奈の母親。紘輔さんの妻。この時は普通に雪奈と会っていた。

「そんなことより、いいの? まだ聞いてないんでしょ?」

「それって……でも、やっぱり……」

言い淀む雪奈。それに比べて楽しそうな心奈さんは更に続けた。

「くすくす……雪奈は俊行君の事、『お兄ちゃん』って呼びたいんだって」

「お、お母さん!」

「はあ……お兄ちゃんですか?」

「そう。俊行君はそう呼ばれるの嫌?」

「いえ、嬉しいです」

この頃、父さんも母さんも、もう一人子どもが欲しいと言っていた。それに影響されて、オレも弟か妹が欲しかった。それと、やっぱり可愛い子にお兄ちゃんと呼ばれて嫌な訳はない。

「ぇと……じゃ、じゃあ……お兄ちゃん?」

「うん? 何かな? 雪奈ちゃん」

ぱあっと雪奈の顔が明るくなる。

「ありがとう! お兄ちゃん!」

と、満面の笑顔で抱き着いてくる雪奈によろけながらもオレは抱き留める。

「って、わわっ! いきなりごめんなさい俊行さん」

恥ずかしかったのか、雪奈は顔を真っ赤にして離れた。

「っっ……雪奈ちゃんはおもしろいね」

笑いが堪え切れず、オレはそういった。

「うぅ……俊行さんひどいです」

口を膨らませてそういう雪奈に、オレも心奈さんも大笑いした。



「あの……本当にお兄ちゃんて呼んで……?」

「うん。オレも妹か弟が欲しかったから嬉しいよ」

「じ、じゃあ私の事も『雪奈』って呼んでください」

「雪奈ちゃん……雪奈がそうして欲しいならそうするよ」

「えへへ……ありがとう。お、お兄ちゃん」

はにかむ雪奈は、死ぬほど可愛かった。思えば、オレはこの笑顔にやられていたんだろう。

「……ありがとう。俊行君」

「? 心奈さん?」

「雪奈がこんなに嬉しそうなのは久しぶりよ」

そういう心奈さんはどこか寂しそうだった。あの時はなぜそんな顔をしたのか分からなかったが、雪奈の姉の事を考えていたのだろう。

「だからね、俊行君。お願いがあるの」

「はい? できることなら引き受けますけど」

いきなりのお願いとやらに、訳が分からないながらも、オレはうけると答えた。

「くすくす……そんなにかしこまった事じゃないんだけどね」

そう前置き、心奈さんは雪奈を抱き寄せ、

「この子の事よろしくね」

そう言った。



これが、雪奈との出会い。オレと雪奈の始まり。

ただ、ここで生まれた関係は壊れてしまう。あの日……雪奈の誕生日、オレの両親が事故で死んだ日に。

それを思い出す前に、まずはこころとの出会いを思い出そう。


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