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観察100:うれしなみだ

「さてと…………やることは、やれることは全部やったんだけどな」

ちょっとした式場の控室。オレは式が始まるのを待ちながら、呟く。

「そうだね。ただ、だからといって、自分の思い通りの結果がでるわけではないよ」

オレのつぶやきを後見人である紘輔さんがひろった。

「………むりそうなんですか?」

「まだ、どうなるかは分からないよ」

「……そうですか」

そういう言い方をするという事は、そういう事なんだろう。

「どちらにしても、もう俊行ができる事は一つしかないよ」

「…………はい」

できうる限りの幸せを雪奈に与えるんだ。例え、それが最高のものでなかったとしても。


結婚式といっても、いわゆる教会でするわけでなく、簡素なものだ。披露宴で使われる式場をそれとなく体裁を整え、友人知人も最低限しか呼んでいない。ぶっちゃけ、新郎新婦が通るなんちゃらロードを中央に、いくつかの丸テーブルが置かれて、そこに永野やら、瑞菜。中学時代の友人達が座っていた。



オレは既になんちゃらロードの中央に立っていた。もうすぐ雪奈が入ってくる。これが主目的でないのにも関わらず、緊張が走る。

ちなみに雪奈の付添人はこころだ。あいつは雪奈の姉兼父親らしい。


ゆっくりと式場の扉が開く。そこから、純白のウエディングドレスを着た雪奈と、タキシードにちかいスーツを着たこころが入ってきた。

……たまに思うが、こころって人とずれてるよな。

なんて事を考えれたのも、一時だった。二人が近づいてくるごとに鼓動が早まる。それと同じように、式場は静かになっていった。みんな、オレと同じ気持ちだろう、

(………綺麗だ)

普段の雪奈はどちらかと言えば可愛いといった方がしっくりとくる。でも、着飾れた今日の雪奈は綺麗というほかない。完璧な美しさでなく、未完成な存在の美しさ。はかなさ、健気さ、危うさ、他にも雪奈を構成する総てが合わさり、『雪奈』という存在を際立てていた。

「くすっ……緊張してるの? 俊行」

スーツ姿の麗人がからかうように言ってきた。

「……それもあるけど」

「やっぱり見とれてた?」

「…………こころも似合ってるよ」

バレバレなのは仕方ないが、指摘されるのも少しムカついたので、誤魔化す。

「くすくす……ここからはあなたが連れていくんだからね」

「分かってる」

けっこうな無駄話をしてこころは雪奈から離れた。

「雪奈」

そう言って雪奈を促す。

「ん………」

微かに頷き、雪奈はオレに寄り添う。

そしてオレ達は一緒に歩き出した。


一瞬とも永遠とも思える時を経て、オレと雪奈は式壇の前に立つ。式壇には誰もいない。

「オレ、海原俊行は、いついかなる時も、白沢雪奈を家族として、妻として愛し、一生を共にする事を誓います」

「私、白沢雪奈は、何があってもお兄ちゃんを離しません」

そうオレ達は誓った。誰にでもなく自分達に。もしくはオレの両親に。

「ぇと………じゃあ上げるぞ」

向かいあい、オレはそう言って、ベールを上げる。

ん、と目を閉じてオレに顔を向ける雪奈にオレはドキドキする。キスなんてこころでしなれれてるはずなのに、衆人監視の状況、何より雪奈とすると考えると頭が真っ白になる。

「んっ………」

と、口づけに小さく声を漏らす雪奈。オレは激しくなる鼓動を押さえ付け、少しだけ長いキスをした。

「………雪奈?」

キスを終えて雪奈の顔を見る。

「………泣いてるのか?」

その顔には涙がこぼれていた。

「ぇと……あれ?」

今、気づいたという顔をする雪奈。涙は止まらない。

「嬉し涙…………かな?………うん。嬉し涙だよ」

そういう雪奈。嘘をついてる様子はない。実際嘘をついてはないのだろう。本当の事を言ってないだけで。その涙が嬉し涙でもあるのは本当だろうから。

(………本当に兄妹みたいだな)

いつかのオレと同じように、何よりも強い感情を隠して、言ってもいい事だけを言う。本当の事を言う嘘つき。

「………誰よりも幸せにしてやるから」

そう自分に言い聞かせるように雪奈に言う。

「うん…………ありがとう、お兄ちゃん」

涙は止まらない。

「さてと、お色直しにいくぞ」

「うん……………」

涙は止まらない。それでもオレ達は歩き出した。悲しみも一緒に。








扉を開けて式場を出る。お色直しで控室へ行かないといけない。

「ぁ…………………」

と、雪奈が信じられないという顔をした。

「………よかった」

雪奈の視線の先を辿り、オレは安堵した。

「………間に合った」

オレの心を代弁するようにその人は言った。

「………………どうして、貴女がここに?」

「理由は一つしかないと思うわ………おめでとう雪奈」

「どう……………して……………」

訳が分からないという顔をする雪奈。それに対し、彼女は悲しそうな顔をして雪奈に近づいた。

「ごめんなさい雪奈………私はずっとあなたが怖かった」

そして抱きしめた。

「ずっと酷いことを言ってしまった事を後悔してた」

つーっと彼女は涙を流し、

「ずっと……………会いたかった」

そう言った。

「わた、私………は、ずっと嫌われてるんだと思ってた」

「…………ごめんなさい。仕方ないわよね。でも信じて」

しっかりと雪奈の顔を見つめ、彼女――

「私はあなたを、雪奈を愛してる」

――心奈さんは言った。

「ぁ…………あぁ………」

声もまともに出せなくなった雪奈をオレは見る。

(…………やっぱりな)

雪奈は相変わらず泣いている。それでもさっきまでとは違うのがはっきり分かる。

(………少しだけ悔しいな)

その表情をさせたのがオレじゃないことが。でも………

「おかあさん!」

そう叫んで雪奈は心奈さんに抱き着いた。

……満面の笑顔で嬉し涙を流す雪奈をみてオレは思う。


オレはこのために頑張ってきたんだと。


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