Day.5-7 酒井雄大の奇策
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「よくオレ達が隠れているのがわかったな……キアヌ」
ソラリオ王子は感心している様子だった。
あ、ちなみにここでは俺はキアヌ・リーブスである。
もうなんかこっちの世界ではこの名前で通してもいいような気がしてきた。
軽くお互いの自己紹介が済んだところだ。
ソラリオ王子とは初対面だがロクス王子とは昨日王立図書館で会っている。俺の顔を覚えてくれていたみたいだ。なので会話はスムーズに進んだ。
マリさんについても手早く説明しておいた。不老不死の能力のところはさすがに省いたが。
ラガドがしょうもない功名心からマリさんを拘束し激しい拷問にかけていたことは、非常に簡略化して伝えた。
マリさんのボロボロの服が事実を雄弁に物語っているから、二人の王子には詳細を伏せても充分伝わった様子だった。
ただ、拷問に晒された割にマリさんの体に傷一つついていない点はうまくスルーしてくれたようだ。
ここを突っ込まれるとマリさんの特性について説明しなくてはならなくなる。それをすると何かと差し障りがあるかもしれない。
「俺は耳がいいんで」
俺についてはロクス王子からイリヤさんの知り合いだと紹介されていた。
まぁその際に「このみすぼらしい身なりの男はイリヤの知人だよ」という酷い紹介のされ方をしたわけだが。ほんと、可愛げのない王子だよ。
「ところで城の現状を教えてくれよ。
オレ達を襲ったあの魔物は一体何なんだ?
城の連中は無事なんだろうな?」
「あの魔物は人間に寄生してどんどん仲間を増やしています。
被害は時間を追うごとに拡がっていて、今はもう、城全体に奴らが存在しています」
「何だと!?
おいおい、鉄壁の守りを誇っているはずなんじゃねぇの?
サンロメリア城ってのは」
そう、誰もがそんな風に考えていたはずだった。
だが実際には、内部からの攻撃に対して城の防衛機構はほとんど機能しなかったのだ。
敵は静かに内部へ忍び込み、一気に悪意を拡散させた。
「兄さん、やっぱりラガドには繋がらないね。
何度かけても応答無しだよ」
ロクス王子がホマスを叩きながら口を尖らせた。
「ヨハネにもかけてみれば?」
ソラリオ王子がそう言った時、俺のアルコール・コーリングは秘密通路へ通じる回転扉が動く音を聴いた。
それと同時に聴こえたシュルシュルという水っぽい音からして、入ってきたのは奴らだろう。
下の階だ。だがここまでは階段を上がってすぐにやって来れる。
アルコール・コーリングをそちらへ。
黒いローブを着た魔導師らしい若い女が先頭だ。幻術使いなのだろう。人間だった頃の習性か、あるいは俺たちのにおいでも嗅ぎ付けたか、回転扉を開けて仲間をここへ引き込んできやがった。
これではもう、ここに留まってはいられない。
「連中が、こちらへ向かってきます!」
俺は言って、マリさんの手を握る。
「逃げなきゃね」
マリさんは手近に置いてあった燭台を取り上げた。
「どうしてわかる!?」
ソラリオ王子の疑問は尤もだが、いちいち説明している時間もない。
「俺を信じてください。
ソラリオ王子」
「兄さん、何故だか知らないけど、こんな貧民をあのイリヤが知人としてた」
「信用に足る、と考えていいのか?」
「信用してもらうより他、ありません。
でなければ俺達も全員、奴らに取って代わられる」
「……わかった、オレはあんたを信じてみることにする。
ロクスはどうだ?」
「兄さんと同意見だよ。
この男、悪人面してないし」
「では急ぎましょう。
まず、ジューク・アビスハウンドを起こしに」
「寝てるの!?こんな状況で」
「未だ、熟睡中のようです」
「はぁ……凄いね」
10人以上の敵が、この一角へと近づいてくる。
俺の目はふと、壁をくりぬいて作られたスペースへ停まる。そこに液体の注がれた銅製の皿が置かれていて、小さな火が灯っている。
あの液体は……油か!?
俺は近づいて指で液体に触れる。ヌルヌルしている。何らかの植物油だろうか。
「王子、この近くに燃料の油って置いてません?」
「オリーブ油なら調理によく使うから、どっかその辺にあるんじゃねぇの?」
「兄さん、あれじゃない?」
部屋の一角に小ぶりな甕が数個置かれていた。
一度マリさんから手を離し駆け足でそちらへ。蓋をあけると確かにそれは油のようだった。
これは使える。
何しろ今、俺の手元には武器がない。連中を足止めする為には、これに頼るしかない。
一つを小脇に抱え、俺は走った。
火の灯る小皿もつまみ上げて、階段へ。
俺が何をしようとしているのかわかったのだろう、ソラリオ王子がニヤニヤしながら眺めている。
この階へと上がってくる為には、絶対にこの階段を使用しなくてはならない。
今、連中は階段下にいて俺の姿を認め、上がってこようとしている。
彼らも元は人間だ。俺は、そんな彼ら彼女らに対して酷いことをこれから行う。多少なりとも罪悪感はある。
だがやらなければならない。躊躇している暇はない。
「悪く思うなよ」
甕を、真下の床へ叩き付ける。盛大に割れて中のオリーブ油が階段を流れ落ちてゆく。
充分広がったのを確認してから、皿を、落とす。
小さな火は燃料へと燃え移り、一気に、炎の濁流と化して眼下の者達を呑み込む。
俺が急造した炎の階段は、敵を熱烈に歓迎した。
「へぇ、大胆なことするんだなぁ」
ソラリオ王子が俺の肩を叩いて笑う。その笑顔は妙に無邪気だった。
「これでしばらくは足止めできると思います」
俺はそれだけを言った。胸が痛むが、寄生されてしまった人間を助ける術を俺は知らない。
炎が連中を巻いて焼き尽くしてゆく。触手が縮んで、すぐに動きを止める。
まだ燃えていない者達は通行不能になった通路から離れて戻っていった。
火を、避けているようだ。
「王子、どこかに武器はありませんか?」
「武器か、短剣と弓くらいなら持ってるが?」
弓!それは俺が最も聞きたかった言葉だ。
「弓を、お借りしても?」
「お前、平民だろ?
扱えるのか?」
「得意です」
「ほんとか!?
ま、いいや。
オレは剣の方がやりやすいしな」
クローゼットの奥からソラリオ王子が短剣と弓を引っ張り出してきた。部屋からここへ逃げてくる際に持ってきたものだろう。
「ほらよ」
弓を矢筒を受け取る。矢は20本くらいか。無駄撃ちはできない数だな。
「王子達、申し訳ないんですが、そこの油が入った甕を一個ずつ持ってきてくれませんか。
敵に囲まれそうになったら使うかもしれないので」
「あぁ、まぁそいつはいいけど」
意外と素直に従ってくれる。やはりこの二人もいきなり絶体絶命の状況へ追い込まれて不安なのだろう。道を示してくれる相手を求めているのだ。
俺に、不安はない。アルコール・コーリングが城の状況を確実に正確に伝えてくれる。やるべきことも、はっきりしている。
「マリさんは燭台を」
「うん、火をつけるんだね」
「必要とあらば。
できればこんな立派な城を燃やしたくは無いんですが」
「ねぇあんた、なんか妙に活き活きしてきてない?」
「酒を飲んだんでね」
「そんなに効くのかい?
あの酒」
「酒ならなんでも効くんです」
俺はウィンクを一つして、
「では、眠れる姫を起こしに参りましょう」
号令をかけた。




