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Day.4-19 メタルドレッサー・レクイエム

「銀は、鉄や銅などとは磁性が違う。

 あいつの厄介な術の影響は、受けない!」


 大事なことなので二度言いました!


 王立図書館の司書であり魔道具の発明家でもある構ってちゃん気質のディジー・ローズさんが開発した新兵器ポルカ。

 そのポルカは禁書に封じられた魔性の存在の力が移ったことにより、あらゆる鉄製の物質を磁力で操る巨大な兵器へと変貌を遂げてしまった。

 イリヤさんの剣も防具も使用不可、そして俺も今や素敵な女装子と化していた。

 この絶体絶命の状況下、満を持して登場した魔導師の少女ジューク・アビスハウンドはイリヤさんへ銀の剣を手渡した。


 いよいよ、俺達の反撃が始まる!

 以上、前回までのアルコール・コーリング終了!


 ポルカの周囲に、先ほどジュークによって砕かれたボディの破片が浮遊している。強力な磁力をポルカが発する限り、一時的にボディを破壊しようとさほど意味は無い。体を再構築されるだけだ。


 やるならば、一気に、完膚なきまでに破壊しなくてはならない。


「一応注意しておくけど、その剣じゃいつものようには斬り結べないよ。

 銀は鉄ほど柔軟でも強度があるわけでもないからね。

 イリヤほどの剣圧ならせいぜい一度か二度、使えるかどうか」


「あぁ、承知している。

 訪れる好機を、見逃しはしないさ」


「切っ掛けは、私が作る。

 攻めたくなったら、好きにやっちゃってね」


 イリヤさんとジュークの会話を聞いている限り、銀はそれほど耐久力があるわけではないようだ。

 何か勝手なイメージでは銅や鉄よりは銀、銀よりは金の方が格上みたいに思っていたが、RPGの影響かな。


 磁力の影響を受けないのはいいことだが、あれほどの鉄壁の守りに対してこちらから攻撃できるチャンスが一度か二度とは、かなり厳しそうだ。


 俺にも何か、手伝えることは無いのだろうか。

 と、その時アルコール・コーリングのレーダーは異変を敏感に察した。

 ポルカが浮遊している鉄くずをこちらへ目掛けて飛ばしてきたのだ。巨大な弾丸にも似た鉄の飛礫(つぶて)だ。


「じゃ、まずは力比べだね」


 ジュークはのんびり言うと両手を突き出す。途端に空中へ展開される無数の魔法陣。合計6つ。それらはジュークの目の前で壁を作るように整列し紫色の輝きを放った。


 魔法陣にぶつかった飛礫が微塵に砕け散っていく。魔障壁だ。リュケオンとの戦闘でもジュークが用いていたものだ。あの時はアルコール・コーリングで聴いていただけだから実際のビジュアルは見ていなかったが、こういう風になってたんだな。


「甘い甘い、その程度のヤワな磁力でこの私の魔力に太刀打ちできるとでも?」


 飛礫を全弾打ち消し、ジュークはスマホ画面をスワイプするかのように魔法陣をさっと掌で操作する。そこに巨大なVRのインターフェイスが表示されているかのように、魔法陣の位置関係を組み替えていく。


「イリヤさん、あれは一体何を?」


「ジュークならではの、魔術の扱い方だ。

 魔法陣は例えるなら門のようなものらしい。

 目には見えないがすぐそこに存在する世界とこちら側を繋ぐ門だな。

 そしてあの動きは座標を指定する為のものだと言っていた」


「座標?」


「あちら側の世界に存在する物や現象をこちら側へ正しく発現させる為の、位置取りらしい。

 まぁ私には何のことだがさっぱりわからんがな」


 言うなれば異世界転移、か?

 俺がこっちの世界にやってきたことと本質的には同じことなのだろうか。

 だがジュークは神などの力を借りずに、転移術を自在に操っている。 


 やがて魔法陣は花弁のように整列し、中央から眩い白色の光線を溢れ出させた。

 光線は空中で収束しながらポルカの胴体目掛けて発射される。まるで、レーザー光線だ!


