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Day.5-5 ヨハネ・ドミナトゥスの危機

3:10


 雨音は激しくなる一方だ。


 ロメール帝国軍部最高権力者“三大将”の一角、ヨハネ・ドミナトゥスは混迷を極める事態を憂慮していた。

 自室の扉はソファや重厚な本棚などで塞ぎ、外部からの侵入を防ぐバリケードとしていた。

 外から扉へ激突する寄生された者達。

 その数は増える一方だった。


「どうなさいますか?ドミナトゥス様」


 護衛の兵士の一人が訊いてくる。どうしようも、ない。この部屋から外へ出れば最後、あの暴徒達の波に飲み込まれて命を落とすだけだ。そして自身も、奴ら同様に仲間を増やすべく動く屍と化すだけだ。


 このパーティールームのように広いリビングには現在、6人の生存者がいる。

 魔獣パラディフェノンに寄生されたからと言って生命活動を停止するわけではないが実感としては“生存者”という表現がしっくり来る。

 

 ヨハネとその執事、護衛の兵が2人と、この部屋へ逃げ延びてきた兵2人。

 いずれも憔悴しきった顔をしている。


 ヨハネはまずバリケードで外部からの侵入を防いだのち、他の大将へホマスで連絡をした。

 ヨハネと同じく三大将であるユリウス・スペリオルには連絡がついたが、彼も同様に自室から出られないようだった。

 ヴァルト・ラガドは通話に応じず。最悪の想定をするなら彼はもう、やられてしまったか。

 元老院長と最高神官はそれぞれ自宅を所有している為、この時間城にはいない。


 ソラリオ王子とロクス王子は最上階に二つ並んだ居室にいる。

 彼らの部屋の作りは特別で、隣り合った部屋の壁に隠し扉が存在し、それを通して二つの部屋を行き来できるようになっているのだ。

 更にこの秘密の空間から、幻術使い達の専用通路へと降りることも出来るようになっている。

 城の火災等、緊急時の避難ルートとして設けられた王子専用の通用口というわけだ。


 最上階といってもそれは尖塔が建物から突きだしているような形の場所である。

 らせん状の階段を昇り、扉を開けた先に二つの部屋が並んでいる。

 この扉は普段は当然のごとながら施錠されており、用件がある者は扉の向こうから面通しを行ってからでないと入場できない。


 ソラリオ王子もロクス王子も年齢的にはまだまだ子供だが決して愚鈍ではない。

 それに専属のメイドも各1人ずつはついている。

 上記のような万全の安全対策が成されている上、こちらへ何の連絡もないところからして、今のところ無事である公算は高い。


 本当なら先に彼らへ手を差し伸べるべきなのだろうが、この状況、そもそも自分の身すら守れるのかどうか怪しい。


 突如混沌の渦中に巻き込まれ、誰もが冷静さを欠いていた。

 ここにいる兵は皆浮足立っている。閉塞状況に置かれ多大なストレスを抱えているのだろう。


「皆、落ち着くのだ。

 状況を打開する手立てを、考えよう」


 ラガドに続いてジューク・アビスハウンドにも連絡をしてみたが、こちらも応答せず。

 だが彼女の場合、敵にやられてしまったというのは考えづらい。

 この程度の魔物など、歯牙にもかけないほどの魔導師だからだ。

 むしろ、ジュークはかなり眠りが深いタイプなので騒動に気づかず熟睡中という可能性が高い。

 何とか、ジュークを起こすことが出来れば……。


 ジューク以外の魔導師達も大勢この城には常駐している。彼女らも各所で戦いを繰り広げているはずだ。

 じっと待っていれば、誰かの助けが来るかもしれない。他に有効な手立てのない今は、ここを動かずにいたほうがいい。


 とはいえただじっとしていろと言うのでは兵も安心できないだろうから、一応は皆で思案しようと声をかけておいたわけだ。


 兵士たちは、扉がいつ破られるか気が気でない様子だ。剣や槍を手に、扉を注視している。


「ノルド、どうすべきだと考える?」


 隣に立つ執事へ声をかける。


「この状態が続くのはいけません。

 何とかここを脱し、他の生存者と合流したいところです。

 特にスペリオル様は優先的にお助けしなければなりません」


 あちらはユリウスと護衛の兵の2人しか残っていないらしい。他の者は皆、寄生されてしまったようだ。

 

