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3 幼馴染と婚約者

 次の日、セディは我が家に姿を見せなかった。

 昨日は結局、ご機嫌でお茶を飲みながらセンティア校での学校生活などについて語り、「クレア姉様、また明日」と帰って行ったのに。


 カトリーナ様に「いい加減にしなさい」と止められたのかしら。それとも、やっぱり次期公爵としてすべきことがあって忙しいのかしら。まさか、事故や病気ではないわよね。


 気にはなるものの、この日ばかりはセディが来ないことは都合が良かった。夜会の予定が入っていて、その身支度に手間がかかるためだ。


 夕方、私を迎えに来てくださったのは、婚約者のアルバート様。

 1つ歳上のアルバート様はウィリス子爵家の嫡男だ。


「待たせたな、クレア」


 いつもと同じ爽やかな笑みを浮かべたアルバート様に、私も微笑を返した。


「お待ちしておりました、アルバート様」


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 私はアルバート様とともにウィリス家の馬車に乗り込んだ。

 ヘンリーとエマもすぐ後から我が家の馬車で来ることになっていた。




 夜会が行われる伯爵家のお屋敷に着くと、私はアルバート様のエスコートで会場の大広間に入った。


 ふたりでファーストダンスを踊ると、アルバート様はお知り合いに挨拶をするため私から離れていった。ここまでの流れがすべていつも通り。

 私はフウと息を吐いて、会場の隅に退がった。


 ダンスの輪の中には、ヘンリーとエマの姿もあった。結婚して1年が経ったが、相変わらず仲が良くて羨ましいことだ。


 会場には親友のシンシアもいて、私は彼女とのお喋りを楽しんでいた。


「あ、見つけた」


 聞き覚えのある声に振り向けば、周囲にいる令嬢方の視線を集めながらこちらに駆け寄ってくるセディの笑顔がすぐに目に入った。


 なぜセディがこんなところにいるの? こんな場所で、セディから「クレア姉様」と抱きつかれたら色々と拙い。

 しかし、私の懸念を知ってか知らずか、セディは私の目の前でキュッと止まった。


 セディは目を丸くして私の全身を見つめた。何やらホウと溜息を吐いて蕩けたような顔をしたかと思うと、すぐにそれが消え、剣呑な表情を浮かべた。


「そのドレス、誰からもらったの?」


 私が纏っているのは若草色のドレスだった。作ったのは昨年だ。


「お父様よ」


「選んだのは俺たちだが、文句あるか?」


 横からそう言ってセディをギロリと睨んだのは、さっきまでダンスをしていたはずのヘンリーだった。もちろん隣にはエマもいた。


「ううん、それなら文句ないよ。さすがヘンリーだね。すっごく似合ってる」


 セディは今度こそフニャリと笑んだ。ヘンリーはフンと胸を張った。

 あら、このふたり、もう再会していたのかしら? 昔よりも仲良さそうだわ。


「クレア、どなた?」


 シンシアに訊かれ、私は彼女にセディを紹介した。


「セドリック・コーウェン次期公爵よ」


「ああ、やっぱりそうなのね。想像していたよりずっと綺麗だわ」


 シンシアには以前、歳下の幼馴染の話をしたことがあった。


「コーウェン公爵子息、こちらは友人のシンシア・ミルトン次期伯爵夫人です」


 さすがに人前で「セディ」と呼ぶわけにはいかず「コーウェン公爵子息」と呼んだ。

 セディは一瞬だけ眉を寄せたものの、私に駄々をこねたりはせず、シンシアと「初めまして」などと言葉を交わした。

 昔は初対面の相手の前では私の背中に隠れたものだったけれど、きちんと礼儀正しく挨拶をできるようになったのね。だけど、それなら昨日までの私の前でのあれは何だったのよ。


