迫り来る試練
前回までのあらすじ
自分より遙かに高レベルのパラディンを、勇気と知恵でもってテイムすることに成功したモフリエル。だが、その彼女の口から新たな危機を告げられる。
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「討伐隊?」
「ああ、そうだ。御領主様はここ最近のこの村の動向を反乱の兆しと見られていた」
今ではすっかりチュール汁漬けになった女パラディンの口は軽い。
「故に御領主様は四天王の一人、世界最強のレイパーとして名高いゴブリンスキー卿に兵を預けて、この村を滅ぼすおつもりだ。見せしめにな。私はそれだけは避けたいと思い、首謀者を討つことで村を救おうと思ったのだが……もう遅かろうな。今頃、ゴブリンスキー卿の兵達がこちらに向かっているに違いない」
そう聞いて、戦神チュールは厳かに告げる。
「さあ……これこそが試練。選ばれし者へと与えられた乗り越えるべき壁なのです。見事、この危機を打ち破り人々を救うのです、いと高きエルフの子よ。暴虐の領主から人々を解放し、神チュールの名を高らかに宣すれば、信者も増えるという寸法。頑張れよ、わたしのために」
この村に危機を招いた張本人が、自らそれを解決することで名声を高めるという作戦を説く善神チュール。モフリエルはその言に、深く頷くのだ。
「これが神の与えた試練だというなら、その試練は神によって取り消せるはず。つまり、お前何とかしろ」
「そうはならんやろ」
「使えねえな、神。転生しとくか?」
「不敬だなー。神ったってできることとできないことがあるんだよ?」
神の癖にぶっちゃけた。
「人の世に干渉し過ぎてはいけないからね。決して能力的な問題でできないわけじゃないんだからね!」
「いや、君ならできる。頑張れ!」
頑張って一人で領主の軍勢壊滅させてこい、という意を含んでモフリエルは神を励ました。
「えー? やだ。一人で行くとか寂しいし。体育の時間、先生から言われなかった? はーい、じゃあペア組んで戦ってー、って」
「忍者の時間、先生から『ペア組んで殺し合ってー』ならよく言われた」
「そうじゃなくて、二人で組になって一緒に戦うやつ。バディシステム、みたいな?」
「一人が空の銃を持ち、もう一人が弾を持って戦うやつか」
二人で一つ。銃持った奴が倒れたら弾持った奴が銃拾って戦うスタイル。
戦神チュールは口を尖らせて言った。
「ともかく、戦わないと村ごと滅ぼされるだけだよ? いいの? せっかく牛耳って甘い汁吸おうとしてるのに?」
「争いは何も生みません」
モフリエルは悲しげに首を振る。
「私には愛と幸福を世界に広めて永遠の平和を達成するという使命がある。そのためには一刻も早く、工場を建設し高品質のチュール汁を大量生産。それらをあらゆる町や村に安価で流通させなければならないのに。戦っている場合ではない」
「それでチュール汁の味を覚えさせた後には?」
「こちらの言い値で買わせる。文句は言わせない」
「完全にやべークスリ扱いじゃん」
「愛とか幸福には中毒性と常習性があるから。そういうものだから」
モフリエルはわかったようなよくわからないことを言った。そして、
「じゃあ、お前がゴブリンスキー卿暗殺してきて?」
なにが、じゃあ、なのかわからないが女パラディンに告げる。
「私の腕では無理だ。あいつは倫理観はともかく腕は立つ」
「それにこいつ行かせたらグヘヘ案件になって良い子に見せられなくなる可能性があるからね」
戦神チュールは細やかな配慮を示した。そして続けて言う。
「だから、今こそ私が授けた恩寵、チュール汁を活用すべき時ですよ、いと高きエルフの子? チュール汁を使って……」
「ゴブリンスキー卿をテイムする」
最強のレイパーをテイムして使役するとか、怖い。
「でも、最強のレイパーに自分の体から出した汁をベロベロ舐められるとか、グヘヘ案件じゃない?」
「よし、そいつ殺そう」
その光景を想像したのか、モフリエルはすごく嫌な顔で言った。争いは何も生まないとかいうのはどこへ行ったのか。
邪悪にして暴虐たるゴブリンスキー卿への怒りを新たにしたモフリエル。遂に決断を下す。
「仕方が無い……降りかかる火の粉は祓わねばならない」
「お? いよいよ戦う気になった?」
「使えそうなモンスターテイムしてそいつにやらせる」
あくまで他人にやらせるスタイルを貫くモフリエルは、一本筋の通った好漢です。
「まあ、それでもいいや。これでようやくモンスターテイムして無双する感じに話が進められるね」
だが、腕の立つ騎士に率いられた兵士の集団を相手にするにはそれなりの強さを持つモンスターが必要であろう。そこでモフリエル達は村長に尋ねた。
「この近隣で強い怪物ですか? そうですな、牙の峠にはファイヤードラゴンが住み着いているという噂がございます。年老いて体も弱り牙も抜け落ちた古竜だそうですが、その力はまだまだ恐ろしいものがあるそうで……。また、今は荒れ果てた黄金寺院の跡地には地下深くに続く洞窟があり、そこからたまにケルベロスや魑魅魍魎といった地獄の怪物が迷い出るとか……。冬霧の沼も忘れてはいけません。あそこにはハグと呼ばれる妖婆達の三姉妹がおり、迷い込んだ者達に知恵比べを挑んでは答えられぬ者を食ってしまうそうです」
「じゃあ、そいつら全部ここに連れてきて」
モフリエルは村長に命じた。
「自分でそいつらテイムしに行くとか危ないじゃん。お前らで捕まえて連れてきといて」
あくまで他人にやらせるスタイルを貫くモフリエルは、一本筋の通った好漢です。