Day.5-10 イリヤと愉快な異世界転移者たち
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サンロメリア城北棟上層階には異世界転移者達専用の居室が用意されていた。
本来そこは各国の来賓が宿泊するための部屋であったが、転移者が発見されて以降、彼らを実質的に軟禁する為の一角と化していた。
城の南棟にも同じようなゲストルームは存在するが、兵士達の寄宿舎としての役割を持つ北棟の方が転移者を警護しやすい、という建前の下、転移者達の動きを逐一監視し自由を制限することで帝国の戦力として囲うというのが、ここに彼らを置いている直接的な理由である。
待遇は、非常に良い。好きな食べ物を好きなだけ、女が欲しければすぐに手配され、服が欲しければいつでも何枚でも支給され、その他必要なもの、やりたいことがあれば可能な限り要望を聞いてもらえる。
それは彼らが帝国にとって貴重な戦力であり、かつ敵対した場合には驚異になり得る存在でもあるからだ。
未知の力を持つ物騒な者達に対し、帝国は大量の飴と少しの鞭で懐柔にかかったわけだ。
「んんwwwこれは参りましたなwww」
“論理使い”ヤン・ヤンティは言葉とは裏腹にさほど深刻でも無さそうだった。彼が言う“参った”とは、この城での贅沢な暮らしがもしかしたら今後出来なくなるかもしれないから嫌だな、という程度のニュアンスの発言だ。
“論理使い”、力場を展開しその中でだけ自身の設定したルールを適用する能力だ。
例えば今、自分と周囲の者達を囲むように力場を展開し、全員を一瞬にして城の外へ連れ出すことも出来る。使い方によってはいかなるピンチをも、簡単に脱することが可能なのだ。だから、ヤンは全く焦っていない。
論理の神“ヤーティ”に与えられたスキル。欠点は3つ。
1つは、一度使用すれば24時間は使用できないという点。感覚的には1日に一回だけ使用できるスキルといったところか。
2つめは、力場を展開する範囲を広げれば広げるほど、効果の持続時間が減ること。一例として挙げれば、王都ロメリア全域を力場下に置けば効果は一分程度しかもたない。
能力の持続時間について具体的な説明をヤーティはしなかったし、ヤンも別に気にしなかった。面積によって厳密に定義されるものなのか、はたまた対象の数も影響してくるのか、細かいことは実際に使っていく中で手探りで理解していくより他ない。
だがまだこれらの欠点は分かりやすくていい。問題となるのは 最後のやつだ。
“論理使い”は使用する際に論理の神ヤーティに“お伺い”をたてる必要がある。これはヤンとヤーティの間でテレパシーのように交わされる通信で、ヤンが提案したルールについてヤーティの許可が下りなければ発動できないのだ。
今回の状況で仮に、サンロメリア城全体を対象にして、力場内の魔物及びそれに寄生された人間全ては消滅する、というルールを設定しようとすると、ヤーティからの許可はまず下りないであろう。
ヤーティいわく、あんまりにもあんまりなルールは“見ている方”が面白くないから、だそうだ。
この制約が最も厄介である。ヤーティはヤンの足掻く様を見て楽しんでいるようなのだ。他にもギャラリーがいるというようなことを言っていたから、多分他の神も一緒になって観戦しているのだろう。
「どうする?ぼちぼち俺らも動き出してみるか?」
“剣帝”ジャック・ホワイトは安楽椅子に腰掛け天井をぼーっと見上げながら、それとなく周囲の反応を窺う発言をしてみる。彼もまた、ヤン同様気楽なものだ。
“剣帝”はあらゆるものを斬る剣を召喚するスキル。剣そのものだけでなく、剣から発生させるかまいたちのような斬擊にも同様の特性を持たせることができる。
更に、剣召喚時はジャック自身の身体能力も大幅に強化される。シンプルでかつ、強力なスキルだ。
ただし制約がかなりキツい。使用限界は1分間。ヤン同様、再使用には24時間を待たなければならない。
この縛りがあるから、ジャックは単身で外へは出れない。スキル発動中はほぼ無敵を誇るジャックだが、1分で城から出るのが不可能である以上どこかで敵に捕まってしまう。
