二
「――で、俺に渡すハズだった家賃を奪われた……と?」
借りている部屋の階下でせっかく作った金の末路を話す。
「はぁ……まあ、いい」
「いいのかっ!?」
正直、追い出される覚悟だったのだが……。
「長い付き合いだ。家に帰れない事情も知ってる……」
「あぁ……」
昔はその同情にも似た憐れみに反感の感情を抱いた事もあるが、今は正直に安堵できる。
「そういえば、酒場はもうやってないのか?」
周辺――テーブルやイスが置かれ、俺が座るカウンター席を見渡しながら、
「そんなモンもうずっと前から閉めてるよ」
「そ、そうだったのか、看板娘がいただろ? 確かアンタの娘が――」
「とっくに嫁にいっちまったよ。子供ももうすぐ学校に通うような歳だ」
あまり関係がよろしくないのか少し寂しそう笑う。
「おぉ! そうだ」
初老の男とはおもえないような声を出す。
「おまえ仕事やらないか?」
「仕事……やんないといけないけどなー」
「おいおい、一体いくらって言われたんだ?」
「貯まり貯まって、さらに利息がついて総額で八〇万だと」
「はっ――っ!? この店を売ってもそんな大金にならんぞっ!?」
「はは――だよね。もーなんか現実味なくってさ、フツーにやっても返せないしどうしたもんかな? もし、仕事するにしてもデカイ報酬じゃないと受けないぞ」
「う、うむ。まあここにいってみろ。ちょっと困ってる人がいてな、助けてやってくれ」
そういって羊皮紙の切れ端を渡してくる。
「王立湖畔――貴族の別荘が立ち並ぶ一等地じゃないかっ!」
「そいつを見せれば中へ入れてくれるはずだ」
下町という程、酷くはないが平民街の一角にある酒場――元酒場の店主の紹介で貴族の邸宅に入れるとは信じられないが……。
「本当に入れてくれたよ」
ここの住所と店主のサインが書かれた簡素な紹介状一通を門番にみせただけでアッサリと家財管理人に引き合わせてくれた。
「ここの御主人は不在ですか?」
少し前を歩く管理人の背中に向かって。
「ああ。アイザックさんは本館のほうにいるよ。ここには一月に数回滞在する程度かな」
月に数回くるていどでこれかよ……。
「アイザックさんは良い人でね。貴族ではないけど貴族相手の商売――土地取引を行っていまして、本来なら平民に許されないこの区画の土地所有も例外的に許されているぐらいなんです。やり手で最近では美術品の売買にも手を広げた矢先、その美術品を盗まれてしまって……あなたにはその犯人を捜してもらいたいんです」
盗人を捕まえて、盗まれた品を取り戻せって事か――まあ、なんにしても依頼人に直接、会ってもう少し詳しい話しをしてもらうかな。
「それで依頼人には自宅を訪ねればいいですか?」
「ああ。言い忘れていた私が依頼人だよ」
「は?」
目の前の管理人はこちらへ向き直りそう言ってきた。
「あなたが? えっと……盗まれたのは主人の持ち物ですよね?」
「ええ。実は……」
管理人は言いにくそうに言葉を濁し。
「実は私が疑われているんですよ。ここの鍵を持っているのは私と主人だけですし、犯行が行われた日のメイドへのシフトを組んだのも私だ。それで警備兵に疑いを……」
俺は思わず天を仰いだ。トンデモなく厄介なうえに金になりそうにもならなかったからだ。
「でも、主人のアイザックさんだけは信じてくれたんですよ! 私はそんな事をするような者じゃないって、おかげで牢に行かなくてすみました。本当に感謝しています」
俺の態度を自分の置かれた苦しい状況からくる反応と勘違いした管理人はそう言ってくる。
一応、聞いとくか……。
「俺の報酬のほうは?」
「あぁ……3000……いや3500出します、それ以上は……」
一般人からしたら大金だ。銅の剣が三五振り、鋼の剣が二振りは買える。ただ俺の借金は驚愕の八〇万……必要経費もいくらかわからないこの仕事を受けるのにいい状況ではない。