 避ける暇など、あるはずが無かった。

 ポルカの胴体は光線の直撃を受けて爆発し真っ二つに、砕けた。


「やったか!?」


 イリヤさんが言ってはいけないセリフを。


「イリヤさん、それフラグですよ!!」


 フラグって言って通じるのだろうか。

 ともあれ、やったか!?なんて言おうものならその先は決まり切っているのだ。


 ポルカの下半身は“脳”の指令から外れたことによりバラバラになって崩れ去った。しかし上半身は……。


「へぇ……あんな器用なことを」


 感心するジュークの前で、ポルカは鉄くずを組み上げながら巨大な羽を生み出し空へ飛翔した。

 

「キュイイイイッ」


 金属質の咆哮を発して、ポルカは更に高く飛翔する。形勢不利と見てこの場から離脱するつもりか!?


「そう簡単に、逃げられるかな?」


 ジュークの生み出した魔法陣の花冠(かかん)から連続してレーザーが照射され、ポルカの羽を焼き穴を穿つ。

 ポルカの体はバランスを崩し降下し始めた。そこへ容赦なくレーザー光線がボディを貫いていく。


「キュイイイッ」


 瓦礫の散弾が、渦を巻いてジュークへと迫る。ポルカは逃亡を諦め、反撃へと移ったのか。

 

 ジュークの魔法陣が再度壁を成してこれを阻害、しかし間を置かず第二波、第三波が魔障壁へ叩き付けられる。


 ポルカは滑るように空中を移動、羽を失ってもその速度や機動性は損なわれていない。磁力によって自身の体を操作しているに違いない。


 間断なく攻撃を続けることでジュークを釘付けにし、高速で体当たりを敢行するつもりだ。


「キュイイイイイッ」


「わざわざ飛び込んでくるとはな!!」


 そこへ、イリヤさんが滑り出た。

 ポルカはイリヤさんの存在に注意を払っていなかった。故に頭からジュークに向かって突っ込んできていた。この瞬間、弱点である犬の頭部は最も攻撃しやすい位置へと晒されている。


 イリヤさんの銀の剣が閃く。

 

 ポルカは突如、ボディを分離(パージ)した!

 上半身を構成していた魔導石同士の結びつきを解除し、引き寄せあっていた鉄くずを全て分離する。すると当然、巨大なそれらの破片はバラバラになって突進時の慣性を維持したまま、こちらへ激突してくることになる!


「チイッ!」


 イリヤさんは急停止したが速度がつきすぎていた。回避は、間に合わない!

 ジュークよりも前に出ているから魔障壁によるガードも不可能だった。

 クレーンのパーツと思しき鉄のアームが、両腕でガードしたイリヤさんの上半身に激しくぶつかって後方へと吹っ飛ばした。


 俺は幸いにしてジュークの背後にいたから身を守られていたが、イリヤさんは血飛沫を上げながら俺の横を瓦礫たちとともに通過した。


「イリヤさん!!」


 今のは、ヤバい当たり方だった。まさか、イリヤさんが被弾するとは……。


 ポルカは機械仕掛けの犬の状態へと戻っていた。

 四足歩行で立つ子犬は一見すると人畜無害な存在に見えた。

 頭部だけが原型を留めていたのではなく、胴体は鉄に覆われていて見えなかっただけか。


「キュイイッ」


 ポルカの両目が真っ赤に光る。


「豚さん、イリヤをお願い!」


 ジュークは振り向かずに言って駆け出した。

 俺は言われるまでも無くイリヤさんのところへ。

 瓦礫が散らかる中を走る。


 背後の戦いの様子はアルコール・コーリングで確認する。


 ポルカは周囲の瓦礫を盾に縦横無尽に駆けながら散弾をジュークへ打ち込んでいる。

 ジュークはそれを防いではいるが攻撃へ転じていない。

 