 ノルドはヨハネの執事をもう15年以上続けているベテランである。

 こういう危機的状況にあっても取り乱さず、冷徹な判断を下すことが出来る。

 ノルド自身が体術の天才であり荒事の経験を積んでいるからこそ、こうやって落ち着いていられるのだろう。

 一時はイリヤなどと共に遊撃部隊の一翼を担っていたほどの男だ。


「どのように、ここを脱する?」


「窓から、出るしかありませんか」


「バカな!ここを何階だと思っている?

 それにこの雨、確実に転落して命を落とすぞ」


「私ならば、飛び渡って移動できます」


 あっさりと、ノルドは言った。

 この男なら、まぁ可能なのだろう。

 イリヤも時々飛び降りているし。

 ……あれは半分趣味みたいなものか。


「それは困る。

 もしここを突破されたら、4名の兵士だけではとても防ぎきれない」


 それに、単純にヨハネは心細かった。

 百戦錬磨の執事が手元から離れることが。


 ヨハネといえど内心は穏やかではないのだ。

 何しろこのような事態は初めてだ。

 対岸の火事ではない。火急の事態は今まさにこのサンロメリア城を舞台に起こっているのだ。


「ですが、籠城から一時間以上が経過し未だ誰も救援に駆け付けない。

 この事実をどうお考えですか?」


「むぅ……」


 最悪の想定が頭に浮かぶ。サンロメリア城、陥落。

 生存者はもう、ほとんど残っていないのではないか。


 この一時間のうちに、ヨハネは思いつく限りの場所へ連絡を入れた。

 サンロメリア城の危機に、王都ロメリアの各所から兵士や魔導師が続々と集結しているはずだ。


 彼らが突入してくれば事態は好転する……のだろうか。

 今回の敵は触手を突き刺し、そこから自分のコピーを注入して兵士に寄生する。

 寄生された兵士は体が変形し、顔面かあるいは口から触手を伸ばし更に仲間を増やしていく。

 寄生型の魔物だ。聞いたことがある。


 しかしどこから侵入したのか、それがわからない。

 突如、気が付いたら城中に感染が拡大していたような印象がある。

 もし、この城へ大勢の兵士が救援に駆け付け、彼らが逆に寄生されてしまったら、王都ロメリアは悪夢のような事態に直面することになるだろう。


「内部に取り残されている我々が何とかしなくてはなりません。

 スペリオル様や王子達もそうですが、“あの者達”も、安否が気になります」


「異世界転移者……」


「彼らはこちらではなく北棟、それも上層階に囲われているのでしたね。

 恐らく逃げ果せる時間は無かったでしょう。

 能力を使って戦っているか、さもなくば彼らも……」


 彼らの強さから言ってそれは考えづらい。いや、考えたくもない。

 異世界転移者が寄生された時、一体何が起きるのか。


 あるいは“論理使い(ロジック・メイカー)”によって城から脱出している可能性もあるにはあるが。

 

「ですからまず私はスペリオル様の無事を確認し、そこから異世界転移者達の元へ走ろうと思います。

 彼らと合力することで、事態を好転させることが出来るかもしれません」


 それは願ってもないことだ。

 だが、


 ミシィ!