ジャックは転移者達には能力の全てを語っているが帝国には時間の制約について告げていない。自分を高く買ってもらう為だ。スキルがまさか1分しか持続しないなどと、帝国側は思いもしないだろう。
俺は1日1回しか仕事はしないスタンスだ、という体で通している。今のところ、バレてはいない。というか出動する機会そのものがほとんど無かった。
長テーブルを囲む、5人の異世界転移者。
この部屋は“創造酒”ケイ・ザ・ウェストの居室。帝国が最初に“保護”した転移者である。
北棟高層階、取り残された彼らはケイの部屋に集まって会議中だった。
先ほどから扉をガンガン叩いている連中を意にも介さず、どちらかと言えばのんびりした空気の中で、あーでもないこーでもないと平行線を辿る議論を繰り広げている。
要するに皆、いざとなれば戦うつもりでいるのだ。そして戦いになれば自分たちは負けるはずがないと思っている。だから緊張感に乏しいのである。
「誰か迎えに来るでしょう」
ひょろりと背が高い痩せぎすのケイはグラスの中の丸氷をカランと鳴らした。
上質なチェリー・ブランデーにソーダをぶち込み更に氷を入れた冒涜的な飲み方である。
ブランデー本来の味や香りを全く尊重せず、チェイサーよろしく嚥下している。
ケイ・ザ・ウェスト、自分が飲んだことのある酒ならば何でも生み出すことの出来る“創造酒”を使う異世界転移者だ。
酒そのものだけでなく、グラスや割り材、シェイカーにマドラー、果てはオリーブなど酒にまつわる物なら何でも生み出せる。
作り出した酒は一定時間で消失するが、それまでの間は誰でも飲用できるし、体内に取り込めば普通に酒を飲んでいるのと変わらない酔いを体験できる。
ケイのブランデーの粗雑な飲み方も、酒を無限に生成できるが故だ。遠慮する必要も財布を気にすることもない。
が、それだけだ。戦闘には一切役立たない。創造の神は彼に何を思ってこんなスキルを与えたのだろうか。
武器や魔法なんかを創造できたらどれだけ良かったことか。最初のうちはケイもそんな風に嘆いていたが、実際に異世界で暮らしてみるとこれが存外に快適であり、スキルのことで悩みはしなくなった。
元の世界での職業はバーテンダー。酒は趣味であり実益でもある。
こちらの世界には見たことも無い酒がたくさんあるので、毎日新鮮な気持ちで勉強できる。
能力をより充実させるべく城下町の酒屋の商品を買い占めさせたり、一日中酒のブレンドを思案したり、また異世界の肴を追い求めたり、楽しくものんびりと暮らしている。
が、今日城に迫っている危機はもしかしたらケイの快適な暮らしに水を差すかもしれない。
「んもぅ、しーは厭きた!
外はずっと雨だし」
古城シコは口を尖らせながら甘ったるい口調で不平を漏らす。
ピンクベージュのセミロング、軽くカールさせた髪。ガーリーなルックスの中で目立つのはやや厚ぼったい唇。くすんだピンクのプードルファーコート。その下に白シャツ。シャツのど真ん中に描かれている牙を剥いた猫の柄は二つの派手に主張する隆起によって引っ張られて歪んでいる。レースのピンク色のショーパンからなめらかな質感の太腿が露わになっていた。足下には茶色ムートンブーツ。
全体的にピンクが際立った甘々コーデの女子はカクテルを飲みながらアームレストをパシパシと叩いた。
古城シコ。22歳。公称18歳。ネット界隈を主戦場に、迫力あるバストと画像加工技術と計算され尽くした扇情的な発言で人気を集める現役コスプレイヤーである。
古城シコという名前ももちろんレイヤーとしての芸名だ。
ジゴロの神より授かりしスキルは“優しく愛して”、どんな女性でも問答無用で惚れさせるという、実に異世界転移めいたスキルだ。だがよりにもよって古城シコにその能力が発現したのが文字通り神の悪戯だった。
異世界転生や異世界転移した男子なら誰もが夢見るハーレムライフ。それを可能とするスキルを何故か女子が手にするというこの皮肉。が、当人はむしろ歓迎していた。古城シコの好みは“かわいい男子”か“かわいい女子”なのである。つまりどっちもイケるわけだ。
「ここへ集まってから、かれこれ二時間。
もう助けは望めまい」
