Day.5-4 老練なる女傑
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俺の予想通りだ。
城の各所へと伸びるこの細い裏道はやはり、幻術使い専用の秘密通路だ。ここを辿れば安全に城内を移動することが可能だ。
とりあえず、どこかに魔導師の待機室があると思うのでそれを探す。階段をいくつか上り、多分今は4階か5階あたりにいるんだと思う。
この城の構造はとにかく複雑だから今の階層が何階に当たるのかはっきり断言できないが。
通路は窓が一切ないので薄暗く、探索は随所の壁を削って設けられた燭台の明かりだけが頼りとなる。
俺とマリさんは燭台そのものを取り上げて松明の代わりとして携行していた。色合いからして銅製だと思う。先端が三叉槍みたいになっていて、3本のろうそくを刺すことが出来る。ろうそくを刺す先端部分は尖っているので緊急時の武器として使えなくもない。
「どこまで続いてるんだろうねぇ」
「さぁ、どこまでなんでしょう」
おうむ返しするしかない。俺も城へ入ったのは今日が初めて(正確には昨日)だし。
この通路は静かすぎるので会話をしていないと間が持たない。おうむ返しからは話題が広がらないので、俺はこの辺でマリさんへ重要な質問を投げ掛けてみようと思う。
「ねぇマリさん、ちょっと訊きたいことが」
「ん?」
「多分兵士たちから何度も尋問されたと思うんですけど、魔導石なんか集めて、何に使うつもりだったんですか?」
「ああ、それね。
あんた、口堅い人?」
「うーん、多分」
俺って口堅いんだろうか。てかそもそも他人の秘密を聞かされてそれを口外しちゃいけないっていう状況を経験したことがない。悲しいかな、向こうの俺は空気みたいな存在だったのだ。
「はっ、はっきりしないねぇ。
あたしのことを探って、あんたにどんなメリットがあるんだい?
そもそもサンロメリア城の地下牢にすんなり入ってこられるなんてのがまず驚きなんだけど。
ほんと、不思議な人だね、あんた」
「俺はそんな大した男じゃありません。
ただ、ひょんなことからこの街にやってきて、なんやかんやあって探偵の真似事をしてるだけです。
って、こんな説明じゃ信用できませんよね?」
我ながらなんと曖昧な表現だ。核心的な内容には一切触れてないし、これじゃ詐欺師みたいだな。
「いいよ、秘密の事情があんたにもあるんだろ。
あたしの方は結構喋っちゃってるからついでに、本当のところを言っておくよ」
「すみません、ありがとうございます」
「けど、言い触らさないでよ。
あんたを信用してるんだからね」
マリさんは美人だがちょっとキツい顔をしている。そして真っ直ぐ目を見て話してくる。気が弱い人間だと雰囲気に呑まれて圧倒されてしまう。ちなみに俺は気が弱いです……。
「魔導石は中古品やジャンク品でも闇市で売れば結構な額になるんだよ。
北門の兵士からもらった魔導石は、店を辞める女の子達に当面の生活費の代わりとして渡したのさ」
そういう、ことか!
ジュークが昨日語った内容は、こういう線で繋がるのか!
4人の新人が入店した日に辞めた2人。
消えた魔導石を持っていったのは、この2人だったのか。
「帝国の備品だから、勝手に譲渡したり売却したりするのは処罰の対象になるんだよ。
だけど、バレないはずだった。
兵士達もあたしも共犯だからね、互いに口を割らなければ隠し通せたんだ。
ただ、悪いことに……」
そう、間が悪かったとしか言いようがない。
その日、偶然にも店に魔導通信網妨害装置が置かれ……いや、これは偶然なのか?
例の客のことも、訊かなければならない。
「もう一つ、どうしても確認しておきたいことが」
マリさんの話を遮るような形になってしまうが仕方がない。
「ん?何だい?」
「金貨100枚で特室を貸し切っていた客のことを」
「……あぁ、よく知ってるね。
そのことも漏れていたのかい。
誰かウチの女中がゲロったね、さては」
「女の子のせいじゃありませんよ、結構厳しい尋問があったんだと思います」
ラガドの主導なら、手荒な真似もしたことだろう。情報を吐いてしまった女中を責めることはできない。
「あんた優しいんだね」
「えっ!?いや、それほどでは……」
「それに、素直だよ。
そんなウブな反応してたんじゃ、人は騙せないね」
「へぇ、そりゃどうも」
俺はピュアなのだ。すぐに感情が顔に出てしまうし、嘘なんかつけるタイプではない。誤魔化したりはぐらかしたりするので精一杯だ。
「本当はね、あの客の情報はあたしから、女の子達に喋っちまうように言っておいたのさ」
「え?それは一体……」
「黙ってりゃあたしみたいに拷問されるかもしれないだろ?
