観察65:欲しいもの
「なぁ雪奈」
ある日の夜。オレはリビングで死ぬほどゆったりしている雪奈の隣に座り、話しかける。
「な〜に〜おに〜ちゃ〜ん?」
……ゆったりしすぎじゃね?
「とりあえずアレだ。普通に座れ」
「むぅ……」
変な擬音語(擬態語?)を言いながらも雪奈は座り直す。
「それで? 何なのかな?」
「あ〜……うん。お前の好きな物って何だよ?」
「お兄ちゃん」
……即答だよ。
「もちろんお姉ちゃんも」
「……オレもこころも物じゃない」
「でも一番好きなのはお兄ちゃんとお姉ちゃんだよ?」
「……人以外で何かないのか?」
「好きな物?」
「ああ」
「う〜ん………ない」
「あ〜……やっぱりか」
半分は想像出来たんだがな。雪奈にとっては家族が全てで、他の事に目を向ける事はなかっただろうから。……見失わないために。
「じゃあ欲しい物とかないのか?」
「お兄ちゃん!」
……元気に即答だよ。
「残念ながらオレは売り切れ中だ。他には?」
「う〜ん………ない」
まぁ仕方ないんだけどな……。
「本当に何もないのか?」
「う〜ん………ぁ、一つだけある」
「何だ? それは?」
「お兄ちゃんを悩殺出来る服が欲しい」
「そんなものは存在しない」
「え〜……昨日お姉ちゃんのスーツ姿にドキドキしてたくせに」
「お前だってなんだか心ここに在らずって感じでこころの事を見てただろ」
「だってお姉ちゃん綺麗だったんだもん」
実際反則気味だよな。
「という訳でそれが欲しい」
「悩殺出来る服ねぇ……」
まぁ候補に入れておくか。
「でも……何でいきなりそんなことを?」
「気にするな。たまには雪奈と話したいと思っただけだ」
「本当に?」
「別に信じなくてもいいけどな」
信じられなくても当然だ。雪奈にしてきた事を思えば。
「むぅ……そこは『本当だ』って優しく言って欲しかったな」
でも雪奈は変わらなくて……。
「そうだな……本当だよ」
その変わらなさが愛しく感じた。
欲しいものと聞かれても意外に答えられないものです。