観察61:雪奈との関係
「とりあえずあれだな……先に風呂に入れ」
「うん……分かった」
そうして先に雪奈に風呂に入らせ、その後にオレも入った。
「それで? 何から聞きたい?」
あらたまってオレ達はリビングで向き合い、オレは雪奈にそう聞く。
「じゃあとりあえず……お兄ちゃんは昔の人と付き合ってるんだよね?」
何度も聞かれた事だ。だからこの質問は予想できた。そして今は隠す必要はない。
「付き合ってないよ。……今日別れた」
「別れたって……どうして?」
「さぁな……そこまでは知らないよ」
だいたい、雪奈に話す必要性も感じない。
「そっか………でも今日別れたって事は、今まで浮気してたって事だよね?」
「そうだな」
「そうだなって……それだけ? 罪悪感とかないの?」
「あるさ………でも今さらだよ」
ずっと感じてきたことだ。
「ふ〜ん……お兄ちゃんってそういう人だったんだ」
「ああ。最低なやつだよ」
「……嘘だって言ってよ」
「何をだ?」
「お兄ちゃんは私の知ってるお兄ちゃんだって……そう言ってよ」
「無理だ」
そう、無理だ。少なくともオレは雪奈が思っているようなやつじゃない。
「そんなことより、他には聞きたい事はないのか?」
「そんなことって……」
「何の為に家に上げたと思ってるんだ?」
「それは……私が居なくなったら嫌だから?」
「自惚れるな」
「っ………じゃあどうして?」
「お前さ………こころとはどうするつもりだよ?」
「どうするって………」
「今まで通りあいつと付き合っていけるか?」
「それは………」
やっていることはオレもこころもそう大差ない。
「わかんないよ………」
「じゃあこれだけ言っとく……あいつはお前がまた一人になるって言うなら悲しむぞ?」
誰よりも雪奈の事を大切にしている奴だから。
「だからって………私にはお兄ちゃんとお姉ちゃんのやってる事許せないよ」
「それは瑞菜とオレが付き合ってたらの話だろ。別れたんだから、今更他人に何か言われる筋合いはない」
「っ………それはお姉ちゃんの事がすきってこと?」
「お前には関係ない」
「どうして………どうしてなの?」
「何がだ?」
「好きだって………お姉ちゃんの事が好きだから……だからああいう事してるんだって……そう言ってくれれば私は………」
「………やっぱりこの事も言わないといけないかな」
泣きそうな雪奈を見ていると、やっぱりオレは弱くなる。冷たくなりきる事はできそうにない。
「なんの……こと?」
「詳しくはこころの事だから言えないけど、オレとこころがああいう事をしてるのは対等でいるためだ。………あいつはそう思ってる」
「対等って………どういうこと?」
「オレに聞くな。これ以上のことはオレの口からは言えない」
それに、こころはたぶんオレにも隠し事をしている。かなり重要な事を。
「……じゃあ、好きでもないのにああいう事をしてたっていう事?」
「かもな」
本当は分からない。こころの気持ちは当然として、オレの気持ちすらも。
「やっぱり………不潔だよ」
「まったくだ」
オレだって当事者でなければ、軽蔑すると思う。でも……。
「それでも………こころの事は嫌わないでやってくれ」
「……………………」
「確かにオレ達のやってる事は最悪なことだと思う。………でも、あいつにとって一番大切な事はお前の事なんだ。それがオレと対等でいる為だけで失われるのは嫌だ」
「………勝手だよ」
「確かに勝手だよ………でも、オレとこころの関係がこころとお前の関係に影響を与えるのはおかしいだろ?」
おかしくなんてない。男女の関係はいろんな所に亀裂を走らせていくことがある。それでも、オレ達の関係であればおかしいんだ。家族と言う関係なんだから。
「そんな言い方………卑怯だよ」
「卑怯でいい。大いに嫌ってくれ。………でもそのかわり、こころには今まで通りに接してくれ」
身勝手な話だ。でもオレは悲しんでいる顔は見たくないから。こころも雪奈も笑ってる姿が一番いい。
「………できないかもしれないよ?」
「それでもいい。もとから半分無理なこと言ってるのは分かってる」
今日を境にいろんな事が変わった。だから今から始まるのは非日常。いずれ日常へと変わっていく日々。
「けど………お前はこころのこと……好きなんだろ?」
「………うん」
「なら大丈夫だ。大切な事はそれだけなんだから」
小さく……でもしっかりと頷いた雪奈にオレはほほ笑む。
「じゃあ、もうその鍵を返すとか言わないよな? オレがいない時でもいいからあいつに会いに来いよ?」
「うん。この鍵は私が持ってる。ずっと…………」
「ならよかった」
これでこころが悲しまなくてすむ。
「だって、家族だもんね」
「そうだな」
「だから許すよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんの事」
「それはよかっ……って………は?」
こころはともかくオレも許すって?
「よくよく考えたら私お兄ちゃんの妹だもんね。昔の人とは別れたっていうし、文句いうのもおかしいよね」
それはそうなんだけど………あんなに真剣に話してたのにこんなにあっさりしていいのか?
「それに………やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだった」
「……何がだよ?」
「私ね、家に上がれって言われた時、何か言い訳されるんだろうと思ってた。なのにお兄ちゃんたら自分の事は全然庇わないんだもん。なんだか安心しちゃった」
「安心って……なににだよ?」
「お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんなんだって」
「……わけわからねぇよ」
いつの間にか笑顔になった雪奈にオレは辟易しながら苦笑する。
「でも……だからと言ってああいう事を許したわけじゃないんだからね?」
「分かってるよ」
だいたい許されたら意味はない。
「けど……やっともやもやしたのがとれたよ」
「悪かったな」
「でも、これで心おきなく、お兄ちゃんにアタックできるね」
「………アタックってなんだよ?」
「もちろん恋のアタックだよ」
「……勘弁してくれ」
家族以上恋人未満な関係。それが雪奈との関係だ。……そうある事を許されたらしい。
次は永野との関係を書く………かもしれない。もしかしたら。たぶん。気が向いたら。夕飯がカレーだったら。