Day.5-6 寄生魔獣の倒し方
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何階分上ったのだろう。
俺は遂に目的の場所へと到着した。
幻術使い達の待機室だ。
扉も何もない、ただちょっとしたスペースに机や椅子やクローゼットが置いてあるだけの、待機室というよりも待機場所と言った方が良さそうな一角だった。
壁にどでかく城全体の見取り図が描かれている。
これだ、これさえあればもう道に迷うことはない。
ただ想定外だったのは、ここにも誰一人いなかったことだ。夜中だけど誰か一人くらい待機しているもんだとばかり思っていた。もしかしたら既に……という悪い予想をしてしまう。
「誰もいないねぇ」
マリさんは手に持っていた燭台を机に置き、壁に張られた無数の羊皮紙を眺めている。
定時連絡、申し送り事項、当番表……。
今日の夜の当番のところにも、ちゃんと名前が書かれている。やはり、か。
「マリさん、どこかにお酒ありませんかね?」
「えっ?酒だって!?
こんな時に飲むのかい?」
とまあ、よくある反応である。俺が初めてキアヌ・リーブスになったあの日も(なってはいない)、チコに散々非難されたものだ。
非常時に酒をくれなどという男はアルコール中毒以外の何者でもない。いやぁ、その通り。俺の能力はアルコールに依存する。
「すみません、大事なことなので」
「……程々にしときなよ。
探せばいいんだね?」
「はい、あと何かまともな武器がありませんかね?」
剣や棍棒なんかがあればいいな。いちばん理想的なのは、弓だけど。
「そっちを先に欲しがりなよ」
苦笑いしながら、マリさんは机や壁沿いの棚を探し始める。
俺はというと、城の見取り図とにらめっこだ。
どこへ向かうのが、先決か。
ジュークの部屋か。
誰かお偉いさんのところか。
それともイリヤさんと合流か。
だがアルコール・コーリングの効力を完全に失った今では、音を拾いながら進めない。地図だけが頼りだ。いっそのこと壁からこの地図を剥がして持っていくか。
やはりまず、ジュークの部屋だ。あの魔導師の少女には絶対に起きてもらわないといけない。
ここからジュークの居室まではかなり近い。廊下をまっすぐ進み、外の渡り廊下を抜け、その先の扉のすぐ向こうだ。
ジュークと合流できればかなり安全に城内の探索が出来ると思う。
「ねぇ、あったよ。
あったけど……」
マリさんが透明な瓶に入った液体を両手で抱えて持ってきた。
なんか青みがかっていて、濁っていて、いろいろと浮かんでいるが。
「うわ、瓶になみなみ入ってるじゃないですか!?
それだけあれば大吟醸!もとい大満足!」
が、マリさんのしかめっ面と近付くほどに漂ってくる魚の腐ったような臭いに俺は郷愁を覚える。いや、覚えないか。
初日のことだ。イリヤさんと初対面した時にもらった……。
「リュザードゥメィンの酒じゃないですか!?」
「あら、知ってるのかい?
あの竜鱗族の糞尿を漬け込んで作る消毒殺菌の為の酒だよ」
……糞尿。
そうか、そりゃあ……普通は飲むわけねぇな。てか飲む前に聞きたくなかったな、その事実。
あのプカプカ浮かんでる物体が何か、想像してしまう。
「これって、飲用したらどうなるんでしょう?」
「あぁー、たまに聞く話だねぇ。
こいつばっか飲む物好きもいるらしいけど。
一応、魔除けみたいな効果はあるらしいよ。
竜鱗族って言ったら竜を祀る種族だしね。
なんか神聖な力を授かってるんだろうね。
あたしは絶対飲まないけど」
だが俺は飲まないわけにもいかない。この酒、結構度数も高いんだよな……。
「ここ置くよ」
マリさんは机の上にその危険な液体の瓶を置いた。
さぁ、行くとしようか。
が、その前にコップか何か無いだろうか。キョロキョロするが、特に見当たらない。あの表面の謎の物質は口に含みたくないので出来れば底の方を飲みたいなぁ。
ええい、諦めよう。
「飲みます」
「嘘!?あんた……」
「酒が無いと始まらないんで」
「それ病気のやつだよ……」
俗にアルコール中毒、と呼ばれる症状である。アルコール・ホリック。
両手を、液体の表面にそっと浸けて、浮かんでる奴らをアク取りの要領で掬いとって床に落としていく。そしてある程度きれいになったところで、口の方から迎えに行った。こぼれ酒の由緒正しい飲み方である。
相も変わらず、マズい!
独特の臭みが度数の高い酒精と相まって口内を、喉を強烈に刺激する!
このえもいわれぬ感覚が癖になるというのはわからない主張ではないが、やっぱりわからん!マニアック過ぎる!
「おえぇー!」
なんとか、少量を飲み込んだ。ゲホゲホ、もうほんとタマラン!
「そんな不味そうな顔してまで飲まなくたって……」
「ゲホッ、いえ、ゲホッ、これがいいんです。
おかげでキマってきました!」
酒はどれだけマズかろうと酒である。
つまり、アルコール・コーリングだ。
俺だけのスキルのトリガーが今、改めて引かれる。
急激に聴覚が拡張していき、あらゆる音の奔流が鼓膜へ怒濤の勢いで迫ってくる。
こうでなくては!
