Day.5-16 決戦
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瞬間、ざわめきとどよめきが起こる。2つの意味を持った驚きと動揺。その意味とは、1つは俺が異世界転移者であったこと、もう1つは俺が発した名乗りが、この世界における最大級の侮蔑の言葉であったこと。
もはや、見慣れた光景だった。
イリヤさんも、ジュークも、シトリも、その他の人々も、俺が名乗る度に似たような反応を示した。なんという理不尽な異世界転生だと、大いに嘆いたものだ。
しかし、今は、今ならば、俺はその名を名乗るにふさわしい。
なぜならば、
「それは私に対する侮辱、のつもりか?転移者」
「わざわざ訊かなきゃわからねぇのか?
寄生虫に喰われて脳みそまで足りてないんじゃねぇのか?
俺の名は言うまでもなくお前に対する侮辱だし、同時に宣戦布告だ」
「実に威勢のいいことだ。
しかしこの圧倒的な人数の差、どう埋める?」
数百人以上の軍勢対10人。普通なら詰みだ。だが全く負ける気がしない。ここにいるのは、個々の戦力において帝国最高峰の者達だ。
「どうって……ねぇ、言ってやって下さいよイリヤさん」
イリヤさんに話を振る。多分この脳筋女剣士ならば俺と同じ回答をするだろう。
「私がか?言っていいのか?
じゃあ皆を代表して、私が必勝の作戦を披露しよう。
真正面から、襲い来る全ての敵を、この剣で斬る、以上だ」
「ブラボー!さすがはイリヤさん!」
これだ。策なんて端からありゃしない。そんな小細工が必要か?いや、そんなものは捨ててしまえ。
この場にいる者達の顔を見よ!このニヤニヤした連中を!
周囲を大軍勢に囲まれて絶体絶命の状況とはとても思えない、余裕たっぷりの表情を!
「俺の剣も、アテにしてくれていいぜ」
「私の拳一つで、充分だ」
「しーの魅惑のスキルもあるよ!」
「僕は……何か飲み物でも作りましょうか?」
「んんwwwルールをwwwルールを誰か決めてくだされwww」
主張が激しいってか、アクが強すぎる異世界転移者達は、めいめい好き勝手なことを言っている。だが要するに、全員とっくに戦う覚悟は決まっているわけだ。
有難い。そして頼もしい。
「こんな感じだけど、わかってもらえたかな?」
ラガドは、唖然としているようだった。あまりにも、皆があっけらかんとしている。もっと恐怖や絶望の表情が欲しかったことだろう。俺もスキルが無ければこの状況、もうとっくに諦めているはず。それに仲間がいなければ。
「勝てるというのか?
この私の軍隊に。
この、無限に増殖する魔の」
「おいおいおい、前口上が長いぜ。
時間を稼ぐなよ」
「なに?」
「てめぇが、泣いて俺に土下座するまでの時間を稼いでんじゃねぇって言ってるんだぜ!
……イリヤさん、今のセリフ、決まってました!?」
「いちいち私に振るな!
少し冗長だったが、まぁ悪くないぞ」
おどける俺に対しイリヤさんの苦笑。
その時、ラガドの両腕がしなった。無数の触手の絡まりあった鞭が床面を激しく殴打し、粉々にした。粉塵が舞い、ラガドの顔に青筋が浮かび上がる。
「貴様……この私を愚弄するつもりか!?」
「あぁ、そのつもりだが?
もっと早くに気づけよ」
「許さぬ……この王に跪かぬ愚か者ども……。
地獄の苦しみを味あわせた後で、殺してやる」
「やってみろ、ボンクラ。
お前ごときに、そんなことが出来るのならな!」
「かかれ……我が傀儡たちよ!
この者達にも、種を植え付けてやるのだ!」
短気は損気だ。その上プライドだけは青天井なんだから、手に負えない。ラガドの合図を切っ掛けとして、遂に、それまでおとなしくしていた寄生者たちが動き出した。
戦いの火蓋は、ここに切って落とされたのだ。
まず最優先ですべきことは、ヤン・ヤンティのスキルの設定だ。様々なパターンを考えてはみたが、やはりこれが一番だろう。
ヤン・ヤンティのスキル“論理使い”が一体どこまで自由にルールを設定できるのかについて、俺は前から考えていた。
推理の材料になるのは暗黒魔導師達が現れた夜の行動だ。“論理使い”に特段使用制限が無いのなら、あの日瞬間移動のルールなど、設定するはずがない。あんな遠回りなルールなど使わず、“王都ロメリアに出現した魔物は全て消滅”とかすればそれで解決だったのだ。
さっき、転移者達がケイの部屋で雑談している時、俺が“透聴”していた内容の中にヤンのルール制限についての話題はなかった。更に今ここでそれを直接問いただす時間はない。だから俺が勝手に予想するしかないのだ。
基準があるとするなら恐らく、敵を直接攻撃するようなルールはダメなのだろう。可能なのは、自分か仲間を対象としたルール。
そしてその予測の上で俺が提案するこの場における最適解は━━
「ルールは、“ジャック・ホワイトのスキルの制限時間解除”!!
