挿話2 ヘンリー
このところ、俺を悩ませ続けている問題が1つあった。どうすれば、あいつを姉上の婚約者の座から引きずり降ろせるのか。
父上が姉上の婚約者を選びはじめた頃には、そこに名乗りを上げた家は少なくなかった。しかし、母上が病で亡くなって家族が落ち込んでいるうちに、それらは撤回されてしまい、慌てた父上は最後に残ったあの男を姉上の婚約者に決めてしまった。
俺は初めからあの男が気に入らなかったが、あいつは本物の屑だった。あんな名前を呼ぶことさえ汚らわしいようなやつに、姉上は絶対に渡さない。
そんな時、6年振りに帰国した幼馴染のセディに再会した。
セディが毎日我が家に押しかけて、姉上にベタベタ引っ付いていることはエマから聞いていた。
だから、宮廷で前方から駆けてくるセディの姿に気づいた俺は、潰してやらねばと声をかけた。
「おい、セディ」
だが、セディは気づかず俺の横を素通りしようとしたので、俺は咄嗟にセディの服を掴んで止めた。「グエッ」とかいう声が聞こえた。
「俺を無視するとは相変わらずいい度胸だな」
「あれ、ヘンリー、久しぶり」
涙目になりながらも、ボヤッとした顔にヘラッとした笑顔を浮かべてセディが言った。
昔と大して変わらないくせに、背は俺よりもほんの少しだけ高くなってるのがむかつく。
「いい気になるなよ。このくらいの身長差は誤差の範囲なんだからな」
セディは首を傾げた。
「うん。よくわからないけど、わかった」
「それより、おまえ、こんなところで何してんだ?」
セディは宮廷服ではないので、働いているわけではなさそうだった。
「来週から宮廷に入るから、そのことで陛下に呼ばれたんだ。それで、これからクレア姉様に会いに行くところ」
「そんなの認めん」
「でも、昨日クレア姉様に『また明日』って約束したんだよ」
こいつの「クレア姉様大好き」はちっとも変わらないようだな。まったく忌々しい。
昔は散々泣かせてやったが、またやるか。
だが、待てよ。姉上とあの屑の婚約を破棄させるために、こいつは使えるんじゃないか?
「おまえ、姉上の婚約者のことはもう聞いたのか?」
俺の問いに、セディが目を見開いて、それからズイッと俺との距離を詰めてきた。顔が近い。煩わしい。
「クレア姉様の婚約者ってどんな人なの?」
「そうだな。話を聞くより、実際に会ってみたらどうだ? ちょうど今夜、一緒に夜会に行く予定だから、おまえも行けばいい」
なるほどと頷くセディに、俺は夜会の行われる屋敷を教えてやった。
「帰国したばかりでも、おまえの家なら招待状が届いてるだろ」
「ありがとう。すぐ父上に聞いてみる」
そう言うと、セディはもと来たほうへと駆け戻っていった。
「せいぜい、俺の役に立てよ。まあ、おまえはあいつの後釜にはなれないだろうが」
セディは曲がりなりにも公爵家の嫡男。姉上がいくら綺麗で賢くて優しいからと言って、公爵は伯爵家の娘をひとり息子の妻には選ばないに違いない。
俺はセディの背中を見送りながらほくそ笑んだのだった。