俺は全身が再起動してゆくのを感じた。
細胞がまるで脱皮したかのような。
ジュークへ聴覚を飛ばす。
安らかな寝息を立てて未だ就寝中。
ジュークの部屋の外は、静かなようだ。
続いて北棟、イリヤさんの方へ。
戦闘を継続中か。
窓が割れて強い風と共に雨が建物内へ侵入している。
外からも、敵がワラワラ湧いてきている。
奴らは触手を自在に操って城の壁を伝って移動できるみたいだ。
イリヤさんの動きに乱れはない。極めて正確に寄生兵士の首を刎ねていく。
しかも大勢に囲まれてもうまくライン取りをして全方位から攻撃を受けないようにしている。
戦場の兵士達が同士討ちを避ける為に発砲を躊躇うのと同様、触手攻撃の直線状に別の一体を置きその背後へ陣取ることで多勢に無勢な状況でも各個撃破しやすくしているのは、さすが歴戦の女剣士という感じだ。
ここで気が付いたんだが、寄生兵士は同士討ちになりそうな状況では触手を伸ばさないようだ。仲間意識のようなものがあるのだろうか。あるいは単に、既に寄生している個体へコピーを送り込んでも無意味だから攻撃しないのか。
が、伸ばしかけた触手を、仲間に当たりそうになったから引っ込めるという場面を確認するに至り、俺の中で一つの仮説が生じる。
こいつらは仲間を思いやっているのではない。
仲間に攻撃できないのだ、と。
イリヤさんは戦いながらその性質に気が付いたのだろう。立ち回りの中に敵の特性をうまく取り込んでいる。
が、なぜ仲間に攻撃できないのか。
ここが恐らく、肝だ。
奴らの弱点を知る為の。
「マリさん、地下牢で襲われた時のことを改めて聞いていいですか?」
「えっ?何をだい?」
あの時、聞きそびれたことがあった。
「どうやって、あの魔物を倒したんですか?」
きっとこれが、奴らが仲間を攻撃しない理由と繋がっている。そんな気がする。
「あぁ、その事かい。
あたしの体は特別でね、侵入してきた異物をすぐに排除できるようになってるんだよ。
あの触手に貫かれた時、体の中に何か入れられたのがわかったから、噛み付いてあいつに送り返してやったのさ」
「つまり寄生生物のコピーを、そのまま触手へ戻したと……」
それで、あいつは死んだ。
どういう事だ?
寄生生物は同じ宿主の体に二体は同居できないということか。
二体同居してしまうと互いが主導権を奪い合い結果、死を招くのか。
だから、奴らは同士討ちが出来ないのだ。
イリヤさんが首を刎ねているのは寄生生物がそこに居座っているから。これは俺がアルコール・コーリングで実際に確認しているから間違いない。
そしてここから俺の勝手な予想だが、寄生生物は人間の脳幹に取り付くことでその身体を動かし、また肉を変質させて自身のコピーを作り出しているのではないか。
このコピーは生まれてすぐに自我が芽生えるのだろう。するとどうなるか、宿主の取り合いが始まってしまう。
そうならない為に手早くコピーを別の肉体へ移す必要がある。
寄生生物が貪欲に人間を襲うのは、そうしないと自分自身が死んでしまうからだろう。
一見すると非合理的な生存システムに思えるが、これは恐らく魔界においてこの一種だけが爆発的に増大しない為のプログラムなのではないか。
俺のいた世界でもそういう事例はある。
俺の予想が正鵠を射ているなら、奴らを倒すための方法もまた見えてくる。
一つはマリさんがやったように、無理矢理同士討ちをさせるパターンだ。
まぁこれは遂行可能な人間が限られるから俺のような一般人では無理だ。
もっと簡単な方法がある。
一か所に奴らを誘導し、閉じ込めてしまうのだ。
そうすれば時間が経過すると共に、勝手に自滅する。
体内で生まれたコピーをどこにも移せないから、全ての個体が自滅するハメになるってわけだ。
あとはイリヤさんみたいに首を刎ねる、ないしは頸部か頭部への攻撃。
これは遠距離用の武器があれば俺でも可能な戦い方だ。
なるほど、段々と見えてきた。
何をどうすべきか。
だが奴らを閉じ込めることは可能なのか、という問題は残る。
城には至るところに窓がある。室内に閉じ込めようと窓を割って外へ出られたら意味がない。
アルコール・コーリングは、城の外周に沿って並んでいる大勢の兵士の姿を捉えている。
彼らにまで感染が拡がったら、どうなる?
考えるまでもない、王都ロメリアは今日、滅び去るだろう。
絶対に根絶やしにしなくてはならない。一匹残らず。
「ねぇ、何を考え込んでいるの?」
マリさんはずっと無言で思案中の俺に声をかけてきた。
おっと、つい夢中になっていたか。
「いや、敵の倒し方とかをね。
それと……」
アルコール・コーリングはどんなささいな物音でも逃さない。
聴覚をジュークやイリヤさんへ飛ばしている時でも、近くで物音が立てばすぐにそれとわかる。
たとえば、壁沿いに設置されたクローゼットの中から聞こえてくる、衣擦れの音だ。
「そろそろ隠れんぼの時間は終わりにしようか」
俺はつかつかと歩み寄り、観音開きのクローゼットの扉を、一気に開け放った。
そこに誰が隠れているのか大凡見当はついていた。
「他人の会話の盗み聞きはマナー違反ですよ、王子様」
あどけなさの残る顔に驚きの表情を湛え、二人の少年達が俺を見上げていた。
ロクス王子と、もう一人は恐らくソラリオ王子だろう。
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