二
二
「なんだって?」
俺の言葉にギョっとした表情で聞き返してくる。
「だから、非合法な仕事をするときの人員ってどこ行けば集められるのかって聞いたんだよ。今はやってなくても、かつては傭兵ギルドや冒険者ギルドに登録してたんだろ? なら、正規以外でちょっとヤバい系の仕事を頼むトコ知らないか?」
「おいおい。勇者様がそんなトコに用があるのか?」
酒場の店主――元酒場の店主が言ってくる。
「人助けだよ。第一この王都でそんな仕事ができるトコがあるとは思えないけど……」
魔王が倒されてから、王国は国内治安維持――とりあけ王都内の治安向上に努めた。
「そうでもない。流民街区にはそういうトコもあるぞ」
流民街区とは城壁の外に集まった者達がつくった街。魔王がいた頃は魔物がいたであろうが、今はほぼ魔物が人里に近づく事はないので城壁の外で暮らしている人のコト。
「流民街区は王都ではないだろ?」
「国の公式ではそうじゃな」
「しかも、流民街区の人は城壁のこっち側にはこれないし」
治安維持を名目に明確な目的のない者は城壁を越える事はできない。
「そうでもないぞ。秘密裏に城壁を越える方法はいくつかあるが……そうじゃのー……王都民が労働者雇用という名目をつければ何人かは入れる事もできるし、もっと足のつかない方法も何個かある」
「そうなのっ!?」
意外と腐敗してんだな……。
「少し調べてやろう」
「いいのか?」
「人助けなんだろ?」
「あぁ……そうだけど……金が……」
「勇者を助けるのは市民の義務だ。気にするな、――詳しい話しを」
「あぁ……王都銀行を襲撃しようとする輩を探してる」
がしゃーんっ!
「あーあ。コップ落ちたぞ、耄碌してきたのか?」
「お、王都銀行って……ほ、本当なのか?」
「さーな。そこの責任者が調べてくれって」
「う、うーむ……と、いう事は大きな仕事で口が堅く、実力は一流のプロ集団……」
「しかも、現在ロクな職についていなく、金に困っている――ってトコか?」
「それだけ条件を絞り込めたら今夜にでもわかりそうだな」
「そんなにすぐわかるのかっ!?」
「王都銀行を狙うとなると、金庫破り、馬車を操る御者――城壁を抜けて陸路で抜けるなら数名。港にでて海路で脱出するなら馬車一、二台に船。荷運びや操船を考えても……一〇名以内」
「そんな人数でできんのか?」
「外洋にさえでなければなんとかなるじゃろ。それに人数が増えればそれだけ露見するリスクも増えるしのー……腕におぼえるある精鋭を揃えて一〇名程度で挑む」
昔、クエスト内容によってパーティ構成のアドバイスをやっていた店主の言う事なら間違いないだろう。
「わかった。その内容で当たりそうな人物を探してくれ」
そもそも、あの王立銀行責任者の気の弱そうな依頼人の取り越し苦労――この時の俺はまだ半分程度その可能性を考えていた。
「よし。ここら辺でいいかな」
俺は息を潜め辺りを窺うと、目の前にある城壁に手を置き上を見上げる。
「このぐらいの高さなら……」
あまり凹凸はないがなんとか足をひっかけられそうな部分に見当をつけ、
「よっ! ほっ! たぁ!」
軽快な声とともにわずかな出っ張りを足場に城壁を登る。
最上段までくると一気に飛び越し! 地に着く前に一回転して勢いを殺しながら華麗に着地する。
ちなみになぜこんな事をしているとかいうと、税金の滞納で俺には出国禁止令が出ているから正規の方法で城壁を出られない!
……これは言わない方がかっこよかったな……。
「おにーちゃんそ、人が、人が空からっ!?」
幼い子供の声に『ハっ!』とする。
「驚いた! 空から女の子がふってくる話しは聞いた事あるけど……空からオッサンがふってきたっ!? こんなに酷い絵面は童話にならないワケだわー」
続いて聞こえる幼さが消えつつある声――って、バッチリ見られてんのかよっ!?
