Day.5-15 集結
4:05
外では満を持して救援に駆け付けたシトリが大軍団を率いた戦闘を開始していた。
俺はアルコール・コーリングでそれを観察している。
屍体の兵士は寄生された者達に相性がいいようだ。
もとから死んでいる相手を、寄生魔獣は認識できていない。
そこに何もないかのように突っ込んで、返り討ちにあっている。
恐らくはパラディフェノンは、体温やにおいを感知して寄生先を識別しているのだろう。
生きている人間と屍体とでは、それらの情報は全く異なるはずだ。
故に奴らには、シトリの操る兵は見えない。
シトリは兵達を四方の門へと散開させている。
南門、正面玄関前には桁違いの強さを誇る2体だけを残した。
ここには他にジュークもいる。
盤石の構えと言えるだろう。
マリさんと二人の王子は護衛の兵士に守られながら既に門から外へ退避していた。彼らの安全は確保された。
さぁ、いよいよこれで後詰は完了だ。
外の心配は必要なくなった。
北棟と南棟を繋ぎ、その中心に位置するという中央大聖堂。
俺たちはようやくそこへと辿り着いた。
入口の重厚な扉を開け放つとそこに、圧倒的な光景が広がっていた。
入ってすぐ右手側に長く廊下が伸びており、その最奥部に祈りを捧げるための祭壇が備わっている。
廊下の端から祭壇までの長さは優に100メートルを超えるだろう。廊下の幅も50メートル以上はあろうか。また天井の高さも恐ろしく高く、30メートルくらいはありそうに見えた。
廊下の両側に大理石の巨大な柱が立ち並び、柱の上には長方形の大聖堂を一周できる2階通路が存在する。その2階通路には採光用の巨大なアーチ型窓が等間隔で並んでいる。日中であれば燦燦と日光が降り注ぐのであろう。
今は、支柱に備え付けの燭台からの微弱な灯りだけ。全体を照らすには至らない。
「す、すげぇ……」
思わず、感嘆の声を上げる。
これだけの建造物がすっぽりと城の内部に収まっているのだ。
改めてサンロメリア城の巨大さを思い知らされる。
「どうやら敵はいないようだな」
ヨハネ大将はほっと息をついているようだ。
現在、俺たちは4人。
俺、ヨハネ大将、執事のノルドさん、運よく生き残った一般兵。
俺は周囲にアンテナを張り巡らせているから心配してはいないが、兵士は短剣を構えながら辺りをきょろきょろとして落ち着きがない。このような状況には不慣れなのだろう。
まぁ、こんな死線に慣れているのなんか、極一部の者だけだろうが。
俺もスキルが無かったら今頃、発狂していたかもしれない。
「イリヤさんはまだ到着していないようですね」
「あぁ……だが少し気になったのだが、君はあんな距離でなぜイリヤの声が聞こえたんだね?」
北棟と南棟、おそらく200メートル以上は離れていた。その上、土砂降りの雨。
普通ならどれだけ声を張り上げても相手には届かない。
俺はスキルがあるからこそイリヤさんの中央大聖堂で落ち合おうという言葉がわかったんだ。
「ええ、まぁ……何と言いますか、特別耳が良いっていうか」
「それに弓の扱いに慣れているようだ。
あれほど正確な狙撃を、私はこれまで見た事がない。
どこかの国の射手かね?」
「遠い遠い、国ですよ」
返答に窮し、俺は何とかそれだけを言った。ちょっとヨハネ大将の視線がいたたまれなくなって頭を掻く。
ギイィ……
扉を押し開く音がかすかに鳴った。
敵ではない。それは俺が待ち焦がれた存在だ。
大将達に緊張が走る。
俺はゆっくりと歩き出した。
誰かはわかっている。
そして案の定、女剣士はいつもの凛とした表情で、俺を見つめ返してきた。
「イリヤさん、やはり無事でしたか」
その身を案じることはしなかった。そんな失礼なこと、とてもじゃないが俺なんかにできるわけない。
必ずその人なら、どんな窮地からも脱してくるだろう。
俺はただ、当たり前のことを当たり前に確認するように、言った。
「お前こそ、よくぞ無事にここまでやってこれたな」
「散々な目に遭いましたけどね。
まぁ酒も弓もありましたし」
「マリはどうなった?」
「助け出して、ジュークに頼んで王子たちと一緒に外へ」
「そうか、よくやった」
「残念ながら、俺が救い出せたのは彼らと、ここにいる人達だけです」
身を引いて、イリヤさんから大将たちの姿が見えるようにした。
「イリヤ」
ヨハネ大将の表情に安堵の色。女剣士の存在はそれだけ心強い。
「ヨハネ大将、それに師匠も」
師匠!?