 そんなことを考えていると、セディがふいに私の手を取った。


「クレアね……、バートン嬢、踊ろう」


 セディはそのまま私をダンスの輪のほうへと引っ張っていった。ヘンリーが「駄目だ、待て」と言って、エマに宥められているのが後ろから聞こえてきた。


「誘って答えを聞かないなんて、マナー違反ですよ」


 私が咎めると、セディは私をチラリと振り返った。


「僕とダンスするの嫌?」


「いいえ、喜んでお受けいたします」


 私の答えにセディはにっこり笑った。


 私たちは互いに向き合って礼をした。セディに腰をグッと引き寄せられる。

 再会してから毎日抱きしめられているのに何だかドキドキしてしまうのは、夜会の正装姿のセディが普段より一段と紳士らしく見えるせいだろうか。


「クレア姉様、とっても綺麗だね」


 せっかく紳士なのに、「クレア姉様」が出た。まあ、今なら他の方々には聞こえていないと思うけど。


「婚約者からもらったドレスなら絶対に褒めたくなかったけど、ヘンリーで良かった」


 まったく、さっきのあれはそういうことだったのね。

 アルバート様からはドレスなんていただいたことないけれど、わざわざセディに話すことでもないだろう。

 それにしても、私より綺麗な顔の天使から褒められるのは気恥ずかしい。

 ちなみにアルバート様からはこんな風に褒めてもらった記憶はなかった。


「あなたも、黙っていれば素敵な紳士ね。ダンスまで踊れるようになって」


 セディが嬉しそうに笑ったので、私も自然と口元が緩んでしまった。

 時々ステップを外すのは気づかない振りをしてあげよう。


「センティアの課外授業で教わったんだ。本番はこれが初めて」


「あら、もったいないわね」


 曲が終わった。セディが不満そうに言った。


「もう1曲踊りたい」


「それは駄目だってことくらい、わかっていますよね?」


 セディは頷き、ヘンリーたちのほうへと戻る私の後を大人しくついてきた。


「あなたと踊りたい令嬢はこの会場にたくさんいますよ。彼女たちを誘ってはいかがですか?」


 私は何気なくそう口にしたのだが、セディはポツリと言った。


「やっぱりクレア姉様は意地悪だ」


 横目でセディを窺えば傷ついたような顔をしていて、何だか申し訳ない気持ちになった。


「クレア」


 ふいに呼ばれてそちらに目を向ければ、アルバート様がいらっしゃった。

 え、どうして? 普段はダンスが済めば帰りまで完全に別行動なのに。


「そちらは?」


 アルバート様はセディのほうを見ながら尋ねた。


 私が見慣れぬ相手とダンスをしていたから気になったということなのかしら。いつも私が踊るのなんて、アルバート様かヘンリーくらいだものね。


「こちらはセドリック・コーウェン次期公爵です」


 私が紹介すると、アルバート様は目を見開いた。


「コーウェン次期公爵? どうしてそんな方がクレアと……?」


 アルバート様にはセディのことは一切話していないから、驚くのも当然だろう。

 コーウェン公爵家は国内屈指の名門貴族。その嫡男は、普通ならただの伯爵令嬢が気軽に接することのできる相手ではない。


「幼馴染なんです。ずっと外国にいらしたのですが最近帰国されて、久しぶりにお会いしました」


 再会したのが今日ここでではない、なんてことまで説明しなくていいわよね。


「そうだったのか」


「コーウェン公爵子息、こちらは私の婚約者のアルバート・ウィリス次期子爵ですわ」


 今度はセディにアルバート様を紹介した。セディは微笑を浮かべているけれど、何だか目が怖い。


「初めまして、ウィリス子爵子息。バートン嬢からあなたのことをお聞きして、是非お会いしたいと思っていました」


 セディはとっても紳士らしく言葉を紡いでいるけれど、不穏なものを感じてしまうのは私だけかしら。


「初めまして。私こそ、コーウェン家の方とお会いできて光栄です。婚約者がお世話になったようで」


「いえ、バートン嬢に昔からお世話になっているのは私のほうです」


 セディがやや顎を上げてフフンと笑った。

 うん、言ってることは正しいけど、そんな自慢げな顔をするところじゃないわよ。


 アルバート様がふいに私へと視線を移した。


「クレア、もう1曲踊ろうか?」


 アルバート様と私は婚約者なのだから、何曲踊ろうと問題ない。だけど、アルバート様がこんなことを言い出すのは初めてだった。セディへの対抗意識なのだろうか。


「ええ」


 アルバート様からの誘いを断るわけにはいかず、私は彼が差し出した手に自分の手を重ねた。

 セディの顔が曇ったのがわかって、ちょっと胸が痛んだ。


「では、コーウェン公爵子息、私たちはこれで失礼いたします」


 アルバート様はセディに対して慇懃に礼をすると、私の手を引いて歩き出した。

 私もセディに礼をして、それについて行った。


 ダンスを1曲終えてからも、アルバート様は私から離れなかった。

 そんな様子を訝し気に見る人も多い。社交の場において、私たちがこんなに長く並んでいることはないからだ。


 会場のあちらでは、セディが令嬢方に囲まれているのが見えた。彼女たちはしきりとセディに話しかけているようだった。

 もう少し彼女たちに愛想良くして、何ならダンスだってすればいいのに、セディの視線はまっすぐ私に突き刺さったままだった。

 きっとアルバート様も気づいているだろう。かなり居心地が悪い。


 私はひたすら微笑を顔に貼りつけて、早く時間が過ぎるよう願った。

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