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Day.5-3 血飛沫の中に立つ

1:30


 回転扉の奥には狭い狭い隠し通路があった。

 右手側に細く、その通路が伸びている。

 まるで忍者屋敷だな。


 俺は回転扉に背中を押し付け、右足を上げて通路の壁にくっつける。これで即席のつっかえ棒だ。


 案の定、回転扉をバンバンと叩いて兵士達がこっちへ侵入しようとしてくる。

 そうはさせない。俺は右足と背中に力を込め、押し留める。

 

 さぁこうなってしまえばもう大声を出そうが構わないだろう。


「マリさん、何か、この扉を押さえれそうなものありませんかね!?」


「待ってて、探してくる!」


 通路を駆け出すマリさんの背中が見えなくなった。左へと折れたようだ。


 ここは恐らく、幻術使い専用の秘密通路だ。

 ならばこの通路の先に魔導師達の待機室くらいは、あってもおかしくなかろう。

 マリさんが魔導師を引き連れて戻ってくるかもしれない。

 それも期待できる。


 が、それよりも何よりも、やらなければならない事は助けを呼ぶ事だ。


 ホマスをタップし、相手に繋ぐ。起きててくれよ……頼るアテがもう他にはいないのだから。


 祈るような気持ちで待つ。ホマスは電話みたいにコール音が鳴らないし留守電に接続されたりもしない。繋がるかどうか、無音の中で待たなければならない。


「はい、もしもし」


「シトリ!夜分遅くにすまない!助けて!」


 しめた!

 シトリはまだ起きていた!


「えっ?どうしたんです、こんな時間に」


「城が、エライ事になってる!」


 扉をガンガン叩かれている。開けてなるものか。


「何だか騒がしいですね、それ何の音です?」


「人間に寄生する魔物が城に入り込んでる!

 既に相当数の兵士がやられた!

 俺も今ちょうど、襲われているところだ!」


「本当ですか!?

 まさかサンロメリア城がそう簡単に魔物の侵入を許すなんて……。

 今は屍体は四方の門の者達以外動かしてないんです!」


「出来るだけ早く、たくさん引き連れて城に来てくれ!

 こいつらが外へ溢れ出たら、ヤバい!」


「わかりました、少し待ってて下さい!」


「頼んだぞ、シトリ」


「はい、私が着くまで死なないで下さいね!」


「任せとけ」


 通話を切る。

 ひとまず後詰めはこれでいい。

 シトリなら一度に大勢の屍体を操ることができる。寄生体もさすがに元から死んでるやつには取り付けまい。


 シトリの屍体達はどちらかと言えば防疫の為の措置だ。

 今のところ被害は城内で収まっているようだがこのまま感染拡大すればいずれ王都全体へ拡がるだろう。それは絶対に避けねばならない。


 アルコール・コーリングがいよいよ効力を失おうとしている。聴覚が普通のそれに戻ろうとしている。

 こうなってしまえばもう、俺は単なる無力な一般人だ。


 事前に他の転移者の居場所をサーチしておくべきだったか?

 だが城の構造を把握していないから連中の元には辿り着けなかった可能性は高い。

 どのみち、この状況は自力で切り抜けるしかないということだな。


「ねぇ!」


 通路の奥からマリさんの声、そして何かを引き摺るような音。


「いいもの見つかりましたか!?」


 回転扉に必死で背中を押さえつけ、右足で壁を強く踏みしめつつ、俺は訊いた。この体勢は楽じゃない。


「こんなの使えるかい?」


 マリさんは腰くらいの高さのローボードを押して通路を進んでくる。


「おお、いいですね!」


 程よいサイズだ。長方形のローボードで観音開きの扉がついている。上に花瓶なんかが置いてあったんだろう、丸く水垢の筋が見える。


「じゃあこの扉のとこに挟んでください!」


「うん」


 回転扉の隙間からシュルシュルと嫌な音がする。触手をねじ込む気だ。扉を押さえる力を緩めたら軟体動物みたいにするりと侵入してくるだろう。


 俺は左足も持ち上げて壁につけた。

 背中と両足で踏ん張って宙に体を浮かせている格好だ。


 俺の腰の下にローボードをマリさんが滑らせる。


「よし、いいっすね!

 スペースぴったりだ」


 ローボードに乗っかり、そこから通路へ飛び降りる。

 マリさんの腕を引いて回転扉から離れた。


 ローボードが狭い通路に置かれたことで、回転扉はつかえて回らなくなった。ほんの少しだけの隙間からうねうねと触手が飛び出している。


 まずは、こいつらを封じ込め完了だ。


「大丈夫かい?」


「ええ、体力使いましたけど」


「この後、どうするの?」


「戻る道は無いんで、ここを進むのみです。

 通路の先ってどうなってました?」 


「さぁ、あんまり奥まで行ってないからわからないね。

 そこの角を折れたとこにあれがあったから」


 ローボードを指差している。


 ふむふむ、では探索してみる必要があるな。


 俺の予想ではこの通路は城中の幻術使いが座るスポットを繋いでいるはず。でなければわざわざこんな秘密通路を作る意味がない。これはいわばバックヤードだ。幻術使いが秘密裏に城を移動し、しかるべき場所へ誰にも知られずに移動するための。

