Day.5-1 悠久のマリグナント
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呆然と立ち竦む俺の前に人間が二人、倒れていた。
一人は謎の触手を持つ兵士、そしてもう一人はマリさんだ。
何が起こったのか。
逃げようとしたマリさんの胸を背後から触手で貫いた兵士だったが、マリさんは明らかな致命傷を負ったその状態で触手に噛み付いたのだ。
直後、触手は収縮して兵士の兜に収まった。そして痙攣した後、兵士は仰向けに倒れた。
マリさんもまた、「疲れたから少し休むわ」とか言って崩れ落ちたのだった。
疲れたとかそういう問題ではないと思うのだが……普通に死ぬ一撃だったんだけどな。
「ひ、ひいぃぃ!
何がどうなってんだよ!?」
偶然にも一連の出来事はポルハチの檻の前で起きていた。
兵士はポルハチの檻にもたれかかるようにして、死んでいる。
俺が見ている前で、マリさんの胸の穴がどんどん塞がっていく。しかも、全身にあった無数の傷もほとんど今は消えてしまっていた。普通でない回復が、行われている。
それを、俺もポルハチも驚愕しながら眺めている。
「人間じゃねぇ……この女!」
「……誰が、人間じゃないって?」
マリさんの目が、開いた。
「こんな短期間に……再生を!?」
これも何らかの魔術か!?
だとすればマリさんの正体は……魔導師?
「ちょっと、突っ立ってないで手を貸してちょうだい」
「あ、はい」
俺はマリさんの手を掴んで引き起こした。
傷一つ無い顔のマリさんがそこにいる。表情には疲れが見えるが、血色も悪くなさそうだ。あれほどの大出血の後だと言うのに。
「ありがと」
言ってからマリさんは倒れた兵士に視線をやった。
「何者だい?こいつは」
「俺にもさっぱり。
ていうか、どうやって倒したんですか!?」
マリさんが触手を噛んだ直後にこいつは痙攣して死んだ。噛むことで魔力的なエネルギーを送り込んだのか。
「おい、お前ら!」
檻を叩いてポルハチが叫んだ。
「何だよ、うるさいぞコソ泥」
「なぁ、俺も外に出してくれよ。
金なら弾むからよ」
「とりあえず、動きましょうマリさん。
歩けます?」
「あぁ、大丈夫」
マリさんは裸足だが、貸してあげられる靴もない。我慢してもらおう。
背後で吠えるポルハチを一切無視して、俺達は螺旋階段を上り始めた。
「おいコラ、この俺様を無視するとは大した度胸だ。
後で絶対に後悔させてやるからな、覚えてやがれ!
おーい!おーい!脱走者が出たぞー!!
脱獄だぁー!!」
本当にやかましい奴だ。
「ねぇ、なんか着るもの持ってない?」
マリさんの襦袢は切り裂かれてボロボロになっている。さすがにこれでは可哀想だし、本人も恥ずかしそうにしている。
「服ですか、ええーっと」
プレートアーマーの下には普段着を着ている。シャツに薄手の上着を合わせているからそれくらいなら渡せるか。
俺もそろそろこの重装備がうざったくなってきた頃だ。
この後多分、方々走り回らないといけない感じだし。
アルコール・コーリングをイリヤさんへ飛ばす。
2体の首なし死体が転がっている。
イリヤさんが剣を空振りし、血を払っている。
「どこから、こんなものが紛れ込んだ?」
首は、兜ごと刎ねられて雨ざらしになっていた。
切断面から気色の悪い触手が飛び出していて、雨の中で弱々しく蠢いていた。
人間に、取り付いているのか。寄生生物のように。
そちらを確認しつつプレートアーマーを外してゆく。
地下牢の扉を開けてしまったら、否応なしに戦いが始まる予感がする。徒手空拳で、どこまでやれるか。まず何か武器が欲しい。
「すみません、今はこれしか」
麻の上着をマリさんへ渡す。
「充分だよ、助かったよ」
それをさっと羽織って、マリさんは笑った。
「ほんとに檻から出してくれるとはね」
「まぐれですよ、というより事故みたいなもんです。
あのイカ頭の兵士に感謝しなくちゃね」
「イカ?」
「あれ、こっちにはいません?
