Day.5-13 スピリット・オブ・ワンダー
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イリヤの刺突を浴び、触手が悶えて縮んでいった。突っ込んでくる触手に対して直線的な攻撃による対応、それは針の先同士を触れ合わせるような繊細さと正確さを兼ね備えた絶技である。
「その単調な攻め方で私を倒せると思っているのか」
イリヤに隙はない。単発の攻撃を受けることはあり得ない。
処刑人エクスは無数の触手を次々と放つが、いずれも難なくイリヤに迎撃されていた。
しかし、際限がない。エクスの兜の奥から溢れ出る触手は、どれだけ斬っても突いても、生成され続け終わりがない。
寄生魔獣パラディフェノンは寄生した人間の肉を魔力によって変性させることで自身のコピーを生む。同様の手順で触手も生み出しているわけだが、その生成速度、及び本数は寄生先の肉体的素質に負うところが大きい。
通常の兵士であれば3本程度になろうが、エクスほどの大質量、筋肉量、代謝量であれば10本以上を同時に生やすことが出来る。
このまま触手を斬り続ければ、いずれは終わりが来るのは自明の理である。無限に肉を搭載している人間などいないのだから。
が、それまでに一体何時間かかるのか。悠長な作業を続けていられるほど、イリヤには時間がない。
北棟で戦い続け、パラディフェノンの性質は概ね見抜いている。倒し方もわかっている。そう、イリヤは考えていた。
しかし剣士としてあまりにも高い技量を持つが故、イリヤには見落としていることがある。
パラディフェノンは火に弱いこと。
そして同士討ちによって自滅させられること。
この二点については、イリヤは把握していない。そうする必要が無かったから。剣で首をはねるだけで、事足りていたから。
城内の至るところにある燭台。その上のろうそくの火を利用することに、思い至っていない。
イリヤとエクスの距離、約5メートル。
一足で攻撃可能距離にまで詰めることができる。
しかし厄介な問題がある。触手が撒き散らした粘液が絨毯の大半を汚している。激しい戦闘に伴い、瓦礫も散乱している。
近付かなければ斬れぬイリヤに比べ、エクスはリスクを冒して接近せずとも触手による遠距離攻撃がある。
しかも瓦礫や粘液は踏めば体のバランスを崩し、隙が生まれる。
イリヤのような剣士にとって、技のキレは生命線である。
正しい踏み込みとその後に続く体の捻り、回転を末端へと伝えながら、剣を“振るう”というよりは“抜く”。
その取っ掛かりである踏み込みに、これらの要素はマイナスの影響を及ぼす。
逆にエクスには、粘液も瓦礫もほとんど影響がない。
自身の肉体の他に、触手という独立した攻撃方法を持っているからだ。
時間をかければかけるほど、不利になっていくのはイリヤ。
エクスは処刑をじっくりと進めていけばいい。
「ふぅ……私から行かざるを得ないか」
酒井雄大とは、中央大聖堂で合流することとした。転移者達を連れ、一刻も早くそこへ向かわなければならない。
横なぶりの雨が窓を叩いている。雷鳴が廊下を一瞬、白色へ染め上げた。
影がかかる。
外から窓を覆っている、いくつもの人影。
ベタリ、と。
粘液が窓にかかる。
盛大な音と共にガラスが砕け、寄生兵士達が一斉に侵入してきた。
「くっ、こんな時に!」
いや、これはエクスに呼ばれた者達なのか。
触手などいくら繰り出しても効かないとわかっていたはず。それをあえて繰り返していたのはイリヤを疲れさせる為だけではなく、仲間がやってくるまでの時間を稼ぐ意味合いもあったのか。
左方の窓から雪崩をうって押し寄せる寄生兵士、10体以上。
触手が顔面に迫る前に、イリヤは後退。やり過ごしながら振り向き様、後方の兵士の腹にバックキックを叩き込む。くの字に折れ曲がったそいつの体がダウンするより早く自分に覆い被さろうとしている一体の顎を剣の柄頭でかち上げながら押し、後ろの別の敵にもたれかかるようにして動きを制し、気配を機敏に察して向き直り、直線的に迫り来る触手を3本まとめて下段からの振り上げで切断する。更に返す刀で後ろの1体の頚部を袈裟斬りに捉え殺害。その後ろで怯む2体を1秒もかけず正確無比に処理した。
鮮血を吹き上げ2つの首が宙に舞った。
後方の退路をこれで確保、挟撃を回避し、剣を構えて残りの敵を眼光で射抜く。
イリヤの目はその時、奥の階段から降りてくる魔導師達の姿を捉える。
黒いフードを被って、ゆらゆらと上体を揺らしながら近付いてくる。3体。触手が顔から突き出していた。上の階から追加でやってきた敵か。
ここの二階層上が転移者達のいる区画だ。そちらにも、寄生された者達が群がっているのだろう。その一部が降りてきたか。
「面倒だ!」
言いながら剣を振り、触手を薙ぎ払う。
どんどん湧いてくる雑魚の相手ばかりはしていられない。じわじわと処刑人が近付いてきている。
と、頭上、エクスによって穿たれた大穴の向こうから複数の足音。上階から更なる攻勢か。
視線をそちらへ向けてはいられない。前方から迫る者達へ切っ先を突き付け、一呼吸。疲労感はあるが、動きが鈍る程ではない。
廊下の奥の魔導師達が顔面から触手を伸ばす。
「何っ!?」
あそこから、放つのか?