対象範囲はサンロメリア城全域だ!!」
俺は、声の限り叫んだ。
そして矢を、突っ込んでくる寄生兵士の顔面へ打ち込む。
「認可完了www」
フィールドが広がるかすかな音。サンロメリア城はたった今から、ヤンのルールの支配下に置かれた。
「ハッ!やっぱり俺が主役ってことじゃねぇか!!」
空間を割り、ジャック・ホワイトの、“剣帝”が発動、巨大な剣が彼の手に。
「太っ腹なルール設定を、ありがとよ!!!」
後方を向いたジャックの大剣が横薙ぎに一閃、背後から攻撃しようとしていた者達をまとめて、微塵切りにした。
血肉のシャワーが降り注ぐ中を、野見作次郎が低く、駆ける。
「来るがよい、凡愚ども!!」
左右からの触手を、輝く両の拳で弾く。その瞬間、触手が先端から根本まで段階的に炸裂し、最後に敵の頭部を吹っ飛ばした。衝撃波が触手を伝わってゆき、本体を仕留めたのだ。
野見作次郎は拳にほとんど力を込めていないように見えた。さっと撫でただけで、ああなるのか。
あらゆるものを粉砕する、拳。
「行け、行けえぇ!!」
ラガドが狂ったように声を上げる。そこへ、頭上から鋭い斬撃が振り下ろされる。
ラガドは辛うじて後退し回避したが、その頭部に纏う触手がバラバラと千切れて落ちる。
着地し燃える瞳をラガドに向けたのはイリヤさん。
「ラガド……堕ちたな。
魔に身を窶すとは!!」
「黙れイリヤ!
お前には決してわからぬ!
この私の、この私の苦悩が!!」
「戯言を!
貴様の個人的な苦悩に、一体どれだけの人間を巻き込むつもりだ!?」
竜胆玉鋼の剣は宙を滑るように動く。美しい太刀筋が宙に舞う度、血飛沫が上がる。
イリヤさんは怒り狂う刃の暴風だ。
「私は王になるのだ!!
全ての民を、いや、全生物を、我が前に傅かせるのだ!!」
「それも戯言だ!ただの妄言だ!!
何の免罪符にもならない!!
貴様の行いは、決して正当化することの出来ない、悪行でしかない!!」
宣言通り、眼前の敵を全て切り裂いて、女剣士は歩みを進める。
ラガドへと、血の道を斬り拓きながら。
「ねぇ、マスター。
何かかわいいお酒をしーにちょうだい!」
「こんな状況で!?
ちょっと君は気を抜きすぎでは?」
周囲に寄生魔導師による“肉の壁”を生じさせながら古城シコはケイ・ザ・ウェストと談笑していた。
シコのスキルに操られた魔導師は味方であるはずの寄生兵士へ触手を突き刺してコピーを送り込み、同士討ちによって自滅させてゆく。
シコ自身はその中心に立ち安全圏からのんびり戦いの趨勢を眺めていた。女を惚れさせる、などといえば聞こえはいいがその実、女の自由意思を束縛し自らの意思に塗り替えるスキルなのだ。戦闘に応用すればこのようなことが行える。
「そうだね、火炎瓶でも出せれば良かったんだけどね。
それはちょっと無理だから、ここは少しロマンチックなものを」
ケイの右手に黒い液体の満たされたグラスが出現、左手には表面に火がついた同様の液体の入ったショットグラス。
「フレイミングショット、ご存じかな?」
「えー知らなぁい!
何それ?何で燃えてるの?」
「フレイミングショットというのは、火のついたショットグラスをグラスへ落として飲む作法のことだよ。
ちなみにこのカクテルはアイリッシュ・バックドラフトという」
「わっ!オッシャレー!!
さすがバーテンさん!」
「だが僕は少し寝不足かもしれないね。
ここで手が滑って」
火のついたショットグラスが宙に舞った。寄生兵士に当たって小さな火花が散る。
それだけならかわいいものだ。しかし、続けざまにケイはスピリタスの瓶を投げた。
先ほど、処刑人エクスにやったの同じように、可燃性の物質であるアルコールに、火が一気に燃え移る。
小規模な爆発のように火の手が拡がり周辺の寄生兵士を一網打尽にする。暴れだした者達は、近くにいた別の仲間にも火をつけ、自滅の波が加速する。
グラスの酒を飲み干し、ケイは微笑した。
俺は全員の動きをアルコール・コーリングで追っている。この中央大聖堂にいる仲間の行動を並列処理しながら、自身も戦闘を繰り広げている。
矢で次々と兵士を仕留めていく。しかしさすがに敵の物量は多い。俺の手数ではいずれ押し切られる。
「ユーダイ!そこでしゃがめぇ!!」
後方から怒声、ジャックか!
俺の反応は速い。大きく身を沈めた頭上を通り過ぎる、斬撃。
俺に迫っていた連中を一度で、全員両断した。
矢継ぎ早に無数の斬撃が追加され、千々に、細切れに、微塵に、跡形もなく、敵を刻んでゆく。
「今日も俺のキレは最高!
なぁ、相棒」
自分の剣にキスしてやがる。
ほんと、キザな野郎だ。
俺はサムズアップで応えた。
期待通りの、いい仕事をする!
イリヤさんと横並びになり、じりじりと後退していくラガドに対峙する。
「そろそろ、総大将の首を取っときますか?」
「あぁ、頃合いだろう」
「イリヤさん、殺りますか?」
「お前こそ、どうだ?」
「どちらでも」
「私も別に」
「だったら」
拳を、打ち合わせる。
「共に決めるぞ!」
「一緒にやりましょう!」
踏み込みは、二人同時!




