Day.5-14 死を執りし者
3:51
ヴァルト・ラガド、あいつこそが支配株だ。
俺は確信する。全てのパラディフェノンを操っているのは、あの男だ。
階段を駆け下りながら、思考する。
奴の狙いは何だ?
奴はなぜその身に魔物を宿したのか?
初日に立ち戻り、考え直してみる。
ロメール王が隣国であるスカイピア連邦と魔導通信網の技術供与についての秘密会合を行ったその帰り、最も警備が手薄になると言う谷間の道で魔族によって襲撃された。
護衛の魔導師は全滅、王だけは辛うじて秘密裏に同道していたマスキュラさんによって救出された。
イリヤさんやジュークですら聞かされていなかった極秘の会合を把握し、最も効果的なタイミングで襲い、更にそれに合わせて魔導通信網をも妨害せしめた。
襲撃の実行部隊は暗黒魔導師リュケオン、そして王都ロメリアで魔導通信網の妨害に関わっていたのは闇の一族の人間であると思われる。
彼らと繋がり、王の帰路についての情報を漏らしていた者がいる。その者は国家の極秘事項に触れられるほどの地位にあるはず。
俺は初対面の印象からラガドが怪しいと睨んでいたが、イリヤさんはそう考えていなかったらしい。
だがここまでの状況証拠が揃えば最早、疑いようがなくラガドこそが、裏切り者であると断言できる。
強引にマリさんを処刑しようとしていたことも、ただの功名心ではなく、罪を全て擦り付けて真実を隠蔽しようとする意図があったのではないか。
ラガドは、魔族に加担しているのか。
自身に魔を宿すことで、彼らに忠誠を誓おうというのか。
ラガドは権力を得ることに執心しているとイリヤさんは言っていた。
その為にロクス王子を次王の座に担ぎ上げ、自身が後見人として実質的な支配を行うつもりだと。
しかし、権力を求めるのはいいとして、その方法がこれだというのか。
サンロメリア城は言わば国家の心臓部である。そこへ魔物を解き放ち、心臓に風穴を穿つような真似をして、それで覇権を得たことになるのか。
更にはパラディフェノンは城の外にまで勢力を伸ばそうとしている。これでは王都ロメリアそのものが、死の街と化してしまう。後に残るのは闊歩する意思なき屍だけだ。そいつらも、やがて寄生先が無くなれば自滅していく。
それとも世界中の全ての国家を、民を、寄生魔獣に同化することが彼の求める王座の形だとでもいうのか。
おそらく、そうではないのだろう。
ここまでの事態は想定外だったのではないか。
ラガドは、“支配株”の威力を侮っていた。自身の想定を超えて、寄生魔獣は暴れ過ぎた。本来ならそれを制御し統制するはずのラガド自身が最早、自らの意志とパラディフェノンの意思とを混同してしまっているのではないか。
この混沌は、彼の本意ではなかった。
魔族に与するわけではなく、彼は魔物を使って権力を掠め取ろうとし、失敗しただけのことだったのでは?
この推論ならば、イリヤさんがラガドに対して抱いていたイメージにもピタリと合う。
彼は何としても頂点へ、辿り着こうとした。急ぐあまりに、階段から足を踏み外したのだ。
なんてまぁ、色々思ったところでほんとのところなんか、わからないんだけど。
ラガド本人に尋ねるしか方法はない。今でも普通に会話ができるならば、だが。
ここで問題なのは、ラガドこそ裏切り者であり今回の寄生魔獣パラディフェノン事件の黒幕であることを、今ここでヨハネ大将に伝えてしまうかどうか。
いずれは、わかることだ。
今言おうが後で言おうが、それこそ時間の問題である。
この機にしゃべってしまうか。
いや……まだだ。
イリヤさんと合流したらその時に。
それでいい。
そうしよう。
今はただ、
廊下を右に折れた先に、3体。
俺は誰よりも先に角を曲がり、即座に矢を放つ。
連中が反応するより遥かに早く、脳天へ突き刺す。
3発。衝撃にのたうち回る。
「首を!」
執事のノルドさんが剣を携え走る。足取りを乱している寄生兵士達に接触しその間を抜けた直後、血飛沫が舞う。ノルドさんの剣捌きはすさまじい。イリヤさんを彷彿とさせる速度、そして正確さだ。
「ここにはこいつらだけです。
先へ急ぎましょう」
矢は残り10本。心許ない。
しかし、大丈夫だ。
アルコール・コーリングのレーダーに、引っ掛かる姿はない。
既に大半の寄生兵士と寄生魔導師は外へ。
頼むぜ。
外へ聴覚を向けながら、俺はそこに現れた頼もしい助っ人にそっとエールを送る。
3:55
サンロメリア城南門。
正面玄関前。
城の外周を取り囲むように兵士達が盾を構え陣形を作っている。
外壁を伝いおりてくる無数の寄生兵士達に対し、複数名の魔導師が呪文を唱えて撃退している。
ある者は火炎呪文を、ある者は衝撃波を、またある者は魔障壁を練って弾き返す。