着地を優先するあまり周囲の警戒を怠った自身のミスだ。
「て、天使様。どーかお恵みを……」
まだ声変わり前のうえに伸びた髪のせいで男女の判別がつかない子供がそういってくる。
「やめとけって、そのオッサンどーみても金もってそうにねぇし」
な、なかなか見る目のある子供じゃないか……。
「ほら行くぞ」
そういって年長の少年が幼子の手を引く。
「天使様またね」
兄なのか? 年長の少年に手をひかれたままこちらに向かって空いてる方の手を振る。思わず振り返しながら二人を見送る。
「なにやってんだ? 俺は……」
自嘲気味にそう洩らしてから歩きだす。
酒場のオッサンが掴んだ情報は――正直、あまりない。
ただ――つい最近、このあたりで酔った男が「近々デカイ事をやるっ!」と言っていたという程度のモノ。
「アイツか」
いつも同じ時間に同じ場所に現れ、特徴的なやつだったのですぐに見つかった。
軽戦士タイプの服装にツンツン頭。酒場のオッサンの話しでは腕はかなりいい、最終到達点でいえば砂漠の街に辿り着いた中級程度の戦闘能力しかないらしいが――事、解錠の技術は城内組と比べても遜色ない。
ただ賢さが低いのか、その気になれば、その腕を活かしていい職にも就けるだろうが今はスラムでその日暮らし程度の仕事しかしていない。
そんな奴が先日、突然羽振りがよくなり周囲には「今度デカイ仕事やる」と言いふらしている。
「――と、情報はここまでなんだが……ほかに手がかりもないからなー……」
相手は無警戒に通りを歩き、俺は物陰に隠れる必要もないほど堂々と背後を追跡し、やがて掘っ立て小屋の前にいくつかのテーブルとイスを置いただけで屋根もないような酒場へとたどりつく。
そこで酒なのか? ドリンクを一つ注文すると小屋に一番近いテーブルに座る。
「聞いてはいたが、こんな時間から酒盛りかよ……」
時間がまだ昼を少し過ぎた辺り……普通の人なら昼食後の一仕事って時間だろう。その証拠に酒場への配達なのか、酒樽と食材を積んだ場所が停まる。
「こんな場所でも真面目に働いてるやつがいるのにな……ん?」
馬車につきそって歩いていた者が荷台から酒樽を運び出す――その姿に見覚えがあった。
「さっきの子供じゃないかっ!?」
背丈の半分もある酒樽を荷台から小屋へと運んでいたのはさきほど出会った少年だった
「あんな小さな子も働いてんのに……」
俺の視線は自然とターゲットの男へと向き。
「アイツはこんな時間から酒盛りかよ……いや、俺はいま現在、お仕事中だから」
誰に向けてか不明な言い訳を口にしたその時、賢さ三〇〇を誇る俺の頭脳が閃いた!
「よお」
自分の背丈ほどもある食材の詰まった袋を抱えている少年に声をかける。
「……天使のオッサンか……なんか用か……?」
重労働のために途切れ途切れになる少年の声。
「大変そうだから手伝ってやろうと思ってな」
「いい」
ハッキリと拒否の返事をする少年。
「なんでだよ? 一人じゃ大変だろ?」
少年は食材のつまった袋を運びながら、
「……分け……前が……減る! 仕……事……自分で……さ……せ」
なるほど。分け前ほしさに手伝いを願いでてると思われたワケだ。
「金はいらねぇよ」
そう言うとヒョイと少年の袋を片手で持ち上げる。
おっと、少年の名誉のためにいっておくが、普通の人にはできない事だぞ。力五〇〇の俺だからこそだ。街の力自慢なんぞ力三〇もあればいいほうだろうが、俺は五〇〇。街のチカラ自慢を二〇人集めて俺と綱引きで互角に勝負できるといったほど。
「ホントに金は出さないぞ」
念を押すように、
「いらねぇよ。それよりも上にもっと積んでくれ」
袋をお姫様だっこの状態にして、その上に積むように言う。
「もっと、もっと積んでくれ」
遠慮ぎみに二、三袋上に積み上げる少年に言う。
「ほ、ホントに大丈夫かよ?」
「ああ。平気だ」
俺の身長よりも高くのせられた袋の山を抱えながら、返答する。
「おっさんが怪我するのはいいけど……袋落として商品に傷がつくとお金が……」
「ああ。大丈夫、大丈夫。商品には傷つけねぇよ、商品には――」
そう言ってしっかりした足取りで小屋と男のいるテーブルの方へと歩いていく。
「これで最後か?」
荷台に残った最後の一袋を指しながら、
「うん。最後まで頼むぜ」
そういって、やっと子供らしい笑顔を向けてくる。
こんなモン、指一本で運べるけど……。
「あ~……つまづいた~」
完全に棒読み口調でそう言った後、フラフラと男のいるテーブルの方へと近寄る。
「あ~アブナイ~」
口調は間延びしているが、素早さ四〇〇を誇る神速のよろめき!
