三
「こんばんは」
その夜、再びアイザック邸に来ていた。
以前、来たように瞬間移動魔法で管理人を連れて、その管理人はバルコニーに隠れている。
「あなたはっ!?」
アイザックさんは突然の訪問に驚く。
「夜分に失礼」
「それで一体これはどういう事ですか?」
さすがに非難めいた口調で言ってくるアイザック。
「それはこちらの台詞ですよ」
俺はそのまま金庫に手を置き――解錠する!
「これは一体どういう事ですか? なぜ盗まれたハズの品がアナタの――アイザックさんの私室にある金庫にはいっているんですか?」
鉄の扉を全開にしてバルコニーにいる管理人にも見えるように、それを確認しているとアイザックの動への対応が遅れた!
ちりん。
涼やかな音色の鈴が響き――すぐさま近づいてくる気配!
「アイザック様っ!」
あの警備主任がすでに抜いた龍滅剣を手に飛び込んでくる。
「片付けろ」
アイザックが今までの感じから想像できないほどの冷たい声でそう命じる。
「やれやれ……」
殺気を放つ警備主任を前に腰の剣を抜く。
「そんなモン抜いたトコで相手になるかァァ!」
そう吼えながら放つ袈裟斬りを放つ!
「おっと」
身体を傾け余裕で躱す!
「やめとけって」
横なぎの一撃へと続く連撃を銅製の剣で受け流しつつ、
「ば、バカな……そんなナマクラ刀で龍滅剣をっ!?」
信じられないモノをみたかのような表情になる警備主任。
「力量差があり過ぎるからだろ」
「ふ、ふざけるなっ!!」
激高しながら、繰り出される攻撃はそこそこ鋭い――まあ、あくまで『そこそこ』レベルだ。素早さ四〇〇を超える俺なら相手の一振りで四振りは返せるほどの力量差がある。
「はぁ……はぁ……はぁ……な、なぜだ俺は城内組だぞ」
「相手のレベルがそれよりさらに上って事だろ。もうやめとけ」
バテバテの警備主任から龍滅剣を取り上げ、部屋の隅へと放る。
「ま、待て!」
その言葉は俺ではなく背後にいるアイザックに向けられたモノっ!?
「待ってくれ。置いていかないで――」
警備主任の哀れな声を無視して淡い光に包まれ消えるアイザック!
「逃げられたか……」
力で敵わない事はわかっただろうが、こっちの状況はなに一つ変わらない。
無様に逃げ去る警備主任には構わずバルコニーにいる管理人の元へと向かい、酒場へと帰る。
「アイザックさんは……」
力の籠らない声で洩らす管理人。
「アイザックさんは私を――」
「そうだ」
長年仕え、信頼していた主の裏切りにショックを受けている。
「私は――私はどうなる?」
店主は口を挟む様子はないようだ。
「まあ、アイザックは警備兵や保険会社にも手を回しているだろう。勝ち目はない」
残酷な真実を告げる。
「牢にいくのか?」
「ああ……模範的にしていれば一〇年といったトコロだろう」
力が五〇〇、素早さが四〇〇、賢さ三〇〇あっても法や金持ちの汚い策略には勝てない。管理人は何も悪くない……ただ運が悪かっただけだ。
今回の一件をまるく収めるにはアイザックが自白し管理人の無実を自ら口にする事。そんな方法あれば苦労はしない。
しかも、そう時間が残されているワケでもない。負け戦は確実だが『壊滅的大敗北』を『回復には数十年かかる敗北』にする事ぐらいにはできる。
なにより時間はこっちの味方をしてくれない。
「あとは息子を連れて王都を出ろ。時効は刑期の二倍だが少なくとも一緒にはいられる」
情けないが俺に言える事はこれしかなかった。
「本当に勇者様なの?」
いつの間にか管理人の息子が俺を見上げ問うてくる。
「もし勇者様なら悪い奴をやっつけてよ」
乞い願うかのような、その視線は魔王の一撃より遥かに堪える!
