Day.5-8 酒井雄大の爆発
2:50
ジュークの部屋までは一直線。
弓があれば、俺は戦える。
「大丈夫なのか?
外はあの気色の悪い奴らがわんさかいるんだろ」
「心配ご無用、斬り込み隊長はお任せください」
ご無用と言っても俺のことを何も知らないソラリオ王子は不安そうで、対照的にロクス王子は何を考えているのか表情からは読み取れない。
この二人は顔も全く似ていないし母親が違うのかもしれない。
「ジュークの起こすのが先決ってのはわからなくもないけどさ……」
「平気平気!
さぁさぁ、まいりましょう!」
俺は朗らかに言って、回転扉へと近づいてゆく。これを抜けて、通路の突き当りに外へ通じる渡り廊下があるはず。その先に、ジュークはいる。
回転扉を押す。そこそこの力が必要だ。ソラリオ王子が手伝ってくれる。
回転扉のこすれる音の反響から素早く廊下の様子を察知、2体か。音でこちらに気が付いた様子だ。
2体とも胴体や脚、両腕などには部分的にアーマーを装着しているが頭部は守っていない。これならやりやすそうだ。
半分ほど回転した扉を抜け、廊下で兵士たちとご対面だ。
皮膚を押し上げる、生理的嫌悪感を喚起する触手。
俺たちの存在に気づき、ゆっくりと兵士たちは迫ってくる。だらしなく伸びた舌はもう、寄生生物の生殖管と化している。
「ハロー!」
俺は矢を番える。
アルコール・コーリングから得た音の情報を全身のあらゆる箇所へとフィードバック、最適なタイミングと最適なポイント、そして敵の初動を全て、掌中に置く。
超・聴覚が他の感覚器官をも巻き込んで作動し、ただの一般人である俺を、数段上のステージへと押し上げている。
限りなくクリアな思考、その先に見据えるは━━━━殲滅すべき、敵の姿。
一定距離を近づいたところで2体の兵士がほぼ同時に、舌を持ち上げた。攻撃の予備動作。
「みんな、下がって!」
宙で折れ曲がった舌から粘液が滴り落ち、先端部分が口のように開く。小さな牙が並んでいる。これを突き刺して、自身のコピーを送り込むんだな。
ま、そうはさせないんだが!
矢は放たれた。
狙いをつける時間も必要ない。全てはまるでオートメーションのように、流れるように、さもそういう動きに熟達した歴戦の射手アーチャーのように。
手前にいた兵士が触手の攻撃に移る半秒前に、口腔内へと吸い込まれ喉に矢が突き刺さる。
間を置かず、後ろの1体も同様だ。
くぐもったうめき声とともに2体の兵士は上半身を大きく揺らし悶えた。寄生生物に、ダメージが通ったはずだ。伸ばされる寸前だった触手は縮こまり、兵士たちは壁にぶつかり転倒した。
転がり続ける兵士の喉へ、無慈悲な矢を2発打ち込む。これがトドメとなった。
寄生された兵士は数度痙攣を繰り返した後、すぐに動きを止めた。
「やはり喉だ」
「お前……何なんだよ。
相当弓を扱い慣れてるじゃないか」
実際にはスキルによる補助なしでは無理な技だが、これで王子達も俺を信用してくれたことだろう。デモンストレーションとしては成功だったかな。
「俺はただの一般人です」
釈然としない顔を返された。言っても大丈夫な許可が出ればいくらでも本当のことを喋るんだがな。俺の情報解禁はいつになることやら。
会話に時間を費やしている場合でもないのでさっさと廊下を進む。アルコール・コーリングのアンテナが今の戦いで生じた音を聞き付けた者達の近寄ってくる気配を拾っている。
どん突きの扉に手をかけ、薄く開く。外はどしゃ降り、敵はいない。
手で他の者を制し、まず俺が一人で駆ける。雨を防ぐ屋根などない渡り廊下だ。当然びしょ濡れになる。
渡り廊下の中程で立ち止まり、アルコール・コーリングを周囲へ拡げる。そして恐るべき事実に目を向ける。
奴らは窓を割って次々と外へ、城下町へと降りていこうとしていた。ということは、城の内部の制圧はほぼ終わったと考えていいのか。
奴らに高度な知性がないのは、行動を観察していればわかること。奴らの目的は繁殖のみ、触手を突き刺し、コピーを増やす。
触手をうまく使って城の壁面を危なげなく下りてゆく。それを認識しているからと言って俺に何ができるわけでもない。俺のスキルは、聴こえるだけだ。聴こえて、ちょっと自分の体をうまく扱えるようになるだけ。遠距離の相手への攻撃手段として弓は扱えるが、射線にいない相手への攻撃方法は皆無だ。
それ故に急務なのはやはり、ジュークを、眠れるお姫様……と呼ぶにはやや邪悪すぎる彼女を起こしにいくことだ。
そしてもう一つ、この城へと近づいてくる“軍団”が早く到着してくれれば……。
シトリ・クローネ。
アビスハウンド隊が誇る天才屍体使いがもうすぐこちらへ。
俺の周囲に敵はいない。安全だ。
向こう側の扉までたどり着き、押し開く。そこもクリア。敵はいない。
「こちらへ!!」
俺の合図とともに3人が走ってくる。俺は扉を開けて待機。
甕はそこそこ重たいのでソラリオ王子とロクス王子はふらつきながら歩いてくる。
真っ先にこっちへやってきたのはマリさん。背を丸めて燭台の火を消さないように体でカバーしてくれている。
「王子たち、早く!!」
「ちょい、重いよこれ!」
ソラリオ王子がひぃひぃ言いながらやってきた。ロクス王子もしんどそうだ。そうだよな、この二人まだまだ少年なのだった。
俺は一目散にジュークの部屋へ走り、扉を勢いよくノックする。
そしてノブを回してみる。施錠されていて開かない。
「おーい、起きろ!!起きろ!!起きろーーーーー!!!」
叫んで叫んで絶叫した。いくら寝つきがよくてもここまでやったら起きるだろう。
アルコール・コーリング、どうだ?