「師匠って、ノルドさん?」
「あぁ」
「うむ」
二人同時に、うなずいた。
あぁ、どうりで強いわけだ。
そしてどうりで、剣筋が似ているわけだ。
「だがイリヤはすぐに私など追い抜いてしまったがな。
私にとっては最後の、そして最高の愛弟子だ」
「ご謙遜を。
まだ錆び付いてはいないでしょう?」
「少し動いたら翌日から一週間は筋肉痛だよ」
師弟は、固く握手を交わした。
そして俺は、イリヤさんの後ろで柱の陰からこそこそ覗いている連中に視線を移した。
イリヤさんはしっかりと自分の仕事をやり遂げている。
「隠れてないで出て来いよ、転移者達!」
声をかけてみた。
「誰だお前?」
不審そうに訊きながら、ジャック・ホワイトが出てきた。
その後ろに続くように全員が姿を見せた。
5人の異世界転移者たち。
俺は彼らの会話を聴いていたから全員の容姿と能力を把握していた。
しかし俺が名前を知らない二人がいる。
やたらとピンクな服装の女の子と、やたらに眼光鋭い老人。
「イリヤさん、こちらの二人は」
「あぁ、古城シコと野見作次郎だな」
うん、古城シコに野見作次郎ね。
ってファンタジー感全く無しのモロ日本人ネームだな。
「シコはいつぞや話したと思うが、女を惚れさせる能力の使い手だ」
こ、この女子が例の……!
よりによって、なぜ女子に与えるのだ神よ。
「私は、この拳が武器だ」
野見作次郎が言いながら右拳を振った。
「え?」
「あらゆるものを一撃で粉砕する拳だ。
ただし、敵の攻撃を喰らえば私が即死だがな、ハハハ」
「いや、笑ってる場合じゃないでしょ!?
めちゃくちゃ制限キツいじゃないですか!」
攻撃を喰らったら即死って。
よく平然としていられるな。背水の陣どころの話ではない。
「敵の攻撃など全て回避すればいいのでは?」
「あ、はい……」
真顔で言われちゃったよ。相当な自信家のようだ。
気を取り直して、こちらの戦力を分析する。
能力に時間的制約があるのはジャックとヤン・ヤンティだけ。
他の者は使い放題だが、野見作次郎はリスキーで、ケイ・ザ・ウェストと古城シコはクセが強い。
イリヤさんとその師匠であるノルドさんは相当な強者だから問題なし。
俺も今は肉体強化とアルコール・コーリングの合わせ技でかなり戦えるようになっている。
ヨハネ大将と兵士はこれから始まる戦いにはついてこられないだろう。彼らを守りながら動かねばならないか。
さて、どうやって迎え撃とうか。
アルコール・コーリングが、敵の接近を捉える。
急速にここへ近づいてくる者達が。
「イリヤさん!そろそろ奴らが来ますよ」
「そうか」
いつもと同じ、素っ気ない返事。
イリヤさんは体中傷だらけになっていた。
胴当ても酷く損傷しているし、顔や髪には乾いた血がベッタリと付着している。
それらは女剣士の戦闘の激しさを雄弁に物語る。
が、結局戦いとなればイリヤさんはどれだけ疲れていようと傷ついていようと、すんなりと覚悟を決めてしまう。日常生活と戦いが、彼女の中ではシームレスなのだ。
「ほら、これを受け取れ」
「うわっ、なんと!」
イリヤさんは矢筒を俺に渡してくれた。これは気の利いた贈り物だ。たっぷりと矢が詰まっている。
古いものを肩から外してその場に置き、新しいものを担ぐ。
「さっきジュークから連絡があってな。
お前に追加の矢を渡してくれと頼まれた。
あいつも忙しいみたいでそれだけ言ってすぐ切られたが」
そうか、ジュークが。
どんどん、気配が集まってくる。
寄生された者達が、俺たちの存在に気付いたか。
いや……そうではないのか。
ラガドが、動いている。
遂に、敵の総大将自らお出ましか。
「全員、ひと塊になれ」
イリヤさんが言った。
俺たちは全員で10人。
対する敵の数、多すぎて把握不能。
皆が背を預けるような形で円陣を組んだ。
「敵は間もなくここへ」
「おいそこの平民、なんでわかるんだよ?」
と、ジャック。
「俺は何でも知ってるんだよ。
例えば“剣帝”のことも」
「おいおい、スパイか何かか!?」
「いや、違うよ。
あんたらと、同じさ」
「同じって、まさか」
会話は、それ以上続かなかった。
2階層の窓をぶち割って、奴らが大聖堂へ。
同時に2つの入り口扉からも、飢える者達がもんどり打って押し寄せてきた。
「ひいぃ!」
兵士がくぐもった悲鳴を上げた。
「うろたえるな!」
叱責するのはイリヤさん。
「私たちはロメール帝国最強の戦士、絶対に負けはしない!」
「いいねぇ……こういう展開。
まさに俺がカッコよく決めるためのお膳立てだ」
ジャックがニヤリとする。
「下らん!