ほら、頭がこんなんで、腕がこうニュルーっとしてて、口がこう……」
ジェスチャーをやってみたが、イカ感伝わるかね、これ。
「へぇ、そんな生き物いるんだねぇ。
どっか遠くの国の生き物かい?」
あ、そうだった。俺が異世界転移者だって事をマリさんは知らないんだ。
「ええ、日本っていう国なんです」
「ニホン?聞いたことないねぇ。
あんたの出身地かい?」
「はい」
「ふぅーん、いいところかい?」
「あーどうでしょうね?
住みやすいっちゃ住みやすいかもしれませんけど、人と人との繋がりはこっちよりかなり薄いですよ」
「なんだ、じゃあいいとこじゃないか!
この国は色々としがらみが多いからね。
あたしは気楽な方が好きだねぇ」
「そうなんですね」
雑談が意外と盛り上がる気配を見せた。だが悲しいかな、今の状況は逼迫している。
螺旋階段は既に上りきっており、あとは眼前の扉を開ければ、城の廊下へ出る。
しかしそれは自ら危険な場所へ身を投じる、という意味でもあるのだ。
さて、その前にこの防音扉を薄く開いて、アルコール・コーリングで建物内の様子をスキャンするところから始めるとするか。
扉にそっと手を置いて、押そうとする寸前、俺の腕にマリさんが両手でしがみついてきた。その拍子に、豊満な胸の感触が俺の腕にッッ!?
「ねぇ」
「あ、へ、はい?」
すごく真っ直ぐに見つめられている。気まずい……。
「あたしが一体何者か、訊かないのかい?」
「ええっと、訊いた方が良かったですか?
あんまりマリさん、言いたくないのかなーって」
言いたくなければあえて言わなくていい。それに俺も他人の秘密にそこまで首を突っ込むつもりはない。
「あたしに、気を使ってくれてたのかい?
……そっか、てっきりあたしの正体なんかとっくにお見通しなのかと思ってたよ」
「そこまで事情通だったらいいんですけどねぇ。
生憎と俺はこの街の事も住人の事も、しきたりなんかも全然知りません」
「なんだ、そうだったのかい。
結構警戒してたんだよ、あたしの方は」
「警戒ですか?」
「見たこと無い顔だったからね、ほら、いつだっけ最初に店に来てくれたのは」
「あぁ、そういえば」
俺の転移初日、マリさんと初対面した時の話だな。警戒心剥き出しの顔で見られたっけ。
あれは俺を、政府の人間か何かだと勘違いしていたのか。
「馴染みの顔が多いからね、ネハンは。
けど安心したよ、悪い人じゃ無さそうだ」
「誤解が解けたのはいい事ですけど、安心にはまだ早いと思います。
さっきのイカが、この外にもいるようなので」
「そうなのかい」
「敵の数次第では、逃げられないかもしれません」
イリヤさんが近くにいてくれたら良かったのだが……。
「あたしなら大丈夫さ、死なないからね」
「……へ?」
あれ、今さらっとすごい言葉が聞こえてきたが。
「見られたんじゃ隠してもしょうがないね。
あたしは不老不死、そして無限再生の力を持ってるの。
その昔、アイギスとかいうくそったれの魔導師にかけられた魔術……というか呪いかな」
アイギス……どこかで聞いた名だ。多分その名を俺は知っているはずなんだが。どこで聞いたか、思い出せない。
にしても、
「不老不死と無限再生って、もう無敵じゃないですか!」
「あと、痛みも全く感じないよ」
ならば拷問すら、この人には意味がないのか。そりゃあ口を割らないはずだ。
「更に言うと100歳越えてるよ」
「うへぇ!」
美魔女も裸足で逃げ出す設定だな。見た目からして俺は30歳前後かと思っていた。100歳オーバーでこのルックスとは。
「けど体に穴を開けられたり、バラバラにされたりしたらさすがに回復に時間がかかるね。
その間は、無防備さ」
バラバラにされても、回復するんだ……。どんな戦場へ行っても安心だな。
まぁこれが事実ならマリさんが襲われることは特段気にしなくてよさそうだ。
いや、でもやっぱそれは俺の気が咎めるな、いくら無敵と言えど。
「ここまで言ったんだ、ついでに名前も教えとくよ」
「あれ?マリさんって本名では」
「色町の女が本名なんか名乗んないよ」
マリさんは俺の腕にしがみつきながら、妖艶に微笑んだ。
燦々と明るいヒマワリのような笑みではない。それはしっとりと濡れたユリを思わせた。
「マリグナント、酷い名前でしょ」
射抜くような瞳で、害悪は俺を見詰めていた。




