挿話7 バートン伯爵
宮廷の財務官室でいつもどおりに仕事をしながらも、私は落ち込んでいた。
娘のクレアが婚約破棄をしたからではない。あんな男を娘の婚約者に選んでしまったことが不甲斐ないからだ。クレアならいくらでも良い相手がいただろうに。
深く溜息を吐いているところに、コーウェン公爵子息が現れた。
つい半月ほど前に陛下の秘書官になった彼は我が子たちの幼馴染で、それゆえか私のところにまで宮廷入りの挨拶に来てくれていた。次期公爵だというのに礼儀正しくて、好もしい青年だ。
こんな相手がクレアの婚約者なら……。いや、さすがにそれはあり得ないな。
「陛下からのお届けものです」
そう言ってコーウェン公爵子息が差し出したのは、クレアの婚約解消を認めるという書状だった。
「ありがとうございます」
無事に婚約破棄が済んだことで少しホッとしながら、私は書状を受け取った。
「バートン伯爵、いえ、クレア姉様の父上にお話があります」
コーウェン公爵子息が真剣な面持ちで言った。
「何でしょうか?」
「僕、クレア姉様と結婚します」
「……は?」
「今からクレア姉様に求婚に行きます」
私は言葉を失った。
婚約破棄したクレアが本当に公爵家に嫁げるのだろうか。しかも公爵子息はクレアより歳下で、かなり綺麗な顔立ちをしているのだ。
「駄目ですか?」
公爵子息は首を傾げた。
「私とすれば願ってもないことですが、コーウェン公爵は反対なさるのではありませんか?」
「いいえ、賛成してくれました」
そう言うと、コーウェン公爵子息は先ほどとは別の書類を私に差し出した。
それは陛下に婚約の許可を求めるものだった。しかも、コーウェン公爵子息と公爵、さらには陛下の署名まですでに記入済み。
本来なら婚約すると決めてから、正式な場を設けて書類を作成し宮廷に提出、陛下に署名をいただくものなのだが。
「署名してもらえますか?」
これでは最初から私に拒否などできない。いや、公爵や陛下の気が変わらないうちに私も署名してしまおう。
私はペンを取り、書類に署名をした。
「ありがとうございます」
公爵子息はにっこり笑った。
「こちらこそありがとうございます。クレアのことをどうぞよろしくお願いします」
私はコーウェン公爵子息に深く頭を下げた。
「はい、お任せください。あ、ついでにそっちもクレア姉様に届けましょうか?」
「ああ、ではお願いします」
私は婚約解消許可の書状を再び公爵子息に渡した。
「じゃあ、また。失礼します」
公爵子息は私に頭を下げると、弾むような足取りで財務官室を出ていった、と思ったら戻ってきた。
「義父上、次からは『セディ』と呼んでください。丁寧な言葉も必要ないですよ」
それだけ言って今度こそ急いで去っていく娘の新しい婚約者を見送りながら、クレアの意思を確認していないことに気づいた。
まあ大丈夫だろう。




