Day.5-9 反撃の嚆矢
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「よし、それじゃあ行きましょ」
いつものゴスロリファッションになったジュークが扉を開けて外へ出てきた。
そして俺たちを見回す。
マリさんと、目が合った。
「……この女は何?」
ジュークの声のトーンが急に下がった。
ん?あれれ?
「マリさんだけど?」
「なんで外に連れ出してるの?」
「疑いが晴れたから」
「何だい?アタシに何か文句でもあるのかい?」
やや険のある声でマリさんが尋ねる。
ん?こっちもなんか怒ってる?
「容疑者が、どうして自由になってるのかなって」
「今の話聞いてなかったの?
疑いが晴れたって」
「あのね豚さん、女をそう簡単に信用しちゃダメだよ。
特にこういう商売の女はね」
「え?はぁ……」
「アタシの商売がどうしたって?お嬢ちゃん」
「別に」
「おい、何剣呑な感じになってんだよ」
と、ソラリオ王子。
「お、おう、そうだぞ。
二人とも、言い争ってる場合じゃないぞ!」
「別に、言い争ってなんかないんだけど!
誤解が解けて良かったねオバサン」
「お気遣いどうも、洟垂れ小娘」
うん、やっぱり合わないんだねこの二人。
人間誰しも、うまくいかない相手というのがいるものだ。特に理由はなくとも本能的な部分で相性が良くない組み合わせは往々にしてある。
「で、王子たちは何で甕なんか持ってるの?」
「持たされてるんだよ、人使い荒いぜ」
「僕らは王子なんだけどね」
二人して俺に非難の視線。思わず頭をボリボリ掻く。
「いやぁ、この後必要になるかもなって」
「私と一緒に行動してたら絶対安全だよ。
パラディフェノン如き、お話にならないよ」
それは間違いない。けど、俺はそういう仕事をジュークに頼みたいのではない。
「いや、違うんだよ。
ジュークには、この3人を安全に外まで誘導してもらいたい」
「ええっ!?
てことは豚さん一人で、戦う気!?
そもそも豚さんの能力は戦闘向きじゃないでしょ!?」
「おい、能力って何だ?
こいつ、一体何者……まさか!」
ソラリオ王子は、はっとして俺の顔を見た。
王子ならば、“そういう者達”が存在するのは知っているだろう。
異世界転移者。
いずれも何らかの特殊なスキルを神から与えられた、帝国にとっての不確定分子。
この期に及んで、隠しても仕方がない。
俺はジュークと顔を見合わせる。
ジュークは、小さく頷いて首肯した。
「黙っていて申し訳ありません、王子。
ご推察の通り、俺は異世界転移者です。
イリヤさんから口止めされていまして」
「イリヤから?」
「はい、というのも俺の能力はちょっと特殊で。
アルコール・コーリング、“酔えば酔うほど地獄耳”になるスキルです」
「はぁ!?なんだそれ」
「酒が回ると俺は様々な音や声を自由自在に聴くことができるようになるんです。
具体的には説明する時間もありませんので割愛しますが、そういうことです」
「だから豚さんは、戦闘要員としては向いてないの」
「けど昨日の戦いでスキルの新しい使い方を学んだ。
弓があれば、俺は絶対に的を外さない射手になれる」
「それはいいけど、矢も無限にあるわけじゃないよ。
そこの矢筒にあるのが全てでしょ?」
「あと、えーっと、18本」
「敵の数がどれだけいるか知らないけど、この城全体に感染が拡がっているなら数百体は相手しないといけないよ」
そう、弾不足は深刻だ。
「武器庫の場所とか、わかる?」
「北棟だよ」
やはりそうか。ならばそこへ向かうのは遠回りになりすぎる。
「今現在、イリヤさんは北棟にいる。
戦いながら上層階へ移動中だ。
なんでかわかるか?」
「北棟の上層階?