「勇者するか……」
観念したよう呟き、賢さ三〇〇の頭脳をフル回転させこのどうしようもない劣勢から起死回生の一撃を放つ案を模索する。
「アイザックは町中におまえの事を聞きまくってるそうだ」
一夜明け、店主が掴んだ情報を教えてくれる。
「信頼してたボィーガードが手も足もでなかったんだ。そりゃ心配にもなるだろ、俺がその気になったら力づくでなんとかされちまうってな」
「どうするつもりだ?」
心配そうな表情の管理人が聞いてくる。
「アイザックは俺をなんとかするために依頼人であるアンタをなんとかするはずだ。警備兵に突き出してもいいが、そうなったらヤケになった俺がアイザックに復讐を――って考えててくれるとシナリオ通りいきそうだよ。そうだ! 頼んでいた物持ってきてくれたか?」
「あぁ……妻の形見だが、鏡なんて何に使うんだ?」
この世界で反射率の高い鏡は高価な物だ。管理人が妻の形見といったその品は周辺に割と良さげな装飾の施された庶民が数年貯金すればなんとか買えそうな品。
「俺の故郷では、身分の高い人が素性を隠して、そこそこ権力がある悪者ボコボコにやっつけ最後に悪者が権力を行使しようとしたとき、実はもっと上の位なんですってグウの音もでないほど叩きのめす勧善懲悪の話しがある――この鏡はまあ印籠ってトコかな」
「何言ってんだ? おまえの故郷はこの王都だろ」
店主が何おかしな事いってんだといった口調で、
「そうだった」
最近はこちらの生活のほうが長くなったせいで出なくなったクセが出てしまった。
「さぁ、仕上げだ。アンタは息子一緒に安全なトコにいてくれ」
管理人にそう言い。
「店主は町中に管理人が中央広場のカフェにいると情報を流してくれ。俺がそこでケリをつける!」
装飾の施された丸鏡を小脇に抱え、俺も覚悟を決めた!
「はい、ご苦労様」
店主が流したニセ情報に釣られノコノコと姿を現したアイザックと警備主任。
場所は王都交通の要である公営馬車ターミナルがある中央広場、凱旋通りとも繋がっており広場の中央には巨大な石造が鎮座する。
その石造を背にする感じでカフェの席に座った俺の顔を見た二人は自分達が誘き出されコトを理解した。
「管理人はここにはいないよ。まあ、座れ」
対面の席を薦めると、意外にすんなり腰かける。
「降伏を薦めにきた」
「ぶっはははははははははは――」
こちらの言葉に大きく噴き出すアイザック。
「なぜだ? 私のほうが有利だぞ。むしろおまえ達が勝つ術があるなら聞きたいなー」
「そうだな……俺達の証言には物証もなにもない、加えてアンタは警備兵を抱き込んでいる」
「そうだ」
満面の笑みで肯定するアイザク。
「でも、こういうのはどうだ? 四人で出頭し今回の事件を話している間にアンタが正直に全てを打ち明ける――まあ、自白するって事だ。さすがに抱き込んでいる警備兵も本人が自白してたらどうしようもないだろ?」
「それは私を脅しているのか?」
「脅し? そんな事しなくともアンタが嘘を言えなくなる方法があるんだよ」
「私が? 話しならんな」
そう言って席を立とうとするアイザックに、
「冒険の書を読んだ事があるか?」
話題を変えられ浮かしかけた腰を戻すアイザック。
「冒険の書? 二〇年のか?」
「そうだ」
この国で『冒険の書』といえば二〇年前に勇者が魔王を討ったときに出た伝記の事を指す。
「あの中で遠くにある国でモンスターが王族に化けて国を乗っ取ろうとするってのがあったろ?」
「あぁ……そういえばそんな話しがあったな……」
あの本は全国民に配られ学校の教材にまでなっている、読んだ事がない者はほぼいない。
『ゴト』
持っていた管理人の嫁の形見である鏡をテーブルに置く。
「その王族に化けたモンスターは真実を映す魔法の鏡の力で暴かれた」
「まさか、その鏡がそれだと言いたいのか? バカバカしい」
嘲るアイザックを無視して先を続ける。
「その鏡には実はもう一つ能力があってね。鏡に映している間、映されている人は一切の嘘がつけなくなる」
「そんな子供だましに――」
「そういえば俺の正体を探ってたみたいだな」
静かに席を立ち、背後にある石造が二人に見えるように移動する。
「あっ! あぁぁ――!」
「ま、まさか……」
背後にある若かりし頃の石造と全く同じ姿勢をすると、アイザックと警備主任はそれぞれそんな声を上げる!
