挿話1 トニー
今回は本編に名前を出す機会がなさそうですが、セディの侍従です。
よろしくお願いします。
都のお屋敷に無事帰還した翌日、旦那様と奥様、そして若様は、国王陛下に帰国の挨拶をなさるために王宮へ向かった。
王族方にもお会いした後、旦那様はそのまま宮廷に残り、奥様と若様は離宮におられる奥様のご両親、すなわち前国王陛下夫妻をお訪ねする予定になっていたのだが。
「クレア姉様に会いに行きたい」
馬車に戻ってきた若様は、奥様にそう言った。
「クレアに?」
奥様が驚かれた様子で聞き返すと、若様はコクリと頷いた。
奥様はしばらく何やら考えておられる様子だった。
「それなら、先にバートン家に行きましょうか」
奥様の一言で、若様の顔が輝いた。
クレア様と再会してすっかり気を良くした若様は、翌日も挨拶回りの途中で奥様に「クレア姉様に会いに行く」と言い出した。
奥様が「ひとりで行けるなら」と許可されたので、若様と私は馬車を乗り換えてバートン家に向かった。
ひとりでも出掛けられることを知った若様は、さらに次の日も意気揚々とクレア様を訪ねたのだが、お屋敷に入っていったと思ったら、すぐに消沈した様子で出てきた。
「若様、もうお帰りですか?」
訊いても、返事はなかった。
何にせよ、クレア様が原因に違いない。
視線を感じて目を上げれば、玄関からクレア様がこちらを窺っていたので、つい睨んでしまった。
馬車に乗り込むと、改めて若様に尋ねた。
「何があったんですか?」
「クレア姉様、婚約者がいるんだって」
若様の瞳が潤んだ。
「ああ」
やはりいるんですね、という言葉は呑み込んだ。若様にとってはまさに寝耳に水だったに違いない。
若様は決して頭が悪いわけではない。
外国暮らしの中で、若様は滞在国が変わるたびその国の言葉を瞬く間に身につけ、私のために通訳してくださることもあった。
さらに、隣国の名門センティア校をそこそこの成績で卒業した。
それなのに、どうにも抜けているのだ。
しかし、若様は6年間会いたくてたまらなかったクレア様にこれからは好きなだけ会いに行くつもりだったろうに、婚約者がいると言われたくらいで納得して引き下がるはずがない。
それに、若様もこれで気づいてしまったはずだ。大好きな「クレア姉様」とこの先ずっと離れずにいる方法に。