「えー……大変申し訳ありませんが――「パパ!」」
俺の前を小さな男の子が走り抜け管理人に体当たりする。
「こら。来客中だ、あっちへいってなさい」
「このオジサンがドロボーをつかまえるの?」
おじ! うん……仕方ないよねー三八歳だし。
「オジサン警備兵の人?」
「違うよ」
「ぜったい捕まえてね!」
胸の前で両拳を握りながらそういってくる。あまりにも力んだせいかお腹が『ぐー』と鳴った事には触れないでおこう。
「さあ、もうあっちへいきなさい」
そういって子供を遠ざけると、
「すいません。嫁があの子を産むと同時に逝ってしまって……そうだ。これは前金の五〇〇です。残りの三〇〇〇は解決した後でお支払いします」
そういって俺が役人に持っていかれた同額の硬貨を出す。
「報酬は三〇〇〇でいい。その金であの子になんか食わせてやれよ」
昔のクセで気が付いたらそう言ってしまっていた。どーやら勇者というのはトンデモないドMみたいだ。
「なにか?」
高級住宅が立ち並ぶ通りに面した一軒の豪邸――とはいっても規模的にはさきほどの別荘のほうが敷地面積としては広い。
そこの尋ねた。
「アイザックさんはいられますか?」
いかつい顔をした筋骨隆々の男が出迎えてくれた。
「失礼ですが、どちら様で?」
「ああ。俺は――」
別荘の管理人に雇われた者だという事をざっと話した。
「……どうぞ」
雰囲気から察するにあまり歓迎してなさそうだが、一応は中へと招き入れられた。
「私はアイザック様やご自宅、別宅の警備を任されている警備主任です」
いかにも接客は苦手だといった態度で自己紹介を受ける。
「アイザック様は二階です」
腰の銅の剣を受け取ると、そう言って通される。
二階へと続く螺旋階段を登りながら、妙な違和感をおぼえていたが、それに思い当たる間もなく主人の部屋へとたどりつく。
「どうぞ」
ノックの後に聞こえた言葉でドアを開く。
「突然の来訪失礼します。実は――」
事の顛末を聞き終わっても使用人が勝手に雇った俺に対する態度に変化はなかった。
「なるほど。わかりました。できる限り協力しましょう。私としても長年仕えてくれている彼に疑いがかかっているのは好ましくない」
「よかった。では、盗まれた品のリストと容疑者の心当たりがあればお聞かせ願いますか」
「リストは警備主任に言ってくれ。犯人の心当たりと言われても……警備兵にも話したが正直サッパリ」
あぁ……警備兵とは王城はもちろん街の治安活動も行う、警察みたいな組織だと思ってくれていい。
「そうですか」
そのとき賢さ三〇〇を超える俺の脳が冴えた質問をおもいついた。
「美術品はなぜ別荘に? 売買が目的で集めたのでしょ?」
「あぁ。深い理由はないよ。あっちのほうが広いからね」
「でも、警備はこっちの方が厚い」
「まあ、それはそうだが別宅に品を保管してたと、知る者はほとんどいないのだよ。私と警備主任と管理人の三人だけだ」
「ふむ……」
と、すると最初から美術品目的の盗みではなかったのかな? 盗みはいった先で偶然に貴重な物があり頂戴した……なら盗品のほうから調べてみるか。
「ありがとうございます」
礼をいって退出し警備主任のところへと行く。
「いい剣だ」
机の上に置かれた俺の銅の剣――その向こうには嫌味ったらしく警備主任の龍滅剣が置かれている。
「そいつはどーも」
「これが盗まれた品のリストだ」
「ふーん……」
ざっと目を通してみても、
「数は三点……しかし……」
どれに芸術に疎い俺が知っている大物の作品だ。
「全て貴重な品だ。まさにこの世に二つとないな」
「相当な損害でしょ」
「全て保険をかけてある」
「そいつは幸いだな」
「あまりアイザック様の邪魔をしないでくださいよ。あの方はなにかと忙しい、それにやったのはアイツだよ――管理人だ」