魔術があれば一体一体は苦にならない。しかし数が、違いすぎる。
城内には数百人規模の兵士や魔導師がいる。数体倒したところでどうにもならない。
一人、また一人と敵に倒されていく。そして触手の攻撃を受けるということは彼らも、敵へ同化するということだ。
陣形が乱れ、隙間が生じ、乱れてきている。兵士たちの士気も落ちてくる頃だ。
四方に師団長クラスの指揮官が配置され、陣形を堅守させながら魔導師を使った迎撃を続けていたが、どこまで継続できるか。
綻びが生じれば、そこから一気に寄生魔獣が城下町へ溢れ出るだろう。それだけは、絶対に避けなくてはならない。
ジューク・アビスハウンドは、周囲を十数体に囲まれながらため息をついていた。
「知性のない相手は嫌だね、実力差をわかってもらえないから」
ジュークの足元から6個の魔法陣が円周上に展開、迫り来る寄生兵士の足元から雷撃を発生させ肉を千々に吹っ飛ばした。
雷のシャワーに打たれ、一瞬にして群れは掃討される。それでも、頭上からどんどん降ってくる。
正面玄関の前に立ち、ジュークは周囲の敵を一手に引き受けていた。
その代わり他の門へ魔導師を回している。
魔法陣が宙へ、花弁のように展開し極大の光線を放って頭上の敵を焼き払った。
ジュークの魔力は底が知れない。まだまだ余力はあるが、あまりに出力を上げすぎれば城や周囲の人間に影響が出る。
「ジューク様!!」
兵士の悲痛な叫び。
見れば正面玄関を塞いでいた兵士たちが苦悶の表情を浮かべている。
あの扉の向こうに、大量の寄生兵士がいる。
扉へ何度も体当たりをし、外へ出ようとしているのだ。
つっかえ棒程度では防ぎきれなくなるのも時間の問題だろう。
兵士たちが人力で押さえつけているが、それももう限界だ。
扉は構造上、内部からしか錠がかからない。
外部からロックする方法も、その機構も存在しない。
あの扉は、サンロメリア城の一つの顔だ。複雑な意匠に、高価な装飾類。破壊するには惜しいがこの状況ではそうも言っていられない。
「離れなさい!
扉ごと、破壊する!」
ジュークが宙を手で薙いで魔法陣を移動させ、扉へと向けた。
兵士たちは蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出す。巻き添えを喰らえば命がない。
「さぁ、派手にやっちゃうかな!!」
光が魔法陣に収束し始める。
つっかえ棒がひしゃげ、破壊された。
観音開きの巨大な扉が押し開かれ、無数の手が、触手が!
「ジュークさん、その必要はありません!」
鋭い声が、木霊した。
ジュークが振り返る。
寄生兵士が我先にと、駆け出す。
ジュークの左右を謎の存在がすり抜けていく。
「あなたは」
人とも獣ともつかない奇妙な咆哮を上げながら走ってくる兵士どもに向かい、巨漢が、手にした巨大な剣を叩き込んだ。肉がバラバラになって宙を舞う。
もう一人の小柄な男は両手に鉄の鉤爪を装着している。俊敏に動き、すれ違いざまに兵士の肉を抉り、触手を切断し、小さな暴風のように暴れる。
開け放たれた南門から、整列した“軍隊”が入城してきた。
兵士たちの波が割れ、ジュークの視線の先に先頭を行く二人の人物の姿。
「ロメール王!」
「王だ!」
「王が生きていらっしゃるぞ!」
兵士たちが湧いた。
ゆったりとした絹の白衣を纏うロメール王が、柔和な笑みを湛えながら歩いてくる。
ジュークは背後から襲いかかろうとした一体を見もせず、手を振り払って衝撃波で弾き飛ばした。
カマイタチのように静かに激しく、鉤爪の男がジュークの傍へ舞い戻り、接近してくる者達をミキサーかグラインダーのように切り刻んでミンチに変えていく。
王の隣に、漆黒の法衣と漆黒のヴェールを身に着けた女がいた。
「それだけの数、取り揃えるのは大変だったんじゃない?」
ジュークが言った。
「ええ、おかげでこんな時間になっちゃいました」
両手で顔を覆うヴェールをそっとたくし上げる。あどけない少女の顔が、覗いた。
「でもご安心ください。
ここからは、アビスハウンド隊最強の屍体使いシトリ・クローネと、私の不死兵団が引き受けます」
シトリの背後に居並ぶ屍体の兵士、40名。
に加えて先行した2人、かつてロメール帝国最悪の連続殺人鬼と呼ばれた、ジェイソン・ディガーとフレディ・グレイブ。
総勢42名の不死兵団が救援に駆け付けた。
「皆の者、奮起せよ!!
ロメール王と、帝国最強の屍体使いが、皆の味方ぞ!!」
王の声が響き渡り、各所から怒涛の歓声が拡がった。
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