 聞きたくもない音が、鳴った。

 兵士たちが動揺の声を上げる。


 扉が、ひしゃげた。

 一部が破壊され、穴が生じた。


 うねり狂う触手が一気に室内へ雪崩れ込む。

 空中を自在に動いて、それら自体が意思を持つかのように兵士を襲う。


「うわっ!」


 後退しようとした兵士の足に触手が絡みついて仰向けに倒した。そのまま一気に扉の真下まで引き摺られる。


「くっ!破られたか!」


「ドミナトゥス様、私の後ろへ!」


 ノルドが前に出、ヨハネをカバーする。

 そして徐々に、バスルームへと移動していく。

 あそこなら2人くらいは隠れられる。

 が、見つかってしまえば完全に袋のネズミだが。


 ノルドは一瞬、ヨハネを抱えて窓から逃げるかと考えた。だがすぐにその案を却下した。とてもこの悪天候の中、人を抱えては動けまい。


 隠れる以外、道はない。

 それかここでヨハネを見捨て、自分だけが逃げるか。そうするメリットはあるか。

 誰かが生き残って、事態を収拾しなくてはならない。

 軍の最高責任者とは言え、こうなってしまえばその命より国家の存続を優先させるべきかもしれない。

 ノルドは非道な決断をするかどうか、刹那の思考の中で自身に問うた。


 暴れまわる触手が兵士の兜を跳ね飛ばし露出した顔面へ深々と先端を突き刺した。肉が抉れ、血飛沫が舞う。

 瞬く間に3名の兵士がやられた。

 最後の1人は剣を手放し、腰を抜かしている。


「あぁ……あ……」


 戦意を完全に喪失していた。


 扉が、粉々に砕け散る。

 バリケードも、外からの圧倒的な物量の前に呆気なく吹っ飛ばされた。散乱した家具。それらを押しのけて我先にと部屋へ侵入を果たす、寄生された兵士達。


 ノルドは決心した。

 窓を、見遣る。


 自分が生き残らなければ、いけない。

 駆け出そうとした。


 その時、


 ゴオオッ!


 扉の外の廊下に、巨大な火の手が上がった。

 部屋へ雪崩れ込もうとしていた一団を火だるまへ変えて、炎が延焼する。


「何だ!?」


 ヨハネが叫んだ。


 ノルドは脱出を止め、素早く腰を抜かした兵士に近寄り、両脇に腕を差し込んで引っ張った。

 思考をフル回転させ、何が起こったか予想する。


 助けが、間に合ったか!?

 誰だ?

 炎を操る魔導師は大勢いるが、これだけの火力を出せる者は限られる。

 

 いや……それよりも、このエリアが三大将の一人であるヨハネの居室だとわかっていてこれだけの火事を起こすなどという恐れ多いことをする者がいるのか。


 炎に巻かれ悶絶する兵士達。

 触手が暴れまわり、あっという間に縮んでいく。


 先行して室内へ侵入を果たした一体が迫る。


 ノルドは兵士が取り落とした剣で低い位置を薙ぐ。寄生兵士の足が切り落とされ、バランスを崩して倒れたところへ顔面を刺し貫く。


 残りは体に火が移り慌てふためいて壁に激突している者が数名。


 こいつらは、炎が苦手なのか。


 ノルドは剣を引き抜いて生き残っている連中を無慈悲に斬り捨てた。


「助かったのか!?」


「いえ、火を消さなければ!」


「水を!」


 ヨハネはバスルームへ駆け込もうとした。飲料水を貯めたタンクがある。

 その前に、


「ヨハネ大将、扉から出来るだけ離れてください!!」


 何者かの声が、聞こえた。


「こちらへ!」


 素早く反応したのはノルド。

 ヨハネと生き残りの兵士の腕を引いて後ろへ。

 太い柱の陰に退避する。


 直後、強い爆風が廊下で巻き起こった。

 扉どころか周辺の壁すら粉々にして、突風で炎を一気にかき消し、更に兵士たちも千切り飛ばして、一撃で、脱出路を形成する。


「全く、無茶をする!」


 ヨハネはあまりに強引なやり方に呆れながらも、込み上げてくる笑いを抑えられなかった。何と痛快な!


 もうもうと立ち込める煙の中に、何者かの姿が映る。

 シルエットからして、男か。

 魔導師では無い!?


「誰だ、君は!?」


「よくぞ、聞いて下さいました!

 お初にお目にかかります、俺の名は……そう、キアヌ・リーブス!

 これからインポッシブルなミッションを華麗にやり遂げましょう!」


 酒井雄大は弓を片手に、ぐいっと酒瓶を呷った。

 

3:30


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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー面白すぎ。 今回のラストは特に痺れた [気になる点] 前回感想を書いてから、1日1話だけ読むという縛りを課して、ようやくここまで来ました。 というのも、読み始めてからすぐに違和感…
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