Day.1-8 魔導師の少女
俺の最強幻想は脆くも崩れ去った。イリヤさん曰く、LV:99はちょっとした街の腕自慢くらいの実力らしい。素人同士の喧嘩ならまだそこそこ戦えるが、さっきのギョビュルリンのような魔物には全く敵わない程度だと。
あれ?異世界転移って何だっけ?
もっとこう……強くてニューゲームみたいなやつでは?
まぁいい、気を取り直そう。
きっと俺には隠されたとんでもない能力があるはずだ、あるに違いない。
荘厳な赤レンガ造りの城門のアーチを抜け、いよいよ馬車はロメール帝国の王都ロメリアに入った。王の居住するサンロメリア城を中心とする東西南北へまっすぐ伸びる大通りと、それを取り囲むようにして建てられた無数の住居、商店、公共施設。
俺がいた現実世界でもたとえばヨーロッパの国々に見られるような、石とレンガの織り成す“絵になる”街の風景がそこにはあった。
しかし一つだけ異なる点があるとすれば……。
「あの、空に浮かんでいる石は何なんですか?」
俺は訊いた。
無数の光る小石が、建物の上にプカプカと浮かんでいる。時折、それらの石は強く光ったり、光が消えたりしている。
「魔導石だ。現在では主にホマスを使った通信網に活用されている」
ああ、なるほど。こっちでいうところの電波塔なわけか。だが浮かんだり沈んだり不安定な動きをしているが、あんな石が何かの拍子に降ってきたら危なくないのだろうか。
「ふん、危険はないのか、という顔をしているな?」
イリヤさんに、内心を見透かされた。
「ええ、なんだか危なっかしい気が」
「全ての魔導石は王都ロメリアの北部に位置する魔導通信網管理所で多くの魔導師によって不眠不休で管理されている。
何か問題が起こっても、すぐさま対処することができる」
「ふ、不眠不休!!?」
これはあれだ……ブラック企業案件!!
不眠不休って……。いまどき日本でもそんなに無いぞ。ま、でもゼロじゃなさそうなところが日本のブラックなところだがな!
「案ずるな、魔導石は基本的には自動で動いている。
管理所の魔導師たちも年中監視に張り付いているわけじゃない。
管理所は同時に魔導師たちの研究施設の側面も持っている。
彼らは魔導石の管理と共に新たな魔術の研究に勤しみ、見識を深め、次世代の魔導師も育成も行っている」
職業訓練校、みたいなところってことか。しかし休む時間はありそうで何よりだ。
「まずはサンロメリア城へ向かう。
そこでロメール王と謁見し、お前のことを話さねばならない。
異世界からの来訪者は場合によっては帝国にとっての脅威となり得るからな」
それは、その通りだろう。未知の力を行為する得体のしれない存在。そんなものを領内で野放しにしておくのはいささか危険だ。
今回、偶然にも俺が転移した場所にイリヤさんみたいな強い剣士が派遣されていた事はラッキーだったのだろう。
まぁ俺の能力は本当に大したものではないが、これでもし俺のスキルは強力な闇の魔法、とかだったら事態はまるで違ったものになっていたかもしれない。
「強力な闇の魔法って……」
自分で考えといてそのあまりの厨二病感に苦笑。闇の魔法、って。
「強力な闇の魔法だ!」
「うわっ!!?」
どこからともなく、俺の独り言をオウム返しする声がいきなり聞こえて俺は心底驚いた。
しかも馬車の荷台の中に黒い煙が充満し始めたのだ。
「何だ!?……何が起こって」
「落ち着け、お前」
イリヤさんの姿は全く見えないが彼女はすごく冷静なようだ。敵襲とかではないのだろうか。
あと、かたくなに俺の名前を呼んでくれない。そんなに、俺信用ないかなぁ。
黒煙は徐々に収束を始め、やがてそれは一つの形となった。
イリヤさんの隣に、小柄な少女がその姿を現した。
全身を黒を基調としたゴスロリ服で包んで、頭にいかにも魔女っぽいとんがった帽子を被った女の子が悪戯っぽく歯を見せて笑っていた。