観察50:アヤマチ
「俊行? 起きてる?」
夜遅く。ドアをノックする音と一緒にこころの声が聞こえた。
「こころ? 起きてるけど」
「あ〜……入っていい?」
「? 別にいいけど?」
「じゃあ……入るね」
控えめにドアが開き、こころが入ってくる。
「どうしたんだよ? こんな時間に」
「ちょっと体が火照って眠れないのよ」
「あ〜……最近少し暑くなってきたもんな」
「ん……そうだね。そういう事にしとく」
よく見るとこころの顔が赤くなってるのが分かった。
「でもどうしたんだ? いつもなら別にノックもしないで入ってくるのに」
「だってこんな時間よ? 男の子にもほら……なんていうか……そういうのあるんでしょ?」
「あ〜……ノーコメント」
そんな恥ずかしい事を言えるか。
「そんなことより、結局何をしに来たんだ?」
「少し話をしようと思ってね」
「まぁ……明日が学校休みだし別にいいけど」
「良かった。……じゃあ座るね」
そう言って、こころはオレのすぐとなり――ベッドの上――に座る。
「……近くないか?」
「そう?」
近くで見るとこころが汗をかいてるのが分かった。意外に可愛らしいパジャマをうっすらと濡らしている。下ろされた髪も艶やかに濡れていた。
(……だから、どうしてこいつはこんなに色っぽいんだ?)
「? どうしたの? 俊行」
「い、いや……何でもない」
オレは少し焦りながら答える。
「ふ〜ん……俊行のエッチ」
「ぶはぁっ! ……図星だけどもう少しオブラートに包めよ」
「下手に誤魔化そうとするからじゃない。それっていじって欲しいって言ってるものよ?」
こころの性格を考えれば仕方ないかもしれない。が、やっぱりそこは流して欲しかった。
「まぁ……悪かったよ」
「ん? 何のこと?」
「お前のことその……変な目で見て」
「エッチな目でってこと?」
「っ……だからオブラートに包めって」
恥ずかしいっての。
「……別にいいよ」
「………は?」
「俊行なら別に」
何を言ってるんだ?
「だってアタシ達………」
そう言って、こころはオレに近づき――
「こういう事する仲でしょ?」
――唇と唇が触れた。
「な……に、やっ……てんだよ……?」
「何って……キスでしょ?」
何処か不思議そうにこころは言う。その平然とした態度にオレは訳が分からなくなる。
「何を呆然としてるのよ? 別にファーストキスって訳じゃないのに」
「そりゃ……お前はそうかもしれないけどオレは……」
こころは美人だし、そういう事もあるだろうけど。
「は? あの……俊行。もしかして、今のがファーストキスでしたって言うつもり?」
「当たり前だろ。瑞菜ともまだしてないよ」
「ねぇ……アタシのファーストキスの相手誰か分かる?」
「知るかよ」
「本気みたいね……」
しかし瑞菜になんて言おう。オレは罪悪感で一杯だった。
「アタシのファーストキスの相手は海原俊行……アンタよ」
「………は?」
何をこころは言ってるんだ?
「一応聞いておくけど。……本当に忘れたの?」
「だから……何を言って……」
「アタシの初めては全部アンタに奪われた」
……罪悪感。それは本当に瑞菜に対してなのだろうか。
「何も知らないアタシからアンタは無理矢理にね」
ずっと忘れていた……いや、考えないようにしていたこと。
「今のアタシならどうして俊行があんなことしたのか分かる」
オレとこころの間にあるしこり。
「でも……せめてアレがどういう行為かは教えて欲しかったかな」
それは互いが互いに対する罪悪感。
「……一つだけ聞く。お前はオレを恨んでるか?」
「それはこっちのセリフよ。だからあんなことしたんでしょ?」
それは違う。でもその事をこころに言うわけにはいかない。
「アレはアタシに対する罰だったって思ってる……だからね」
オレの罪。
「あの時みたいにアタシを……」
それが何を意味しているか分かってる。
「……あぁ――」
コレは瑞菜に対する裏切り。
「――分かった……」
雪奈の想いに答えられない理由だった。
恋人は瑞菜だったはず……。あれ? こんな展開あり?
……すみません。ないと思います。まぁ、話の展開の中で必要だったので許してください。