この私の拳をもって、この稚気染みた遊戯に終止符を打ってやろう」
野見作次郎は右拳を固めた。光が、拳を包んでいく。
「んんwwwルールはwwwルールはどうしますかな?www」
ヤンの“論理使い”をどうするかは既に決めてある。いくつかの候補の中から、たぶんこれが最適なんじゃないかというものを。
しかしまだ、使わない。
アイツを、俺は待っている。
俺たちを取り囲んで、寄生された者達は遠巻きに動きを止めた。
「襲ってこない?」
「ヨハネ大将、こいつらは待っているんです」
「待っているだと?」
「自分たちの親玉がやってくるのを、ね」
「これは……誰かが操っているのか!?」
「ええ、じきに、彼がやってきますよ。
そっちの方からね」
俺が指差したのは、大聖堂北門側の入り口だ。
密集する寄生者の波が割れ、男はゆったりとした歩調でやってきた。
もう、見る影もない。
人間だった頃の彼はいない。
俺たちの前に姿を現したものは、顔面から無数の触手を生やし、後頭部の頭髪も全てうねり絡まりあう触手と化していた。
ゆるく持ち上げ広げた両腕も、関節が全て無くなったかのようにぐにゃりと曲がって不気味に脈を打っている。
「あいつは!?
ラガドなのか!?」
イリヤさんはさすがに驚いている様子だ。ヨハネ大将も。
彼とそこまで懇意にしていなかったであろう転移者達は特別な感情を抱いていないようだ。
「お出ましだな、ヴァルト・ラガド!」
俺は弓に矢を番え、憎むべき敵へと向ける。
「君は……一体誰なんだね?」
人間の声で、ラガドが訊いてきた。
こいつだけは、喋れるようだ。
「単なるイリヤの知人ではない、のか。
なぜ、この私に牙を剥くのか。
そんなもので、この私をどうにかできるとでも」
「うるせぇ!」
言葉を遮って、俺は吼えた。
コイツは、コイツだけは……。
「殺す前に一つ訊かせろ。
なぜ、マリさんをあんな目に遭わせた!?」
「マリ?
はて、誰の事だったかな?
……あぁ、あの薄汚い町の、生きる価値もないゴミクズのことか。
まぁしかし、意外なところにおもしろいオモチャが眠っていたものだ。
もう少しいろいろと試してみたかったのだが」
「……もういいや、充分わかった。
お前を手にかけることを躊躇する必要はないみてぇだな。
心置きなく、やれるわけだ!」
「あんな女のことをなぜ庇う?
男に媚びへつらって体で金を稼ぐしか能のない、あってもなくてもどうでもよい生物ではないか」
俺は無言で矢を放った。
一直線に、狙い通りに、ラガドの眉間へ。
だが触手が空中で絡みつき、俺の矢を停止させた。
「これは何だ?
君は……ナンダ?」
イリヤさんへ視線を送る。
俺の後悔、俺の怒り、そして芽生えた俺の闘志……全てを受け取ってイリヤさんは頷く。
許可は、下りた。
「教えてやる。
俺が何者か」
新たな矢を番えながら、俺は睨み付ける。
「クソッタレの寄生虫野郎、よく聴け!!
俺の名は、酒井雄大……なんてことはない、ただの、しょうもない、異世界転移者だ!!!」