「なぜ? なぜそう思うんだ」
「鍵を持ってたのはアイザック様とアイツだけだ」
「解錠のうまい盗人だったかもしれませんよ」
「それはない。別館もこの館も私が警備を担当しているんだ。それに鍵は解錠された痕跡も破壊された痕跡もなかった」
「なるほど、参考になりました」
「はぁー……」
酒場――元酒場に戻り深い――深いタメ息を吐く。
「悪いのか?」
「ああ。状況はかなり悪い。あとダマしたな?」
非難の籠った眼差しを店主に向ける。
「嘘はいってないぞ」
「確かに……言ってないよな。勘違いさせるやり方だったけど……」
「断ったのか?」
「断ってたらこんなに困ってないよ」
「確かにな」
「ただ、さっきも言った通り状況はかなり悪い。このままだとあの管理人捕まるだろーなー」
そうなると、あの子は親戚の家か施設ってパターンか……。
「とりあえず盗品は全部二つとない一点物。売りに出れば足がついてるだろ、そっから当たってみるかなー? 傭兵や冒険者用の競売所や美術商あたりかー」
「そっちは俺が当たろう」
「なんで? なんでアンタが?」
「う、うむ……ひ、ヒマだからな」
「そうか。ま、頼むよ」
そう残して自室へと向かい、そのままベッドへダイブする。
「おい! 起きろ!!」
激しくドアを叩く音で起こされる。
「……なんだよ?」
アクビをかみ殺しながらドアを開けると店主が立っていた。
「昨日、言ってた盗品を当たる線――」
「あぁ……これから一緒に当たるか?」
物凄い数だろうし、足を使って地道にやるしかないかな……めんどくさ。
「昨晩、王都にいる連中に片っ端から当たってみたら、その中の数人からでたそのスジに詳しい人物がわかった」
年甲斐もなく興奮しながら、捲し立てる。この人、自分に全く関係ないのに物凄っごい頑張ってるよな……。
「これから、その人物と会うんだがオマエも一緒に来てくれ」
「こちらで少々お待ちください」
準備もそこそこに引っ張り出され、商業区にある豪奢な店。
「んっぅ! うめぇ! ずずぅー」
「おい。行儀よくしろ」
出された茶と菓子を貪るように食い散らかす俺に隣に座った元酒場の店主が注意してくる。
「それ食わないならもらっていいか?」
「お待たせいたしました」
菓子を奪う前に件の人物が現れた。
「――それで、どういったご用件で?」
「このリストにある品が最近売りにだされたどうか知りたくて」
警備主任からもらった羊皮紙を見せる。
「ほう……」
リストを見るなり目を細め眼光が鋭くなる。それは一介の商人というよりは――
「全てこの世に二つとない貴重品。売りにでればすぐウワサになるでしょう……そして、そのような話しは聞かない……つまりは」
「売りに出てないって事か……」
「まあ、そういう事です」
「――と、すると盗品から当たる筋は無くなったのか……」
横で酒場の店主が意味深な視線を商人に向ける。
「――ところで、良い品でしょ」
立ち上がると自身の背後にある壁に飾られた一振りの剣を見せびらかす。
「かの勇者が魔軍師を倒した時に使っていたとされる雷神の力を宿した剣です。あいにく確かなスジから入手した品でないので本物かどうか疑わしい物ですが……」
「あぁ……」
俺は思わず立ち上がり剣へと吸い寄せられるように近づく。
「……このキズ……この焦げた跡……仲間がマッサージのために使おうとしてゴムを巻いた跡……あぁ、なつかしい」
「装備できる者がいなくて本物かどうか確かめようがなかったのですが……」
「本物だ」
巨大な使命を果たすために毎日ギリギリの死闘に身を置いていた時代。
「そうそう。先ほどの品の事で思い出した事が――」
唐突に出てきた話しを聞き終え。賢さ三〇〇を誇る俺の頭に最悪のシナリオが思い浮かぶ!
