観察64:俊行のバイト
「あれ? 俊行、こんな朝早くにどこ行くのよ?」
玄関で靴を履いているところでこころに話しかけられた。
「今日は休みだからな。バイトだよ」
「バイトって……アタシは話聞いてないけど……」
「そりゃ、あっちのバイトじゃないからな」
「?……もしかして不定期って言ってたバイトのこと?」
「そうそれ」
「……本当に稼げるの? 不定期で」
「けっこうな」
「……時給いくらよ?」
「時給じゃなくて日給だぞ?」
「日給って……ますます期待出来ないわね」
「そうか? 日給一万ってけっこう割がいいと思うぞ? バイトだったら」
働く時間で考えても、平均で時給千円は軽くいく。
「何時間働くのよ?」
「普通は6時間くらい。短い時は3時間くらいかな」
「決定ね。アタシも連れて行きなさい」
「……まぁなんとなく想像出来た展開だけどさ」
こころも臨時でお金が必要になるだろうし。
「じゃ、とりあえず雪奈と瑞菜に連絡いれないとな」
雪奈が来ても家には誰もいないからな。瑞菜に面倒を見てもらおう。
「……相変わらず子どもな扱いよね」
「お前だってオレが連絡入れなきゃ同じことするだろ」
「……まぁね」
「てわけで行くぞ?」
オレは連絡を終えて声をかける。
「別にいいけど……この格好でいいの?」
「………私服でいいから着替えてこい」
こころの格好は普通にパジャマだった。
「や、俊行。久しぶりだね」
オレとこころが入った部屋に待っていた人はどこか人なつっこい笑みを浮かべて声をかけてくる。
「お久しぶりです。紘輔さん」
ここはこの町にある企業の一室。代表取締役の部屋だ。そしてこの部屋の主が紘輔さんだった。
「ねぇ……俊行。これはどういう事?」
「ん? なんのことだよ?」
「紘輔さんて……永野亭の……」
「オーナーだな」
「……何でそんな無駄に凄そうな人の所にバイトでくるのよ?」
娯楽であんな店に出資するような人だからな。それなりに儲かってるのが分かるか。
「言ってなかったっけ? 紘輔さんはオレの後見人なんだよ。だからそのツテでな」
「……………………」
「まぁオレの叔父に当たる人なんだよ」
「……なんでそんなに大事な事を黙ってたのよ?」
「とっくの昔に言ってたと思ってたんだが……雪奈には言ってるし」
「……他には黙ってることはないでしょうね?」
「隠し事に関してはお前には言われたくないんだが……」
「いいから……それで?」
……まぁ、黙っとく理由もないか。
「雪奈の義理の父親だよ」
「………………は?」
「とりあえず紘輔さんについてはこれくらいかな。後は母さんの弟って事くらいだな」
母さんの旧姓が白沢なんだよな。
「………ごめん、俊行。とりあえず時間をちょうだい」
「まぁ、それはいいけど」
紘輔さんが面白そうにオレ達を見てるし、少しあっちにも説明が必要だろう。
「それで? 俊行、そちらの子は?」
空気をこれでもかと読んで、ベストタイミングで紘輔さんが話しかけてくる。
「こころって言います。山野こころ。オレと一緒に雪奈の家族やってます」
「なるほど……同居人が出来たとは聞いていたけど……その子が」
「雪奈はかなりなついてますよ」
「そうか……それはいいことだね」
聞き方によれば嫌味にも聞こえるかもしれないが、そんな様子はない。
「けど山野ね………なるほど」
「ん? どうかしましたか?」
「いや、どうしてその子が一緒に来たのかなってね」
「そうでした。こころも一緒にバイトできませんか?」
「バイト? 俊行と同じ?……女の子には難しいんじゃないかい?」
まぁそれはなぁ……。
「なんかありませんか? スペック的には優秀なのを保証しますよ?」
「う〜ん……じゃあ俊行にバイト頼む時限定で秘書を頼もうかな」
「秘書ですか?……まぁプライベートだから正規の秘書を連れて行くわけにはいかないのは分かりますけど……必要ですか?」
「綺麗な子が近くにいるだけで和むからね」
……この人が言うといやらしくないんだよなぁ。
「それじゃあ条件はオレと一緒で良いですか?」
「うん。大丈夫だよ」
「だってよこころ」
「へ? 何の話?」
「……お前は何しに来たか忘れてんのかよ」
「? だから何の話よ?」
「……バイトに来たんだろうが」
マジで忘れてんのか?
「あ〜……そうだったわね。予想外の話にすっかり忘れてた」
「ったく……オレと同じ日給で秘書をさせてくれるんだってよ」
「本当に? よかった」
淡白な反応だな……。まぁさっきの話が衝撃的過ぎたか。
「それじゃあこころさん。秘書の制服が有るから着てくれるかな?」
「わかりました。よろしくお願いします」
そんなやり取りの後、二人は別室に入って行った。
(……こころの秘書姿か)
やばい……なんか似合いそう過ぎる。
「……何をニヤニヤしてるんだい? 俊行」
「っ……紘輔さん。べ、別にニヤニヤなんて……」
「まぁあんなに綺麗な子だから仕方ないよね」
やっぱりこころって一般的に見ても綺麗なんだな。
「失礼します」
そんなやり取りをしている間にこころは着替え終わったらしい。声と一緒に扉が開き入ってきた。その姿は……。
「ぁ……………………」
「な、なに? おかしいの?」
「……やっぱりお前は反則だ」
きっちりとしたスーツ姿。それがどうしようもなくこころの容姿に合っている。
「?……おかしくはない?」
「おかしいわけあるか。綺麗すぎるんだよお前は」
本当に反則だ。
「………バカ」
どこか嬉しそうに言われたら、バカと言われても頭にこないのが分かったオレだった。
「……ねぇ」
バイトが終わった帰り、こころが話しかけてくる。
「何だよ?」
「バイトの時……いつもあんなことしてるの?」
「いつもじゃない。今日は普通よりは多かった」
「でも……何であんなこと出来るの?」
「中学の時にちょっとな」
まぁ、こころにとってはけっこう以外だったかもな。
「なんていうか………惚れ直したかも」
「嘘つけ」
「でも……不覚にもときめいたわよ?」
「どうだか……」
「何でそんなになげやりなのよ?」
そんなの決まってる。
「そんな格好でそんなこと言われたら、こっちは戸惑うしかないんだよ」
何故かこころは秘書のスーツ姿だった。
「……何だ。俊行もドキドキしてたんだ」
「……うるさいよ」
それっきり話すこともなく、オレ達は家に向かって歩いて行った。
というわけで、俊行は犯罪者ではありません。親公認ですから。