観察79:雇われメイド
「どちら様でしょうか?」
紘輔さんの家。インターホンを押すと、若い女性の声がスピーカー越しに帰ってくる。知ってる人の声にオレは少し安心する。
「オレだよ夏」
「ん〜……俊行様でしたか。いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
「……その話し方はやめてくれ。同級生だろうが」
仕事なのはわかるんだけど。
「ん〜……話し方はどうしようもないですね。半分以上、素ですから」
まぁそれも分かるんだけど。
「だったらせめて様付けはやめてくれ」
「わかりました。じゃあ俊行君。今日はどうしたんですか? 紘輔様はいらっしゃいませんよ?」
「それは知ってる。今日は心奈さんに会いに来たんだ」
「奥様でしたか。わかりました。お迎えします」
ただの雇われメイドである夏は知らないから、オレが心奈さんに会いに来るという事に疑問はないらしい。
「よろしく頼む」
オレはその場で夏が来るのを待った。
「でもさ、夏。いいのか? こんな受験とか就職を控えたこの時期にバイトなんて」
「大丈夫ですよ。白畑の方で雇って貰える事になってますから」
「白畑ってあの白畑? 白畑学園とかの?」
「はい。そうです」
「へぇ……エリートじゃん」
「高収入なだけですよ」
……謙遜してるのかしてないのか分からない。
「そんなことより、心奈さんってどこにいるんだ?」
夏に連れられて歩いているが、家が広いせいかどこに向かっているか分からない。
「蔵書がある場所です。奥様は時間の許す限りそこにいます」
「? 何か調べ物してるのか?」
「そのようですね。詳しい事はわかりませんが」
「インターネットで調べればいいんじゃないのか?」
そうすれば早いだろうし。
「奥様はパソコンが使えませんから」
……そう言えば雪奈も使えないな。
「……ここですね」
そうこう話しているうちについたらしい。
「私は下がります」
「ああ。ありがとうな」
「いいえ。仕事ですから。それじゃあ俊行君。またね」
最後だけくだけた話し方で夏は去っていった。
(……行ったか)
最後までいなくなるのを見届け、オレはノックをした。