あたし以外がみんな素直にゲロって、あたしだけだんまり決め込んだら拷問に遭うのはあたしだけで済むじゃないか」
「そ、そんなことの為に……」
これはつまり、マリさんの自己犠牲の精神なのか。店の女の子を、ひいては店そのものを守るために自分の身を敢えて差し出したと。
確かにこの人ならどんな苛烈な拷問であっても耐えられるだろう。痛みを感じないらしいし。それでも、単なる暴力だけならまだしも、もっと他にあったはずだ。とても口にできないような、それこそポルハチが言っていたような出来事が……。
「そんな顔、しなさんな。
とっくにあたしは覚悟を決めてるんだよ。
この商売で生きていくってね。
店と女中を守るのは、当然の責務さ」
辛くはないのか。人から蔑まれ、嘲られ、更にはこんな非人道的な仕打ちまで……。
耐えられるのか、100年以上を生きるこの呪われた女性ならば。
「けど、まぁ全部が全部正直に話させたわけじゃないよ。
あの客はもともと、ウチを利用してた客さ」
「え?一見さんでは?」
昨日のジュークの口ぶりからして、てっきり俺はそう認識していた。
「そういう風に言うように、女中には言い含めておいたのさ。
けど実際には前からの、太客さ。
いっつも大金落として滞在してくれる、いいお客さんだよ」
「どんな人なんです?その人」
「さぁ、詳しいことは知らないね。
あたしは客の個人的な事情は詮索しないことにしてるから。
そこらの宿じゃなくてウチみたいなとこに泊まろうなんて、普通じゃないだろ?
けど、そこを敢えて何も訊かず置いとくのがあたしの方針さ。
もしあの客が大悪党だったとしても、あたしとは金だけで繋がった仲だからね、知ったこっちゃないのさ」
「じゃあ、その客が泊まりに来たとしても特に被害などは」
「被害?ないない。
あの客はふらっと外へ出かけたり、日がな一日部屋に籠ったりしてただけで」
この話が事実なら、マリさんと闇の一族と目される人物には特別な接点は何もないことになる。マリさんは金でそいつを泊めさせ、そいつはそこを根城としてこそこそ動いていただけ、ということだ。
「けど、女中が殺されたでしょう?」
3日前、マスキュラさんが特室へ入った時、女中の一人が死んでいるのが発見された。あれは、間違いなくこの人物による犯行であろう。
「あの子はちょっと問題がある子でね、手癖が悪くって。
時々お客のカバンを漁ったりする癖があったんだよ。
止めろって、何度も言ってたんだけどね。
もしあのお客に後ろめたいことがあったとしたら、何か見ちゃいけないものを、見られてしまったんじゃないかい?」
それで仕方なく消されたか。ありそうな話だ。
ともかく、ここまでのマリさんの話を総合すれば、マリさんがあの日の事件に直接関与していたわけではないというのはほぼ確実だろう。
ジュークの言う、マリさんの店が物資の不正な輸出の窓口になっているのではという予想もまた、可能性はぐっと低くなったのではないだろうか。
尋問に対し口を閉ざしていたのはおそらく、魔導石を持ち出した2人の女中に対する配慮からか。彼女らのやろうとしていることは立派な違法行為であり、露見すれば追手が派遣されることになるだろう。それは、マリさんの望むところではない。
ジュークの話からは、この消えた2人について捜索が行われているというのは聞かれなかった。
まぁ仮に捜索をしたとしても、ここまで後手に回ってしまえばもうとっくに彼女らは姿をくらましているだろう。
誰も、消えた魔導石と彼女らを関連付けて考えなかったのだろうか。
まぁかく言う俺も、ジュークと話している時にそんな可能性には思い至らなかったわけだが。
「だいたいのところは、わかりました。
すいません、あんまり話したくなかったでしょ?」
「いいよ、別に。
もう全部済んだことさ。
あの子達がどっか遠くで、元気に暮らしてくれてたらそれで私はいいんだよ」
そんなことを、何の気負いもなく言ってのける。
すごい人だ、本当に。
俺にはとても真似できない。
根性も据わっているが、咄嗟の機転も効く。さすがは年の功、だ。
「そうそう、素直なあんたにはいいことを教えといてあげる。
上手な嘘ってのは香辛料と同じさ。
真実の中にほんのひとつまみ、放り込むから際立つんだよ」
やや邪悪で、妖艶で、悪戯っぽく、マリさんは笑った。