攻撃が届く届かない以前に、他の者が邪魔をしてイリヤには当てられないはず。
3本の触手は一直線に、エクスへ。
その攻撃が当たる直前に、振り向いたエクスのハルバードが一閃、それらを断ち切った。
仲間割れか!?
いや、理由はすぐにわかった。
目に悪いピンクが、階段を慌ただしく駆け降りてきてイリヤに向かってVサインをして見せた。
「あれは!?」
異世界転移者、古城シコ!
その異能は“優しく愛して”、どんな女でも惚れさせるスキル!
魔導師達を魅了し、寄生魔獣の支配をスキルで上書きして操ったのか。
寄生魔獣は同種を狙わない。だから背後からの裏切りにはまるで興味が無いかのようにイリヤだけを狙ってくる。
しかしエクスだけは別なようだ。戦士としての性か、向けられた敵意を嗅ぎとって、処刑人はハルバードを携え魔導師達と正対した。
イリヤは剣のリーチに入った者を始末しながら、好機を悟った。
エクスが背を向けている。やるなら、今しかない。
「おおっ、これは激しい」
場違いな、呑気な声が頭上。
痩せぎすの転移者は左手に燭台を、右手に酒瓶を2本持って、下の階を覗き込んでいる。エクスがハルバードでぶち開けた穴から見下ろしているのだ。
「ケイ・ザ・ウェスト!
そんなところで何をやっている!?」
彼の真下には処刑人。声に反応してケイを見上げている。
酒を作り出すだけのスキルの男がこんな場所に現れたところで、なにが出来る?
「何って、物見遊山ですよ。
酒でもやりつつ、戦いの趨勢を見守ろうかと。
よろしければお裾分け致しますよ」
そう言ってケイは右掌を開いた。
瓶が自由落下、もちろんその先にはエクス。
緑色のスクリューキャップ、ラベルも白地に緑色の文字。液体は無色透明。
ポーランド原産、現地の言葉で精製アルコールを意味するこのウォッカは、アルコールとしては世界最高の度数である96パーセントを誇る。
2本の瓶が兜に当たり粉々に割れる。液体が撒き散らかされ、処刑人の上半身をしとどに濡らす。
触手が動いた。エクスが攻撃へ移ろうとしている。
その前に、燭台が落下した。ろうそくの頼りない灯が暗闇に筋を描きながらエクスのもとへ。
度数96パーセントというとほとんど純粋なアルコールであり気化したものに小さな火でも触れようものならたちまち、引火する。
スピリタス、ケイが作り出したのはそれだ。
何のためか。
決まっている。
燃やすためだ!
ゴオォッ!
瞬間、エクスの兜が火だるまと化した。
闇に眩く炎が立ち上がり、一気に巨体を駆け降りる!
「グアオォ!!」
獣のような咆哮を発し、エクスがハルバードを振り回した。近くにいた寄生兵士を薙ぎ払い、肉塊へと変えながら悶え、よろける。
スピリタスはこちらの世界には存在しない。だから、絶対にこの展開は予測できない。ケイでなければ、不可能な奇襲。
エクスは燃える頭を抱えふらつきながら、窓へ近付いて行く。
そして勢い余って、そこから身を乗り出して転落した。
鈍い音を数回響かせて、殺戮の申し子は姿を消した。
後に残ったのは数体。イリヤはそれぞれ一撃で始末し、一息ついてから上を見上げた。
「どうでした?」
ケイが微笑している。
「ふん、驚かされたよ」
「ったぁ!今のは俺の策ね!」
ケイに後ろから抱きつきながら、ジャック・ホワイトが大声を出した。
「うまくいっただろ?イリヤ!
少しは俺を見直した?」
「ったく、やかましい奴だ……」
イリヤは耳に指を突っ込んで聞こえないふりをする。
が、前方から駆け寄ってくるピンクのレイヤー。
「イリヤお姉ちゃあああああん!」
猛ダッシュから全力で飛び込んできた古城シコをハグで受け止め、イリヤはその頭を撫でてやった。
「あぁ、お前もよくやった。
うまく敵の気を逸らしてくれたな」
「シコ偉いでしょ?
もっと褒めて!」
「偉い偉い!
だから早く離れてくれ、時間が無い」
「ちぇーっ!」
頬を膨らませてシコが離れる。まるで猫みたいにイリヤになついている。
上の階にヤン・ヤンティと野見作次郎も現れた。どうやら彼らは自らの手で敵を始末したらしい。
当然と言えば当然か、彼らは異能使い、このような雑魚に倒せるほどの器ではない。
「迎えに来たぞ、みんな。
これから仲間と合流し、この城を脱する!」
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