 ポルカは理解したのだ。巨大なボディでは逆に魔術のいい的でしかないと。

 だから小型化して素早く動きながら戦っている。


 ジュークなら、付近一帯を全て魔術で焼き払うことすら可能だと思うが、今はそれを実行できない。

 なぜならこの付近には俺やイリヤさんや負傷した兵士たちがまだまだ取り残されているから。

 地の利は、ポルカの方にある。


「イリヤさん!」


 しかし俺はジュークとポルカの戦いにばかり注意を払ってはいられない。仰向けに倒れている女剣士の傍に駆け寄り、その様子を窺う。

 額から激しく出血している。流れ出した血がブラチナブロンドの髪をべったりと濡らしている。


「何だ、騒がしいぞ」


 気を失ってはいないようだ。意識ははっきりしている。


「無事でしたか!?」


「当たり前だ。

 だが一杯喰わされたな……知恵の回る奴だ全く」


 イリヤさんがゆっくりと上半身を起こす。俺は手を貸そうとして、止めた。多分イリヤさんが嫌がるだろうから。


「予め狙ってたんですかね?」


「いや咄嗟の判断だろう。

 ディジーの作り出した“知性”は、かなり上等なようだな」


 ポルカは、その場その場で最も合理的かつ最適な行動を選択しているように思える。状況に機械的に反応しているから人間のように間誤付いた思考をすることもないし、その点については兵器として極めて優秀であると言える。

 だが……いや、だからこそ俺には引っ掛かっていることがあった。王立図書館での騒動のことだ。

 ポルカの戦い方を実際にこの目で見て、ディジーさんがいかに高度な思考プログラムを組み込んでいたかがよく分かった。これを踏まえたうえで湧き上がってくる疑問はあの時なぜ、


 いや、それを考えているほどの時間はない!

 真上から急速に接近してくる物が。

 ポルカの操る散弾だ。

 

「危ない!!」


 イリヤさんの声。

 俺は事前に危険を察知している。

 二人同時に、その場から転がった。


 ズガガガガッ。


 おぞましい音とともに地面が抉り取られる。

 

 ポルカは未だジュークと戦闘を継続中だ。

 あの強力な魔導師の少女と正面切ってやり合いながら、こちらへも攻撃する余裕があると言うのか。

 

「イリヤさん、いちいち訊くのも野暮ですけど、その傷で戦えます?」


「野暮なことを訊くな!」


「ですよね」


「とはいえ、この剣を振るう隙をどうにかして作り出さねばな」


 さすがはイリヤさん、あれだけ派手にブッ飛ばされながらも剣だけはしっかりと握りしめていたのか。

 生粋の剣士だ。


 さて、イリヤさんは俺がいちいち気に掛けなくても絶対大丈夫だからいいとして……あの機械仕掛けの子犬をどう攻略するか、だ。


 俺に一つ、考えがある。


「イリヤさん、ちょっとお耳を拝借」


「ん、何だ?」


 俺はイリヤさんの左耳へ顔を近づけこっそりと耳打ちした。


「……っ!?

 そんな事が、可能なのか?」


 この反応は当然だ。俺は純粋な戦闘能力を買われてこの場にいるわけではないのだから。

 だが俺がした提案は、この俺自身が“攻撃”をすることでポルカの隙を作り出すという趣旨のものだった。


「いけるはずなんです。

 俺は昨日、それを体験しましたから」


「……練習している猶予はないぞ、一発勝負だ」


「わかってますとも、だから俺が準備できるまで時間を稼いでくれませんか」


「ふっ、わざわざお前のことなんか待たないよ。

 先に私が自力でポルカを斬ってしまってもいいんだろ?」


 イリヤさんは額の流血を掌でぞんざいに拭き取った。


「ええ、大丈夫ですよ」


 俺は思わず苦笑した。本当にこの人は、いつでもこうだ。

 誰かに委ねるとか、誰かに(おもね)るなんて絶対しない人なんだ。

 己の力でいつも、道を切り拓いてきた人なんだろう。


 この人だからこそ俺は安心して、ついて行けるんだ。


「場合によっては俺から指示を出せないかもしれません。

 タイミングを、合わせてください」


「承知」


 力強く、イリヤさんの返事。


「では」


「あぁ」


 俺は駆けだそうとして一度、振り返った。

 奇遇にもイリヤさんも同じことをしていた。


 そして


「気を付けて」

「気を付けろよ」


 二人の声が重なった。


 俺はもうそれ以上は振り返らず目的の場所へと走る。

 周囲はポルカがパージした鉄くずでまともに進むのも困難になっている。

 

 アルコール・コーリングを展開しながら進む。最適のルートを、最短のルートを。

 目指すは兵士のうちの一人。

 先行した兵士の一団はポルカの磁力のせいで全滅している。その負傷兵を瓦礫から救い出そうと頑張っているようだ。


「すいませーん!」


「ん?

