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元勇者の冒険しない冒険譚

「はい。御持ち」

 景気のいい声で質素な青銅の剣と五枚の硬貨を差し出す。


「鋼の剣を銅の剣へと買い替えね。これが差額分の五〇〇だよ」


 今のいままで俺の腰に佩いていた剣をと引き換えに、


「アンタこの前も来たね。今度は木剣になっちゃうよ。まあ、ウチは金になれば文句はないんだが」

 武器屋にまで心配されはじめた俺はいたたまれない気持ちのまま店を後にする。


 空はどこまでも蒼く――蒼く澄み切っていた。


『王都パレンヴァン』


 二十五年前に世界を征服しかけた魔王を倒した勇者を見つけた『見識王』の異名をとる立派な王様が納める国だ。


 整然と整備された街中を実に二十年ぶりに腰に佩く銅の剣を揺らしながら歩きだす。

「はぁ……鋼の剣……はじめて手にした時は言い知れぬ高揚を感じたんだがなー」

 俺のボヤキは澄み切った空へと溶け込む。

「鋼だけじゃないけどな……約束された勝利の剣や龍を滅ぼす剣、雷鳴の力を刀身に宿した剣……さまざまな剣を扱ってそのたびに自分が確実にステップアップしていったのを憶えている」

 その原点ともいえる銅の剣に戻ったという事はその過程が全てリセットされたという事なのだろうか?


「あーあー……魔王復活しねーかなー?」

 魔王が倒されて二〇年、世界は平和だった。


「王城から来た者ですが、少しお時間よろしいでしょうか?」

 借りている一室の前には王城勤めを示す特殊な制服を纏った男が待っていた。

 それは二十五年前の朝にも起こった出来事で既視感をおぼえた!

 俺の人生を一変させた、あの朝の出来事――


「は? 税金の滞納?」

「ええ」

 年甲斐もなく興奮しながら部屋へと招き入れ、切り出された要件だった。


「貴方はここ二〇年に渡って税金を滞納しています」


「ち、ちょっと待ってくれ! 知ってるか? 俺は二〇年前に――」


 俺の言葉にウンザリしたようなタメ息を吐いた。

「王都を守るために戦った? 最近、多いんですよ。で、貴方はどこまで貢献なされたのですか? 王都周辺で? それとも隣国までいってリビングアーマー倒したぐらいですか? 砂漠の国へまで行ったならかなり貢献なさいましたね。それともスキルを学べる大寺院まで辿りつきましたか?」

「……いえ、もうちょっと先まで」


 俺の言葉に見ていた書類の頁をめくり。

「ほぉ……では、魔王城周辺まで?」

「……もう、ちょっと行ったかな」


「城内組ですか? 珍しいですがたまにおられますね」


「もうちょい」

「そこから先は魔王を討った者しかいないハズですが?」

「ええ。ですから私が」

 そう告げると、頁を何度も見直して一度、俺の顔をまじまじと見たあとに再び数回書類を見直して。

「では、貴方が……」

「ええ。勇者です」


 魔王を討ち倒し、華々しく凱旋したのは二〇年前――今、現在は無職、装備は銅の剣と布服、三八歳。

 これはそんな彼の物語。

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