その日の夜。
「いまはやどんな田舎でも擬態モンスターを駆除するという名目のタンスやツボ漁りは合法だけど、さすがに鍵のかかった宝箱や金庫なんかは対象外だからな……」
アイザック邸――アイザックの部屋を覗けるバルコニーに、
「やっぱり起きてるか……」
時刻は深夜帯、常人ならとっくに床に就いている時間だが部屋の主はその気配もなく、
「仕方ない」
俺は強制誘眠魔法を唱える。
「――んっ!?」
力量、魔力差もありアイザックさんは魔法に抗うこともできずに机にコトンを頭を着ける。
「悪いな。ちょっと気になる事があるからさ……」
寝てしまったアイザックさんにそんな言い訳を言いながら、俺は立地や館の規模に合わない質素な家具しかない室内を見渡す。
「コイツを見てみるか……」
大型の金庫――どんな魔物さえもこじ開けられないような頑強な作りに解錠できるものならしてみろといわんばかりの複雑な鍵。
「まあ、勇者にはどんな鍵でも開けてしまう。すっごい鍵があるんだよねー」
実際に鍵があるワケじゃない。約束された勝利の剣やこの世の全ての鍵を開けてしまうアイテムなどの悪用されたら危険な物品はすべてある所に集められ厳重に封印されている。
ただ――仲間の魔法使いがその鍵を解析して同じ効果を出す魔法を開発していた。
そっと金庫に手をつけ呪文を唱える――やがて重々しい鍵の開く音とともに、
キィ。
なんの抵抗もなく鉄の扉が開く。
「俺の予感が当たりませんように……」
願うようにそう言いながら扉を開けると――
金庫の中には俺が予想した通りの物――盗まれたハズの美術品が納められていた。
「……とりあえずコレは――」
しばらく暗い見通しに思考停止していたが盗まれた物品を回収しようと手を伸ばし――
「待てよ」
そこで再び賢さ三〇〇を誇る頭脳が警鐘を鳴らす!
「俺がコレを持っていったら俺が盗人にされんじゃないか? 犯人を捕まえようにもそもそもそんな者存在しないんだから潔白を証明しようもない」
パタンを金庫を閉じ、再びロックを施してから部屋を出る。
瞬間移動魔法で自室に戻ってベッドにダイブし、深い、深いタメ息を吐いた。
弱者のために戦うのはお勧めしない。
勝算はほとんどない。自分も一緒に棺桶に行きたくなければ早めに切り上げるのが一番だ、しかも、もし幸運が続いて万に一つの勝利を掴んだとしても得られるものは僅か……これでは元勇者でもやる気はでない。
俺にできる事は事実を告げ、息子を連れて王都を離れ田舎でひっそりと暮らすように勧めるだけだ。
ただ、さすがに気が重い……元酒場の扉を開けず。
何度もどう言ったものかと思案していた。中にはすでに酒場の店主、依頼人の家財管理人とその息子が来ているハズだ。
「おっ! なんだいたのか、遅いから呼びに――なんだ? 暗い顔して」
唐突に開かれた扉の向こうにいた店主がそういうのを苦笑いで答える事しかできなかった。
「言いにくいんだが……」
その場にいる全員を見渡しながら、重い、重い口を開く。
「どうやらアンタはハメられた。盗人はいない盗難はアイザックの自作自演だ」
できるだけ簡潔に事実だけを述べる。
「そ、そんな……いや、そんなのありえないっ!」
あまりの衝撃に思わず立ち上がる管理人。
「私はアイザックさんに二〇年以上仕えてきたんだっ! そんなハズはないっ!! そ、それに警備兵に尋問された時には庇ってくれた」
そこで俺に向き直り。
「アンタは――アンタは犯人を見つける事ができないからそんな戯言を……義父さん紹介だから雇ったが、そんな事……よくもアイザックさんを……」
詰め寄ってきた管理人から距離を取るために後退する。
「そいつは嘘はいわん」
店主の言葉が管理人を遮る様に言う。
「なんでこの人の事をそこまで――一体誰なんですか?」
俺を指しながら店主くってかかる!
「勇者だよ」
「ゆっ!?」
意外な一言に俺と店主を交互に見る管理人。
「魔王を倒すような奴だ。そいつが言うなら嘘じゃない」
微塵も疑いをもっていないハッキリした口調で言い切る店主。
ハッキリ言って俺はずっと元勇者だと思っていた……しかし、一人でも俺を勇者と思ってくれる人がいるなら俺自身が『元』と名乗るのはその人の信頼を裏切る事にならないだろうか?
「今夜、アイザックがアンタをハメた証拠を見せる。一緒に来てくれ」
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