野見作次郎は拳を握り締め、
「そろそろ、外で野放図に暴れまわる凡愚どもに鉄拳制裁を喰らわしに行くべきだろう」
そう言った彼の拳が光を帯びて輝きだした。拳の神から与えられたスキル、“拳の一撃で決める”だ。
野見作次郎の拳はスキルの恩恵により万物を一撃で粉砕できる。ガード不能、魔術も無効、回避以外に生き残る術はない。スキルが宿るのは右手だけ。それによる攻撃だけ。具体的には手首より先のみ。
野見作次郎、年齢不詳、相当高齢であるのは顔に刻まれた深い皺から推測できる。
上質なシルク、ダークネイビーカラーでストライプ地のスーツを着用している様はやり手の営業マンのようである。
実際の彼の職業は大学教授、訳あって普段は偽名を名乗っている。
異世界転移はその時点での恰好のまま実行される。
ということで酒井雄大は裸踊りの最中だったから全裸転移になったし、古城シコや野見作次郎は上記のような服装になったわけだ。
ジャック、ヤン、ケイについては平服で転移したが、こちらの世界の服を貸与されたのでそれに着替えている。
ちなみにだが、この場にいる5人全員、日本人だ。
野見作次郎を除く4人はこちらの世界では偽名を名乗っている。せっかくの異世界生活なのでそれっぽい名前にしようというケイの提案によるものだ。
野見作次郎は向こうの世界では日常的に偽名で暮らしていた為、こっちでは逆に本名で通したいという事で真の名を使っている。
更に言えば、神のオプションでジャックとヤンについては顔も本来のモンゴロイド的なものからコーカソイド様へと“整形”してもらっていた。
以上、ロメール帝国にて発見されてサンロメリア城に囲われている5人の異世界転移者達である。
「あんた、ケンカっ早いのは損だぜ?
自分のスキルの欠点を考えてみなよ」
ジャックが言う。
野見作次郎のスキルに使用制限は無い。いつでも、いかなる時でも、無限に使用し続けられる。
その代わりに野見作次郎には弱点があった。“拳の一撃で決める”使用中はどんなささいな攻撃であっても喰らえば即死。そう、即死なのだ。
背水の陣と呼ぼうにもあまりに厳しすぎる条件である。今回のような四方八方より敵が襲来するケースでは、不意に攻撃を受けてしまう事態も充分考えられる。その、事故のような当たり1発で野見作次郎は死ぬ。
「ふん、全て避ければいいだけのこと。
避けきってこの拳で、一撃だ」
ぶん、と宙で拳を振る。
まるでイリヤが言いそうなセリフだ。だがイリヤですら被弾はする。野見作次郎は軽めの被弾もできない。
「出来りゃあいいけどよ。
だが、あの扉をあんたが開けちまったらどの道、俺達全員が戦わざるを得なくなる。
俺もスキル発動中はほぼ無敵だが、なにせ制約がキツい」
「我が何かルールを設定いたしましょうかなwww」
「ヤーティ、お前は最後の手段だよ。
敵に押されて逃げられなくなったら、転送してもらう」
彼らは基本的に、戦う前提で話をしている。
別にさっさと逃げ出してもいいのだが、この城でのリッチな暮らしにすっかり慣れてしまった彼らには少なからず、ここへの愛着や執着という心根が芽生えていた。
「しーはいざとなったら後ろでバッチリ応援するし!」
「応援かよ。
まぁお前はしゃあないか」
その時、どこかで爆破音が鳴った。
全員が窓の方を向く。
あれは……南棟か。
高層階から煙が上がっているのがわかる。
3:30
酒井雄大がヨハネ・ドミナトゥスの部屋の扉を爆破した時刻。
北棟、異世界転移者たちのもとへと急ぐ者がいた。
プラチナブロンドの髪をなびかせ、女剣士は階段を駆け上がる。
美しい顔にこびりついて固まっているのは返り血。
あまりにも多くの仲間を斬った。
他に手は無かったとは言え、罪の意識はある。
また、背負うべき業が増えたな。
イリヤがそんなことを思った時、爆発は起こった。
南棟高層階、位置的にはヨハネの部屋だろうか。
誰か魔導師の仕業か。
向こうでも戦闘は続いているのだなと、イリヤは足を止めそちらへ注視してみた。
煙の中に人の陰。
窓へと近づいてくる。
そして……
「生きていたか……」
イリヤは呟いた。
酒井雄大が、元気そうな姿でこちらへ両手を振っていた。