「ぬっ!? な、なんだ――」
いくら盗賊相手といえども躱せるものではない。俺の姿をとらえる事ができたら上出来なほうだろう。
「ぐっ! ぐぇぇぇ!!」
そんな悲鳴を上げて地面を転げる。
「腕が――指が――!」
利き腕――身のこなし、武器を着けている場所、酒を飲む仕草で見当をつけた。その五指全てがデタラメの方向へねじ曲がっている!
まあ、そういう風になるようにやったんだけど……。
「おい。ダイジョーブかー?」
横たわる男へ声をかける。
「て、テメェ!」
怒りに燃えた瞳で無事な方の腕を振り上げ殴り掛かってくる!
盗賊の攻撃→ミス! ダメージを与えられない!
「おっと、うわっ!」
わざとらしく、そんな声を出してバランスを崩したように男の上に倒れこむ。
もちろん、その拍子に無事なほうの腕に肘を叩きつけこっちもキッチリと壊しておく! 力五〇〇の肘をうけた腕の骨は完全に砕け! その下の地面には大砲でも撃ち込んだかのような穴が残る。
「いてて。今のはアンタのせいだぞ」
ドサクサにそう責任転嫁をするも、両腕を完全に破壊された男は痛みに悶絶するだけで答えなかった。
「おっと、悪かったな少年。見ての通り、ちょっとトラブルだ。悪いが最後の一個は自分で運んでくれ」
荷袋を少年に渡すと、
「とにかく医者か回復魔法の使える神官のトコへ――」
悶絶する男に肩を貸しながら、もちろん男の怪我がそんなに簡単に治癒できるモノじゃない事を確信しつつ歩きだす。
「へへ、悪いな。治療費に加えて痛み止めがわりにこんな物まで」
男はオゴってやったアルコール飲料に口をつけながら、
「いいって。元は俺のせいだ」
案の定、男の腕は複雑に折れ曲がっており、回復魔法でも容易に治癒できない有様だった。
添木をされ包帯の巻かれた両腕。
俺の傾けるコップに口をつけながらじゃないと自分で酒も飲めない状態だ。
「迷惑ついでといえばなんだが――」
「ん?」
コップを戻すと、そんな事を言い始める。
「実は――俺。いまデカイ仕事の前なんだよ……で、悪いんだがその仕事のボスがその……」
言いにくそうに言葉を濁す。
「遠慮せずに言えって、怪我は俺の責任なんだから」
「あぁ……。そのボスがおっかねぇんだ。そのボスに怪我の事、説明しなくちゃなんねぇ。悪いんだが、アンタも同席してくれねぇか?」
この展開は俺としては願ったり叶ったりだな。
「ああ。いいぜ」
「ありがてぇ。実はこの後、会う事になってたんだ」
「そうか。では、行こうか」
男と共に席を立つと、一緒に歩きだす。
「まずは俺が事を説明するから――と、アンタ金はいくらだせる? ボスはおっかねぇんだ。仕事にトラブル発生となっちゃワビを入れなきゃなんねぇ」
「そうか。金なら心配するな」
「そうかい、そうかい。それは――」
下品な笑みを浮かべながら、ドンドン治安が悪く、人気の少ない方へと進んでいく。
「あっ! ダリルさん」
やがて完全に人気が途絶えた裏路地に佇む一人の男――遠目から特徴を把握する。
小柄な男――いや、背は低いが、がっしりとした体格の戦士。鎖鎧を着こんでいるのがサーコートの下から少しだけ見えている。腰には大振りの湾曲刀を佩いた典型的な剣士タイプの戦士。
「なにぃ! 腕が使えねぇだとっ!!」
ドスの効いた声というのはこういう事をいうんだろうなーと思うほど相手を脅すにはピッタリの声音で男に迫る。
「腕が使えねぇなら、オマエなんて口が軽いだけの役立たずだろっ!」
上背では負けているが構わず胸倉を掴み、そう言い捨てる。
「丁度いい。オマエの口の軽さには辟易していたトコだ」
胸倉を突き飛ばすように離すと――!
腰の曲刀へと手を伸ばすダリル!
それを確認する頃には駆け出し、二人の間へと割込み――
ガチイ!
金属同士が擦れ合うイヤな音があがり、淡く鳶色に輝く刀身と鈍い輝きの赤銅色の刀身が噛み合う!
「なにっ!?」
自分の斬撃を止められた事が信じられないといった表情を浮かべるダリル。
「貴様、何者だ?」
まったく光のない双眸を向けながら言ってくる。
次回『魔剣士』