あそこには……ああ、そうか!」
俺は移動しながらこっそりアルコール・コーリングを飛ばしていた。
あいつらの姿なら、一度確認している。
ジャック・ホワイト及びヤン・ヤンティ。
「異世界転移者!」
「イリヤさんはあいつらと合流するつもりだ」
転移者達とイリヤさんが合わされば、もう向こうは絶対安全だ。
だから俺はこっちの棟の事だけを気にすればいい。
「ジューク、王子たちとマリさんを、頼む」
「いいけど、豚さんは何をするの!?」
「決まってる、“支配株”とやらを見つけ出してぶっ叩く!」
「恰好つけちゃって!
なんでそう自信満々なんだろね」
「酒を飲んだからかな。
あと、ジュークにもう一つ頼みたいことは、城から町へと向かおうとしているパラディフェノンを片っ端からやっつけて欲しい。
もう既に壁伝いに奴らは下り始めている。
ジュークぐらいの魔導師じゃないと、この仕事は任せられない」
敵を一匹たちとも逃がしてはならない。だからこそ、地上へジュークを下ろさなくては。
「うん、わかったよ」
ジュークはそう言って、空中をさっと右手で払った。何もない空間から、二枚の紙切れがヒラヒラと落ちてきた。
ジュークはそれらを掌に落とし、俺に示した。
「心配だから、ちょっとだけ補助するよ」
二枚の呪符。
そのうち一枚をつまみ上げ、ふっと息を吹きかけた。青白い炎が発生して呪符を包む。
「肉体強化魔法、一時的にあなたの身体能力を引き上げるね」
ジュークは言いながら燃える呪符を俺に向かって放った。
俺の胸に札が触れた瞬間、炎はパッと燃え上がって消えた。
そして俺の心臓が大きくドクンと音を鳴らした。
一瞬、息が詰まった。
肺に溜まっていた空気が口から外へとたたき出されるような感覚。
その刹那、体中から火が噴出しそうなほどの熱量が俺を襲った。
これが……肉体強化!?
すげぇ、めっちゃ効く精力剤を飲んだ直後みたい!!
「効果は一時間くらいしか持続しないよ、深追いはしないように。
それともう一枚は爆発魔法を使う為の札だよ。
もう術は起動させてあるから余計な呪文の詠唱はいらないよ」
呪符はひらひらと空中を漂い俺が差し伸べた掌の上に舞い降りた。
「使用許可はあなたしか出せない。
私がそう設定した。
使う時はただ、心の中ではっきりと念じるだけ。
爆破せよ、と」
「おお!!そいつはいい!!
魔法って一度使ってみたかったんだよね」
「気を付けてよ、威力は結構あるから。
もしこの廊下で使った場合、私たち全員吹っ飛ばして壁に穴くらいは開いちゃうだろうね」
ならばボス戦に取っておくのも悪くない。
“支配株”、待っていろよ。
「ありがとう、ジューク。
恩に着るよ」
「いいよ、ここから一番大変なのはあなただろうし。
あ、それと!」
何か思い付いたようにジュークは一度部屋へ引っ込んでから、すぐまた戻ってきた。
「これくらいしかないけど」
小ぶりな酒瓶だった。350ミリリットルくらいか。
ジュークが瓶を俺の胸にそっと押し付けた。
「無茶しないでよ。
どうしようもなくなったら、逃げたらいいからね」
「あぁ、わかってるよ。
無理はしない。
だってまだ、こっちに来て5日しか経ってないんだぜ。
もっともっと、異世界を堪能したいよ」
瓶を受け取りながら、俺は言う。
「そうだね」
ジュークは破顔した。
「さて、じゃあそういうことだから」
俺は全員の顔を今一度見回した。
「ねぇ、あんたがやらなきゃいけないことなのかい?」
マリさんは俺の身を案じてくれているようだ。その気持ちだけで、十分に嬉しい。
「俺の能力で無ければ、出来ないことです」
アルコール・コーリングが最も活かされる場面は索敵だ。
それに今日は土砂降りの雨、反響音を聴くには最高の環境でもある。