 ヒエッ」


 俺が突如瓦礫の陰から現れたことでその兵士はビビッたらしい。気の弱い奴だ。


「変態!?」


「おい、誰が変態だよ!」


 ん?

 あ、俺、女装中だったな。

 しかも結構服がボロボロになってる。帽子もいつの間にか無くなってて素顔が丸出しだ。多分、イリヤさんと一緒に転がった時に脱げたんだろう。


「こんなところにいては危険だぞ、すぐに立ち去りなさい!

 それと変態趣味は人に隠れて行いなさい!」


「むむぅ……オーケイオーケイ、議論をしているほど俺も暇じゃないんでね。

 変態という部分については認めよう。

 涙を呑んで承服しよう。

 それで、相談なんですけど」


「ん?」


「その背中に背負ってる弓を、俺に貸してもらえませんか?」


「弓を?まさか君が戦うつもりかい?」


「はい、そうです」


「レーヴァティン殿やジューク様が戦っておられるのだから、君の出る幕はないと思うが?」


「あの二人でも苦戦中なの!

 お願いだから、ちょっとだけ貸して?ね?」


「ううむ、まぁ構わんが変態の手には余る敵だと思うぞ」


「変態にしか、出来ない行為があるんです」


 なかなか含蓄ある言葉だな。

 ……意味わからんけど。


 俺は弓と矢を兵士から受け取った。

 弓は木製で、矢の先端についている矢尻の材質は石のようだ。鉄じゃなくて良かった。


「よし、それじゃあ……打ち方教えてください」


「って、知らんのかい!」


 お、この兵士なかなかツッコミが鋭いな!


「はい、初めてなんで。

 優しく教えてくださいね」


「はぁ……まぁいいよ。

 ちょっと貸して。

 弓をこう持って、矢をこう(つが)える。

 そしたら後は的を絞って、すっと右手を放す。

 どう、わかったかい?」


「うん、よく分かりました!」


 矢を放つこと自体は、それほど複雑ではない。難しいのは狙った的にしっかり当てることだ。こればっかりは修練を重ねるしかない。


 俺は弓と複数の矢は収められた矢筒を受け取った。


「ありがとうございます!」


「多分当たらないと思うけど、頑張ってね」


「はい、当ててきます!」


 そう言って俺は周辺で一番巨大な瓦礫を探し、そこによじ上る。見晴らしのいい高台が必要だ。

 首尾よく武器は手に入れた。後は、ポルカを射抜くだけだ。


 昨日、魔獣デストリアとの決戦時、俺は空き瓶を、アルコール・コーリングで知り得た情報から推測しどれくらいの距離をどれくらいの高さで、また速度で投げれば相手の頭部にヒットするかを計算し正確に投擲することが出来ていた。

 聴覚と他の感覚器官の連携がスキルの影響で強化されている、その実感があった。

 

 空き瓶でああいうことが出来るなら、きっと弓でも同じように出来るだろう。

 これが俺の作戦だ。


 アルコール・コーリングによって研ぎ澄まされた聴覚から得る種々の情報。それらを他の感覚器官へフィードバックする。

 アルコール・コーリングの新しい活用方法だ。それを今、試す。


 弓を構える。平らな地面に足をついているわけではない。瓦礫の上という不安定な足場だ。だが大丈夫だ、俺ならばこういう悪条件でも、必ず正確に矢を放てる。


 矢を番え、ポルカの位置を確認する。


 ジュークの放つ魔術によって次々と爆発が起きている。しかしそれらを時に回避し、時に磁力で鎧を纏って防ぎ、時に散弾の雨を降らして凌ぎ、ポルカは逃げ回っている。

 逃げながらも、ジュークに隙があればいつでも致命的な攻撃をポルカは打ち込むことが出来る。

 このフィールドにはポルカにとっての武器が無数に転がっているのだから。


 イリヤさんは戦いに手を出していない。銀の剣はそう易々と使用できない。しかしポルカから付かず離れずの位置をキープしていつでも攻撃できるようにしているあたり、さすがだ。


