三
「貴様、何者だ?」
思わず飛び込んでしまった事に内心で舌打ちしつつ、
「ふっ――試してみるかっ!」
驚きの表情から一転、不敵な笑みを浮かべる――その瞬間、この十数年なかった首筋に走る緊張っ!
袈裟懸けに振り下ろされる強烈な一撃っ! 頭で考えるより身体が反応し、わずかに位置を変えて躱す!
一度、振りぬいた一撃はすぐさま逆袈裟となって襲ってくる! 一瞬で腕にトリハダが立ち剣で軌道を逸らす!
「これはどうするっ!」
逸らしたハズの剣が首を刈り取ろうと横薙ぎの一撃へと変化する!
キィン!
そんな乾いた音をたてて地面に赤銅色の刀身が刺さる。
「ほう。これも凌ぐか……」
「し、信じられねぇ。アンタ一体なにもんだっ!?」
地面に倒れたままの盗賊も今の一瞬の攻防に目を瞠る。
「ダリルさんの武器ってファルコニウム製だぞ」
ファルコニウム? なんかどっかで聞き覚えのあるよーなー……。
「勇者の剣――約束された勝利の剣と同じ材質でダリルさん専用に拵えられた武器と渡り合うヤツがいるなんて……」
あっ! そーなんだ。いや、自分の使ってる道具の材質なんて気にする?
「――で、貴様は何者でなにが目的だ」
盗賊に一瞥をくれただけで、こちらに切っ先を突きつけつつ。
「俺は――」
丸腰になり両手を上げつつ、賢さ三〇〇を誇る頭脳をフル回転させる。
「仕事を探している」
「仕事だー?」
眼光をより一層強めながら、
「そこのヤツがデカい仕事をやるって言って回ってるのを小耳にしたんだよ」
「ちっ!」
仲間の口の軽さに頭を痛めていたのか忌々しい気な視線を盗賊に送るダリル。
「特技は解錠だ。そこのヤツよりいい仕事するぜ、なによりベラベラとアンタの事を言いふらしたりはしない」
賢さ三〇〇の頭脳をフル回転させながら口からでまかせを言う。
盗賊に問題があるのはわかっていた。しかし、それを我慢しながらも使わなければならない理由がある。
そして腕――その技能が使えなくなった瞬間、アッサリと切ろうとした。
そこまで考えての事だ。
「……仕事は信用できる仲間にしか振らん」
少し考えた後にそう言うダリル。
どうする?
食い下がる――か?
納得してこのまま立ち去る――か?
メンドイからこのままコイツをブチ倒して力づくで口を割らせる――か?
「そうか。残念だ。アンタの事はだまっておくよ」
そう言って突き付けられた切っ先を気にせず、無警戒に踵を返し背を向ける。
「ちっ! 試してやる」
相手に背を向けたまま笑みを浮かべる。
「ここだ」
連れてこられたのは一軒の道具屋――といっても、簡素な小屋にカウンター用の小窓をあけたといった貧乏くさいトコ。
「おい。おまえは店主か?」
カウンターに頬杖をして大あくびをしていた小男にダリルが声をかける。
「い、いえ。店長は――」
「いい。失せろ」
カウンターに金貨――どーみてもこの小屋が一〇軒は立ちそうな硬貨を置き男を立ち退かせると、カウンターの下にある小さな金庫を取り出す。
「開けてみせろ」
俺のほうに金庫を向けながら、
ここへ来る道すがら、このダリルという男。とてもじゃないがタダのチンピラやゴロツキの類ではない。
装備や先ほど出した金貨をみても城壁外にいる輩とは思えない……ここは一つコイツの組織とやらを調べてみたほうがいいと判断した。
そのためには盗賊のかわりになれないか?
「イヤです」
金庫の上に右手を置き、俺はウンザリした表情で言う。
「なんだと?」
腰の剣に手を伸ばすダリル。
「ダリルさん。私はこんなチンケな金庫を開けたいワケじゃない。誰も手に負えないような――未だかつて破られた事のないような、そんなモノを相手にしたいんです」
できるだけ冷静に冷淡な声音で、まるで自分の腕のみを信じる職人のような雰囲気で、
「いいから、やれ」
ついに剣を抜く!