「絶対に、死なないで……」
「はい」
俺は、死なない。
こんなところで、死ねるものか。
北棟で、死力を尽くして孤独に戦うイリヤさんのことを、想った。
俺も負けてはいられない。
ジュークの魔術のおかげで全身に力が漲っているし、リュザードゥメィンの酒のせいか、アルコール・コーリングも非常にいい状態をキープできている。
「もう、行くよ。
みんな、手をつないでね」
ジュークの手が空間を薙ぐ。窓ガラスが派手な音を立てて割れ、破片が外へ吹っ飛んだ。
いつの間にかその右手に傘を持っている。
ジュークの伸ばした左手をソラリオ王子が掴んだ。ソラリオ王子とロクス王子、ロクス王子とマリさんがそれぞれ手を繋いでいる。
「固定!」
ジュークの声に、全員の体がビクンと震えた。
「うわ!手が離れないじゃない!?」
「静電気だよ」
驚きの声をあげたマリさんに対し、さも当然のようにジュークは返す。
王子たちは特に驚いていないようなので、ジュークがよくやっていることなのだろう。
「じゃ、全員引っ張って、これから空中散歩に出発ー!」
ジュークは窓の桟に足をかけ、躊躇なく外の世界へ飛び出した。
それに伴い3人の体は引っ張られ宙へ浮かんで飛ぶ。
傘が開かれ、まるでパラシュートのようにして縦一列に繋がったジューク達をゆっくり降下させていく。
あの傘も魔術によって操作されているんだろう。
魔術ってのはほんと、なんでもアリだな。
まぁあんなカジュアルに使いまくれるのは多分、ジュークだけだろうけど。
それとここの世界の人達、高所から飛び降りすぎだろ……。
さて、一人きりになった。
俺の足下には2つの甕と燭台。
手に弓と酒、背中に担ぐは矢筒。
ズボンのポケットに呪符。
さてアルコール・コーリングだ。
実はさっきから気になっていた音がある。
甕を小脇に、燭台を手に外の渡り廊下へ出る。走って向こうへと滑り込み、音の出どころをサーチ。
階段を2階層分上った先に、人の密集する気配。奴らだ。
固まって必死になって部屋の扉へ群がっているようだ。奴らがそうしているということは、誰か生き残りがそこに取り残されているということだろう。
助けに向かう。
階段を駆け上がり、目的の場所へ近づく。
やがて視線の先に、大勢の寄生兵士や規制魔導師が固まっている光景が。
アルコール・コーリング、奴らが壊そうとしている扉の奥へ。
ミシィ!
俺がサーチしようとした瞬間、扉が破壊される音が響く。
奴らが、群がる。触手を使って中の者達へ攻撃を仕掛けているのだろう。
扉が壊れたことで俺の聴覚は内部の様子をつぶさに聴き取れるようになった。
6人だ。
うち3人が瞬く間に触手にやられた。
ドミナトゥス、という名が聴こえてきた。
イリヤさんから聞いた三大将のうちの一人、ヨハネ・ドミナトゥスの部屋か!
扉が完全に壊される。
もう、一刻の猶予もない。
俺は甕を放り投げていた。
片腕で軽々と、奴らの中心点まで。
腕力が異常に強化されている。
寄生魔導師の頭部にぶつかって割れた甕から油が周囲にこぼれた。
続いて燭台を投げる。
油まみれの魔導師の体を一気に炎が駆け巡る。
間を置かず周辺の者達をも、焼き尽くしていく。
「ヨハネ大将、扉から出来るだけ離れてください!!」
警告を発した。
そして矢じりに呪符を突き刺し、それを番え、狙いを定める。
この間、一秒にも満たない。
炎だけでは、扉を破壊し内部へ侵入したものを排除できない。
爆破し、一気に片付ける!
放たれた矢は一直線に空間を飛び、群れの一体の背へ突き刺さった。
爆破せよ━━━━
声に出さず、しかし決然たる意志を込めて、俺はトリガーを引いた。
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