ベッドの上で寝がえりをうっている。
枕に両腕で抱き着いて、「うーん」と寝言を。
まだ、起きないか……。
もっと大きな物音を立てられる方法は……。
その時、
「誰ぁれ?」
ジュークの声。
ようやくお目覚めか!
「ジューク、すまねぇ、お前のお気に入りの豚さんだけど!」
「えぇー豚に知り合いはいないよぉ」
「違う違う、盗み聞きと酒が趣味の……」
おいおい、我ながらすごい説明だな。でも本名は王子たちの前ではとても言えない。あとキアヌ・リーブスはジュークには伝わらない名前だし。
「あぁ、そっちの豚さんね。
こんな時間にどうしたのー?」
「城が大変なんだ、ホマス見てみろよ、たぶんめっちゃ着信来てると思うぞ!!」
「えぇー?
……うわ!イリヤにヨハネにユリウス、あとシトリも!!
何これ、どうなってるの?」
「とりあえず開けてくれ」
「でも私まだ、髪のセットもお化粧もしてないし……服もネグリジェ一枚だよぉ」
「うん、もう見えてるよ」
アルコール・コーリングはジュークの現在の姿まで鮮明に俺に教えてくれている。
薄ピンクのネグリジェの肩紐が片方外れてるのも、俺は知っている。髪の毛がボサボサなのも。でもすっぴんも相当かわいいのは今日初めて知った。……それどころじゃないか。
「エッチ!!
エロ豚!!」
「とにかく、ヤバいんだよ!!
城のほとんどの兵士が魔物に寄生されてる!!」
「寄生ー?」
鍵が、外された。
扉を開いて眠たそうな顔のジュークが現れた。
「もはや、サンロメリア城は魔物の巣だ。
人間に寄生する魔物、知らない?」
「たくさんいるけど、ソイツどんな奴?」
「触手を伸ばして人間に突き刺して、仲間を増やしてるんだ。
寄生されたら顔中が触手だらけに」
「寄生魔獣パラディフェノン。
多分それだね。
……あら王子、おはよう」
ジュークは俺の後ろにいる二人の王子に気が付いたらしい。だが大きなあくびをしながら、のんびり背伸びを始める。
「ジューク、こいつの言ってることは本当だ。
オレとロクスも襲われた」
「よくぞご無事で、王子。
この豚さんが助けてくれたのかなぁ」
王子たちは無言で頷く。ナイス!
「そっか、やるねぇ豚さん。
そいじゃ私も働くとしますかね」
「その前に寄生魔獣パラディフェノンについて知ってることを教えてほしい。
倒し方ならだいたいわかったんだが、どうやって発生したのかがわからない」
そう、なぜ連中はいともたやすく城内へ侵入できたのか。
あんな目立つ姿をしていたら、こっそり紛れ込むのは不可能。絶対に門番に見咎められたはずだ。
城の内部で突如、発生したとしか考えられない。
俺が一匹目と遭遇したのは0時。これとほぼ同時刻にイリヤさんも遭遇していると考えられる。
それからイリヤさんは敵を追って北棟へ向かったのだろう。そこにも奴らは大勢いた。
感染の速度が、おかしい。
なぜ誰も気づかなかった。
どうやってあんな、ロクに知性も持たない奴らが城中へ蔓延できたのだ。
「親がいるはずだよ。
“支配株”とか言われているね」
「親?」
「パラディフェノンは“支配株”の命令によって動く、働きアリみたいな存在なわけ。
つまり女王アリが城のどこかにいるんだよ」
「その女王アリってのは、賢いのか?」
「人間に同化しているからね、見た目はほとんど人間のままだよ。
知能も、その人間に準じる。
あと今日は土砂降りでしょ?
パラディフェノンの活動が活発になるのは、雨の日なの。
理由はよくわかってないけどね」
“支配株”か……。
そいつが、どこかに隠れているのか。
突如城内にパラディフェノンが広まったのは、そいつの仕業か。
「その“支配株”を倒せば、他の連中はどうなる?
一斉に活動を停止したりするのか?」
「ううん、それは無いよ。
命令が無くなったら各自勝手に動くだけ」
「ならどのみち殲滅しないとダメか」
「その為に私を起こしに来たんでしょ」
ジュークは肩紐をかけなおし、扉を一度閉じた。
クローゼットを開けているようだ。
「服を着るね」
扉越しの声。
「あぁ」
「ネグリジェ、脱ぐからね」
「あぁ」
「覗かないでよ、あと能力で盗み聴きも禁止だよわかってるだろうけど」
「オッケー」
とは言っても見えちゃうんだよなぁ。無意識に音が流れ込んできて無意識にビジュアルイメージが喚起されるのだ。そう、これは無意識なのだ、どうしようもない。どうしようも、グフフ。