「自己紹介はいらないよな?」
「で、では、これは――ま、まさか本物……」
「勇者……どうりで城内組の俺が手も足もでないワケだ……」
顔にハッキリ敗北感を刻みながら呻く二人。
「今回の件は既に国王にも書状で事の顛末を伝えてある。警備兵を少し買収した程度では相手にならんぞ」
最後にダメ押しする。
これはハッタリ――まあ、鏡もハッタリだが……相手がどこまで位の高いところにコネがあるかわからない状況では裏目にでる可能性があるからだ、しかしこう言っておけば簡単には逃げられなと思わせる事ができる。
「こっちの条件を呑めばここまでにしといてやるよ」
「まずオマエは美術品を盗んだって自首しろ」
警備主任を指しながら、
「――ってか、元々実行犯はアンタだろ? 自分がやったことをありのまま言えばいい」
テーブルの上で鏡を見せ
。
「アイザック。アンタは王都にある館、別荘その他全ての材を金に換えて管理人に一〇年分の給料を退職金として渡せ。それと今度、学校に行く息子の学費も全部一括で払え。残った財は全て見逃してやるから田舎でひっそりと暮らしな。アンタにとっては雀の涙ほどにしか見えんだろうが普通の人には十分大金だ」
「そ、そんな――」
「捕まったら全ての財産没収の上に牢屋いきだぞ」
「…………」
抗議の声を黙らせる。
「一週間でやれ。次に王都でアンタの顔を見たら――」
立ち上がってアイザックの心臓の指で軽く突きながら、
「魔王でもアンタを守れないぞ」
勇者の脅し文句だ。
効いたかどうかはアイザックの青い表情を見ればわかる。
「なんてお礼を言えば……」
元酒場に戻り、管理人に借りていた鏡を返す。
「はい。勇者様」
管理人の息子がそういって差し出してくる物。
「これは……?」
「悪い奴をやっつける勇者様だよ」
羊皮紙に書かれた絵は人っぽいものが剣っぽいものを芋虫っぽい奴に突き付けている絵だった。
「ありがとう。こんな感じだったよ」
そのまま二人を店主と一緒に見送る。
「よかったのか?」
「なにがだ?」
「あの子、アンタの孫だろ?」
「気付いてたのか」
「まあな。あの鏡はアンタの娘の物だったし、管理人は一回だけアンタをお義父さんって呼んだ。管理人が逮捕されたらアンタは孫と一緒に暮らせたんじゃないのか?」
「そうか……今おもえばその手もあったんだな」
「死んでたんだな娘さん」
「あぁ……あの子を産んだ時にな……アイツはよくやっている男手一つで」
「本人に言ってやれよ」
俺の言葉に鼻白むように誤魔化す。
「あの子を――娘の遺した子を犯罪者の子にしたくなかったのでな。アイツの事はどうでもいい」
「素直じゃないな」
「全く……厄介なやつに頼んでしまったな……そこまで見破っておるとは……」
「賢さ三〇〇は伊達じゃないって事だよ」
「賢さ? 一体なにを言っておるのだ?」
「ゲームのパラメータの話し――っつても、わからないか、忘れてくれ」
「今回は悪かったな。八〇万の借金があるのにこんな厄介な事に巻き込んじまって」
「別にいいよ。ひさびさに勇者させてもらったしな」
「礼といってはなんだが、ここにいつまでいってもらっても構わんよ」
「ありがとう」
「さーてワシは娘の墓前に報告でもしてくるかなー」
そういって出かける店主。
俺も反対側へと歩きだす。
上を見上げると、いつもと同じハズの王都の空がいつもより澄んでいる気がした。
いまさらだが、俺は元勇者で元異世界転生者だ。
最近のやつは仕事に疲れて異世界で生活したいと思ってる人が多いと聞く。悪い事はいわないやめておけ。
転生なら素直に成仏しとけ、転移なら全力で戻れる方法を探せ。
ベストは帰る方法を確保しつつ一〇代から二〇代を異世界でエンジョイして三〇後半に戻る事をお勧めする!
若い時にはわからないと思うが、異世界――とくに封建制度のファンタジーは生きづらい!
一〇代や二〇代なら宿屋で眠れば瀕死の重傷も回復するだろうが、三〇こえたら腰の痛みを始め様々なトコにガタがくる。雷撃魔法のキレの悪さなんか代表的なものだろう。
魔法があるせいか医療もどこか呪い的でどうにも胡散臭い。それなのに治療費はびっくりするぐらい高額だし……。
そこそこレベルの高い医療を破格の金額で受けれたり、人生の三分の一とはいえ生活費の半分をだしてくれるなんて夢のようなトコじゃないかっ!
サイコー! マジ最高の制度っす! 年金、皆保険っ!!
なによりも――
税金を滞納しても縛り首にならんのが一番いい!
俺は権力を誇示するかのように風に揺られている哀れな躯を見ながら、豪奢な建物に向かって。
「すいませーん! 税金を納めにきました」
悪い事は言わない。異世界だけはやめておけ!
澄んだ王都の空へ向かって、俺は自分でも誰に向けて言っているのかわからない事を心中で叫ぶのだった!
物語としては導入部分に当たる話しです、いまのところココで終わりです。要望があれば執筆を始めます。
気に入っていただけたらブックマーク登録やポイント評価お願いします。