観察26:戸惑い
雨がしとしとと私を濡らす。今は春。降り続ける雨はゆっくりと私の体温を奪っていく。
(……雨宿りしないと)
そう思うのに身体は動かない。揺れ続けるブランコに座ったまま。
「……別にいいか。雨に濡れても」
なんだか雨に濡れたい気分だった。濡れ続けたいと思った。
「……何が良いんだよ? バカ雪奈」
いつの間にか私の正面に誰かがいた。
「お兄ちゃん……」
今一番会いたくない人だった。
「……何でお兄ちゃんがここに?」
雨は私を濡らさなくなった。お兄ちゃんが持つ傘が私に覆い被さっていた。
「そんなことお前が一番分かってるだろ」
私がお兄ちゃんの家に行かないことは私の行動としてはありえない。最悪の可能性だって考えられる。お兄ちゃんが私を捜しに来るのは当然。……お兄ちゃんにとって私が大切なら。
「……ねぇお兄ちゃん。何で私を捜しに来たの?」
「そんなこと言うまでもない」
少し怒ったようにお兄ちゃんは言う。
「そんなに私が大切?」
聞くようなことじゃない。分かってるのに聞くことを止められなかった。
「……お前はそんなにオレを怒らせたいのか?」
「……うん。そうかも」
私にはお兄ちゃんの気持ちが分からない。だから辛い。けどはっきりと怒ってくれたならきっと今は辛くなくなる。
「……怒れるかよ」
「ぇ………?」
「お前を追い詰めたのはオレなんだろ?」
「……何でそう思うの?」
「オレに対する今の雪奈の態度を見てたら誰だってそう思う」
「そっか……私、子どもだもんね。分かりやすいよね」
お兄ちゃんにとってもお姉ちゃんにとっても私は子ども。恋愛するなんて早い存在。
「……何をふてくされてんだよ?」
「ふてくされてなんてないもん」
「子どもかお前は」
「子どもなんでしょ? お兄ちゃんにとっては」
きっとお兄ちゃんにとってはいつまでも私は小さな妹なんだよね。
「そうだな――」
ほら、やっぱり……
「――オレにとって大切なお子様だ。辛いことがあったらすぐにふてくされて人を困らせるような……だからこそ可愛いと思うオレの大切な家族だ」
「……大切……なの? お兄ちゃんのこと困らせるのに?」
「じゃなければ捜しにくるか」
「本当に……本当?」
信じればいいのに私は繰り返し聞く。
「何だよ? どうしたら信じてくれるんだよ?」
「付き合って」
自然とその言葉がでた。
「私の恋人になってください。……そしたら信じられる」
卑怯だな……私はそう思った。でももうその言葉はなかったことにはできなくて、私は後悔することもなくて……。
「……駄目だ」
だからお兄ちゃんを苦しめる。
「それだけは駄目なんだ」
お兄ちゃんが頑なにそう言うのがなぜかは分からない。でもお兄ちゃんには信念みたいなものがあって、私の想いには応えられないんだ。それだけは分かった。だからもうこれ以上お兄ちゃんを困らせたら駄目。駄目なのに……。
「だったら……キスして」
お兄ちゃんを困らせることを言ってしまう。……私ってこんなに嫌な子だったんだ。
「したら信じてくれるのか?」
「うん……」
苦しい。お兄ちゃんを困らせることが。でも私が苦しいのはそれだけじゃなくて、でもそれがなんなのかも分からなくて……訳が分からなくなる。
「……だったら目を閉じろ」
私はただお兄ちゃんに従って目を閉じる。
(……本当にいいの? お兄ちゃん)
何も分からないまま、それでもゆっくりとお兄ちゃんは近付いてきて、そのまま……
次回、シリアス編決着。