「うひぃ!」
隣にいた盗賊男の首へと刃を当てながら、
「……もう開いてます」
右手を置いた瞬間に解錠の魔法をかけた。
ダリルの目の前でパカパカと扉を開け閉めしてみせ。
「鍵をかけますよ。こんなチンケな金庫開けたとなっちゃ私の名折れになってしまう」
キチンと鍵をかけなおしカウンターの下へと戻す。
「そ、そんな……ハリガネも使わずに……」
刃を当てられている事も忘れ盗賊はそんな呟きを洩らす。
「こんな古い金庫少し傾けてやるだけ開くよ。私の実力はよくわかったでしょ?」
ダリルは剣を納さめ。
「……いいだろう。課題を一気に上げてやる。おまえが解錠するか二人とも仲良く俺に斬られるか――もし、生き延びる事ができたら俺のチームに迎えてやってもいい」
無表情にそう言い切ると、付いてこいといわんばかりに踵を返しどこかへと歩き出す。
ダリルは貧民街と王都の間にある城壁へとやってくるなり話しかけた相手は――なんと城壁の警備を務める正規兵にだった。
「こっちだ」
持ち場から数メートル移動した兵士に目もくれず、
「驚いたか? ダリルさんのバックにはあのメディチ家がついてんだぜ」
まるで自分が兵士をどうにかしたように得意顔でそう言ってくる盗賊男。
「あのファルコニウムの剣や、ほら見てみろよ」
腕が動かないためにアゴで指す、
「目立たない様に外套を着てるが、下から見えてるだろ?」
腕の裾からわずかにのぞく金属を指す。
「あれはダリルさんが特注で作らせた鎖鎧らしいぜ。なんでも勇者の着てた鎧と同じ材質――蒼穹の鋼で作られてるって話しだ」
盗賊男はまるで我が事のように自慢気に言う。
「蒼穹の鼻毛?」
「鋼だ! 鋼。精錬するとスカイブルーに輝く事からそう言われてんだ。防御力は無論、対魔能力も最高でおまけに信じられないほど軽いって話しだ」
「へぇー……」
そーいえば……そんな鎧着てたよーなー……いや、だって自分の道具の材質とか気にする? 自分の持ってるスマホの材質なんて気にしないでしょ?
「これもダリルさんのバックにメディチ家がいるからで、蒼穹の鋼を使ったオーダーメイドなんて上級の貴族でもなかなかいないレベルなんだぞ」
「おい。なに無駄話してやがる」
こちらを向きそう言ってくる。
「まあいい。開けてみせろ」
兵士を追い払った後に城壁に設えた扉を指しながら、
「ダ、ダリルさん。こいつは――」
盗賊男は城壁の扉に視線を送りつつ、
「こいつは特殊な魔法がかかった代物で――腕のいい金庫破りでも道具なしじゃ……」
後半は目で訴えるように、
「知るか! コイツがレベルの高い仕事がいいと言ったからだろ! できなきゃテメェ等二人がハラワタをブチ撒けながら地面に転がるだけだ」
剣の柄に手をかけすごむ!
「どーする? ワビいれんなら考えてやらん事もないぞ」
まるで無理難題をふっかけてこちらが降参するのがわかった上でそう言ってるようだ。
「なるほど……錠はロマリア製か?」
ハッキリ言ってハッタリです。いかにもそれらしい事を言ってるだけ、
「魔法は――」
「お、おいおい。まさか本気で開ける気か?」
ダリルが初めて動揺の色をみせる。
「ええ……なんとかなるでしょ……」
表面のいかにも硬質な木材を撫でながら――ホントはもう開いてる。世界のどんな扉も開けてしまうスッゴイ鍵を解析して開発した魔法のおかげで。
「道具はいいのか?」
「この程度でしたら――」
とっくに開いてる鍵の鍵穴を覗き込みながら、熟練の職人のような雰囲気を纏わせて答える俺。
ごくり。
ダリルか盗賊男の固唾をのむ音がする。
「……開きました」
蝶番のきしむ音をたてながら、扉を開ける。
「ま、マジか……っ!?
「――っ!?」
盗賊男はしぼりだすように語彙の少ない感想をダリルにいたってはハッキリと絶句という表現がふさわしい表情になる。
「ほ、ほんものかっ!?」
おもわずそう口を突いたのか慌てて口に手を当てて遮るダリル。
「ダリルさん。鍵の種類、金庫の年式、俺専用の道具、そしてアンタの計画を話して頂けたら私はどんな鍵も開けてみせますよ」
「ほう? 大きくでたな――」
「実力は示しました」
目で開けた扉を指しながら、
「俺の計画が必要? なぜだ? 解錠には関係ないだろう?」
「オオアリですよ。計画を知っていなければ時間配分ができない、場所は? 広いのか狭いのか? 木製なら湿度も関係してくる。それに――」
「わかった、わかった。アンタはプロだ。以後、錠の事は任せる」
明らかに先ほどとは違う態度の変化――心底、こちらを認めたという証だ。
「――では」
「計画の話しはまだだ。腕前は認めよう、だが信頼はまだだ。これだけの腕前――正直、王国の密偵だと疑っても十分だと思うが?」
「どうすれば信頼を?」
「そりゃー押し込み強盗でもやれば、騒ぐようなら人一人切り殺せばすぐに仲間入りだぜ」
まるで『簡単だろ?』でもいいたげに盗賊男が口を挟んでくる。
「解錠以外の犯罪はゴメンですよ。これでも自分の腕にプライドがあるので――」
「わかった。アンタの舞台を用意してやる。さすがにプロは違うな」
外道なことをしたくなくて放った言葉を勝手に解釈したダリルは盗賊男が驚くのを無視して話しを進める。
「明日もあの路地裏にきてくれ」
それだけ言うと踵を返し去っていく。
「ふー……」
ダリルの姿が見えなくなると盗賊男が盛大に息を吐き出す。
「場所かえねぇか?」
近くにいる衛兵に視線を送りつつ、そう言ってきた。
「なんとか生き残ったなー。あんな殊勝なダリルさんははじめて見たぜ」
隣を歩きながら、そういう盗賊男。
「な、なぁ――その……お、俺を弟子にしちゃくれないだろうか?」
「……悪い事から足を洗うなら考えてやる」
「マジかっ! わかった俺もう悪い事はしねぇ。アンタについていくよっ!! 明日は俺もあの路地裏に行くからさ頼んますよ師匠」
上機嫌でそういうと折れたハズの上をあげかけて顔をしかめる。
「じゃ、また明日な。師匠」
盗賊男が通りの角を曲がり姿が見えなくなると、俺は駆けだした!
