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神が死んでなかった日

「いやあ、死ぬかと思った」

 戦神チュールは首をコキコキ鳴らしながら呟いた。なぜか、その首筋には赤黒いアザが首輪のように浮き上がっている。

 モフリエルは神の無事を見て、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

「助かって本当に良かった。またこの世界に愛と幸福もたらしてしまったようだ。救ってやった儚き命、良きことのために使え?」

「お前なんかしたっけ?」

「お礼は? 良きことは?」

 金貨100枚程度貢ぐのが今言うところの良きことである、とモフリエルは言外に訴えるのだ。

 戦神チュールは聡い神である。その意を汲んで大いに頷き、

「そんなことよりサメの話しようぜ!」

「なるほど。どうやったら真実の死を得られるのか、試してみるのも一興か」

 いと高きモフリエル、熱せられたやっとこを手にして言う。戦神チュールは聡い神である。何かを察してモフリエルに告げた。

「危機が迫っています、いと高きエルフの子よ」

「お前にな」

 赤々と光を放つやっとこが肌に熱気をもたらす。

「これまでとは比較にならぬ強大な者があなたの前に立ち塞がろうとしている。備えなさい。我が加護を受けし者よ」

「遺言はそれだけですか?」

 そんなモフリエルの問いが発せられたとき、騒ぎが起こった。

「堕落したか! 不信心者どもめ!」

 叫びと共に激しく砕ける音。モフリエルが愛と幸福をもたらしたこの村の男衆が這々の体で逃げてくる。

「モ、モフリエルさまあああ!」

「乱暴者が村を荒らしております、お助けを!」

 それらの背後から細身の剣を構えて悠然と、一人の騎士が進みよってきた。美しき金色の髪を持つ女騎士である。具体的に言うとレベル12くらい。

「誰が乱暴者か。私は秩序の神に身も心も捧げたパラディン、シャルロット。この村に巣くう邪悪を討ちに来た」

 そう聞いてモフリエル、戦神チュールに一瞥をくれる。

「自首してこい?」

「あー、オッケー。洗いざらい吐いてくる。モフリエルっていうハイエルフが全部やりました。海に重油垂れ流しの、石炭めっちゃ焚いて二酸化炭素出しまくりの、この世のストロー全部プラスチックにした真犯人です」

 パラディンはモフリエルに刺突用の剣を突きつける。

「貴様が噂のハイエルフだな?」

「良い噂のハイエルフなら私のことです」

「いかがわしい薬で人々を操り、暴利を貪っている邪悪のハイエルフ。貴様に相違ないな?」

「大体あってる」

 戦髪チュールが噂の真贋について論評した。

「まるで違います」

 悲しげに首を振るモフリエル。

「私はただ、この世を愛で満たしたい、それだけです。人々に幸福をもたらし、全てのモンスターと和解しモフモフしたい……ただそれだけの気高いハイエルフに過ぎません」

「ウソをつけ! この村の者共を誑かし、その身代を食い物にしているだろう。それを取り締まりに来た衛兵隊をも堕落させ、貴様は大いに秩序を乱している。許しがたい悪だ。私が断じて、罰を与えねばならぬ」

「今、この村の秩序を乱しているのは乱暴を働く貴殿では? すなわちあなたこそ悪」

 邪悪滅ぶべし。

 いと高きモフリエルは澄んだ瞳で言う。その眼には何の迷いもなく、己が正義を心底信じまくる者しか持ち得ぬ輝きがあった。

「あー……わかった。これただのクッころ案件だわ」

 女パラディンを前にして、これからの展開を予想した戦神チュールは予言した。

 モフリエルはパラディンに自分の作り上げた幸福の村を指し示して言う。

「ご覧なさい。この村の人々を。皆、一様に幸せな顔をし、笑顔を絶やさない」

「目は虚ろで笑顔の端からよだれ垂らしてるけどな」

 戦髪チュールの補足は小声だったのでパラディンには届かない。

「その幸せを踏みにじるというのなら……神が決して許しはしないでしょう」

 モフリエルは厳かに告げた。そして、戦神チュールに顎で示した。

「行け」

「お前、絶対人にやらせようとするよね?」

「こんなものは幸せではない! 欲望に振り回されているだけだ。そして、それを煽る貴様を討たねば誰も救われぬ」

 パラディンは頑なだ。最早血を見るより他無いかと思われた。主にモフリエルの。

 そこでモフリエル、首を振る。

「……わかりました。私さえいなくなれば良いのですね? それで村の人々には手を出さないでくれますか?」

「ほう……? 殊勝な。自らを犠牲に村を救いでもするつもりか? 安心しろ、元々貴様に誑かされただけの村人達だ。貴様さえいなくなればすぐに正気を取り戻す。私が手を出すことではない」

 その頃には村の者達は皆集いて、事の成り行きを見守っている。

「おお、モフリエル様……」

「わしらを傷つけまいと……」

「そんな……わたし達のために……」

 老若男女、全てが跪く。モフリエル微笑みて、

「皆の幸福を守るためなら、私はいかなる事でも受け入れましょう。聖騎士殿よ、どうか神に誓って村人達には手出し為されぬよう」

「よかろう、貴様の首を刎ねるだけで全てを終わらせる、村人達には手出ししない。誓おう」

 その言葉を聞いて、モフリエル再び微笑む。

「それでは定命の者共よ、やれ。功ある者にのみチュール汁は授けられん」

「ヒャッッハアアアアアー!」

「汁だ汁だー!」

 老若男女、全てが狂喜殺到す。

「な、なんだ貴様らおいやめろあーっ!」

 誓いに厳格なパラディンは決して村人達に手を出さなかったという。

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