 

「よし、じゃあ動きましょう。

 この裏道なら、恐らく危険な輩とは遭遇しないんじゃないですかね」


「そう願うよ」


 俺とマリさんはどちらともなく手を繋ぎ、通路を歩き出した。


1:45


「予想以上に、感染が拡大している……」


 イリヤは剣を竜胆玉鋼の剣を振るい、血を払う。

 既に何人斬り殺したかわからない。

 かつての仲間を斬り捨てるのは気が滅入る。

 しかし、止めるわけにはいかない。


 北棟は兵士の寄宿舎としての役割を持つ。

 王都ロメリアはロメール帝国領土内外から優秀な人材が集う国の中枢だ。

 そして王都の中心に聳え立つこのサンロメリア城こそが、王の居城にして国家首脳達が居を構える最重要拠点である。

 故にこの城の守りは固い。兵士たちもエリートばかりである。


 が、内部から攻撃されるとここまで脆いものなのか。


 イリヤは北棟一階の廊下に立ち、迫り来る者達に敢然と立ち向かっていた。

 寄生された者達の動きは単調だ。ある程度近寄ってきたら顔面から触手を伸ばしてくるだけだ。

 イリヤに、見切れぬ速度での攻撃ではない。


 幸いにして首を刎ねれば無力化できることはわかっている。

 イリヤは、この寄生魔獣の正体をある程度、知識として持っている。 

 例の禁書に、その記述があった。


 寄生魔獣パラディフェノン。


 魔界にのみ棲息するとされる原始的な魔獣だ。

 他の生物に寄生し、その生物から栄養を吸い取って自分のコピーを作り、それをまた別の生物へ細い管を刺して送り込む。

 あの触手の先端にはパラディフェノンのコピーが潜んでいて、体に刺さると管を通じて内部へ侵入するのだ。

 そして侵入した寄生体は人間の脳幹に取り付き、その人間を意のままに操って仲間を増やす。


 首を刎ねればそこに取り付いているパラディフェノンを一緒に切断することになる為、倒せるというわけだ。


 不思議なのは魔界にしか棲息しないはずのパラディフェノンがなぜサンロメリア城で突如出現したのか、だ。

 原因が何かしらあるはずだ。


 ここまでの騒ぎになっているのだから、異変に気づき対処し始めている者もいるはずだ。

 まだ寄生されていない者達と、合流しなくては。そして上層部の者達にも連絡を。


 ホマスをいじる余裕はない。

 左右から、触手が迫る。


 身を沈め、回避。更に後方へ跳んで追撃をも回避。

 下がりながら、剣が閃いてそれらをまとめて斬り落とす。


 後方からも複数の兵士が走ってくる。いずれも寄生されている。

 イリヤはあえて派手な戦闘を継続している。こちらへ敵の注意を引き付け、出来るだけ他の者が逃げる時間を稼いでいるのだ。


 竜胆(りんどう)玉鋼(たまはがね)は剣の素材の名前ではない。

 玉鋼というのは刀剣の材料となる鉄のことであり、この玉鋼で打った剣の焼き入れが終わり鍛冶研ぎの段階に至り、刀身全体へ特殊な液体を塗り込むようにして精錬する。この特殊な液体というのが竜胆である。


 竜胆は我々の世界では花の名前、あるいは漢方の名前として知られるがこちらの世界では読んで字の如く、竜の胆汁のことを指す。

 竜は神聖な生き物であると考えられていて、生息数も極めて少なく、人間が簡単に足を踏み入れることが出来るような場所にはいない。


 竜の胆汁には剣を錆から守る作用と、特別な(オド)により邪なものを祓う効果があるとされる。

 一級の刀匠の手によるイリヤの剣は耐久性・靱性(じんせい)はもとより切れ味においても最高のパフォーマンスを誇る。


 普通の剣であれば人間を数人斬り殺せばその血で表面に膜が張って切れ味は落ち、使い物にならなくなる。だがイリヤの剣はそうはならぬ。独特の粘りと撥水性・耐油性を持つ竜胆でコーティングされた刀身には、血はほとんど付着できない。


 前後を十数体の敵に囲まれ、イリヤは大きく溜め息をついた。


「面倒だな」


 率直な感想だった。

 そしてイリヤらしい、感想である。

 常人ならこの状況、最早諦めて死を意識するだろう。

 イリヤはしかし、自分が死ぬとか寄生されるなどと微塵も考えていない。

 帝国最強の女剣士は、淡々と、流れ作業のようにして襲い来る触手をかわし、斬り、首を刎ねる。


 戦いながら、南棟にいるであろう仲間のことを想った。

 酒は渡しそびれた。能力の効果はまだ持続しているのだろうか。


 本音を言えば真っ先に助けに走りたいところだ。

 だがそれをしないのはイリヤの性分である。

 目の前にいる敵を無視できない。

 被害は北棟の方が遥かに甚大なのだ。


 どうか、無事でいてくれ。


 無慈悲な剣が宙に舞い踊り、血肉を噴き散らして壁一面に、血の抽象画を描いてゆく。


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