先ほどから捉えていた騒音――子供の泣き叫ぶ声と骨を肉がぶつかる音!
「おい! なにやってるっ!!」
狭い袋小路には腹のでた中年男とその半分の背丈しかない少年――そして。
「天使さま?」
今朝、出会った幼い子がいた。
「なんだ? オマエは?」
中年男がそういってこちらに向き直る。
「もういいだろ。それ以上やったら死んじまうぞ」
中年男に胸倉を掴まれた少年の顔は腫れあがり、意識があるかどうかもわからない状態だった。
「ふん!」
少年を地面へ投げ捨て。
「いいか。オマエら兄弟は金輪際雇わないからな! ツラも見せんじゃねぇ」
吐き捨てるようにそういって去っていく。
「大丈夫か? なにがった?」
少年にかけより回復魔法をかけながら、
「あ、あの……お兄ちゃんがお店のお金を……」
「あぁ……」
男女の区別がつかない程の幼い子っがそう言ってなんとなく理解した。
殴られた少年は昼ごろに俺が荷運びを手伝ったあの子だったからだ。
「貧しいのはわかるが……悪い事はダメだろ。これに懲りたら――」
どんっ!
いきなり回復魔法をかけていた少年から突き飛ばされる!
「知ったような事言うじゃなぇぇ!」
吐き捨てるように言い残し駆け去る。
「あ、あの……違うんです。お兄ちゃんは……お仕事のお金が半分しかくれなくって……」
「半分?」
「うん。ちゃんと全部運んだのに「お前たちは子供だから報酬も半分な」って言って」
俺が手伝った仕事量は大人三、四人分だぞ……。
「だから足りない分をお店のお金から……」
くそ! ホントにわかったような言い方しちまった。
「悪かったな。兄ちゃんにもあやまっといてくれ」
幼子の頭を撫でそういうと移動魔法で自分の部屋へと飛ぶ。
「はー……疲れた……」
ベッドに倒れこみ、そんな声を洩らす。
魔法で飛びながら、そして今も脳裏にこびりついてる二人の子供の姿。
あの子たちを救う手はないか? 賢さ三〇〇を誇る頭脳をフル回転させるがロクな考えが思い浮かばない。
金を渡す? 当面はいいが近いうちに同じような事になるし根本的な解決にはならない。
俺が引き取れば? バカ言え。俺、自身税金の滞納で処刑されかけてるのに今後何十年に渡ってあの子達の人生に責任もてるかよ!
次々と湧いてくる手段と即座のダメ出し。
俺は認めたくなかったのだ、かつて魔王を倒し世界を救った勇者が今では子供二人すら助けられない事に――
どれぐらい悶々としていただろう?
部屋の外に気配を感じてベッドから起き上がる。
「どうでした?」
依頼人の期待に満ちた瞳と出くわし、
「なんかすっごいお疲れですね」
「あぁ……実は――」
昨日の顛末を全て話す。
「いやーショックだったよ。世界救ったのに子供を助けられないって――」
なぜか関係のないあの子達の事まで話してしまっていた。
「なに言ってるんですか貴方にできない事なんて」
「いやいや。実際どーすればいいのさ? 金あげても当面の間しかもたないし――」
「いえ。貴方が王になればいいんですよっ!」
「は?」
「はぁ……もしかして気づいてないんですか? 魔王がいなくなり今、王様が一番こわいのはなんだと思います?」
「そりゃー……まあ、周辺国だろう」
「それは、この国の事であって王様個人ではありません。王様が本当に恐れているのは――」
依頼人は俺を指しながら、
「貴方ですよ」