 ディジーさんの位置も確認しておく。流れ弾に当たって負傷されては困る。

 戦闘が発生している場所からは、ディジーさんの立ち位置は結構離れていた。

 ポルカとディジーさんに憑りついている存在にとって、ディジーさんの知識は必要不可欠なものだろう。

 だから迂闊に死なせるわけにもいかないのだ。安全圏に置いているわけだ。


 これなら、大丈夫。

 多少派手にやったところで、非戦闘員であるディジーさんの身が危険に晒されることはない。

 

 状況は全て、把握した。

 後は然るべきタイミングで、矢を放つのみ。


 ポルカが動き続けている。

 今ではない。

 まだ早い。

 

 断続的な爆発。

 ジュークとて、全力でポルカを焼き払うわけにもいかない。

 

 風は、どうだ?

 ゆるゆると、流れてる。

 ポルカとの距離は50メートルほど。

 この距離ならば微風の影響は、ほぼ無し。


 ジュークの発する爆発音の反響からポルカ周辺の地理は完璧に俺の脳内にマッピングされている。

 俺が狙っているのはもう少し、横だ。


 ポルカが散弾をジュークへ降らせながら跳んだ。

 俺が、まさに俺がそこへ跳んでくれと願っていた位置へ。

 思い通りの、描いた通りのポジションへと、ポルカは入った。


 今しかない。

 俺の右手はごく自然に、弓道の達人のそれと同じように静かに、矢から離れた。


 矢は遂に放たれた。

 ポルカへ一直線に。


 これまでのポルカの行動を観察していて分かった事がある。

 ポルカの攻撃および防御にはパターンがある。

 これはディジーさんが組み込んだプログラムがそうさせているのであって、この律儀な動作はいかなる場合においても人間のようにブレたりはしない。

 そこが、機械ゆえのポルカの弱点になる。


 散弾はまず、遠距離における攻撃手段だ。

 これはたった今、ジュークに対して使ってしまっている。

 

 矢は、しっかりとポルカとの距離を詰めていく。


 ポルカの視線が、移動した。

 矢の存在を、気取られた。


 しかし既に散弾で撃ち落とせるほどの遠距離ではない。

 というか、プログラム的に散弾は近距離には用いられないのだろう。

 

 近距離でポルカが取る防御手段は、あれしかない。

 周囲の鉄くずを纏って鎧を形成することだ。

 しかもその為の道具は手近なところに無数に転がっているのだ。


 あるいは磁力によって反発する力を生み出して矢を弾こうとするかもしれないがこれは考えなくてもよい。

 もし弾こうとしても石の矢尻には効かないから、直接ポルカの頭部を叩ける。


 そしてポルカの発する磁力は案の定、周囲に無数の瓦礫を浮遊させ自身へと急速に引き付け始めた。

 

 巨大化した時に体内へ埋め込んでいた大量の魔導石は、さっきパージした時にほとんど離れてしまっているはずだ。

 今、ポルカに備わっているのは電池兼コンピュータの役割をしている一個のみだろう。

 たった一つの魔導石でこれだけ強力に磁場を発生させるのだから恐ろしい。


 ディジーさんはやはり天才だ。

 そのプログラミングは完璧だしエネルギー効率も最高だ。

 だがそれ故に、俺の策は成功するだろう。


 必ず!


 人間大の鉄製のウィンチが磁力で引っ張られてポルカの方へ飛んでいく。

 ポルカは既に鎧を纏ってガードを固めている。

 俺の放った矢が、ウィンチに弾かれて呆気なく折れ曲がり落下した。


 それでいい。

 これこそが、俺のシナリオだ。


 ポルカは体の前面をガッチリとガードしている。

 防いだつもりだろう。

 が、ポルカの磁力は同時に全く別のものを引き寄せてしまっていたのだ。


 トン、と


 女剣士はポルカの背後へ着地した。


 背面へのガードは、未だ成されていない。

 ポルカは過剰に巨大化すればジュークの魔術の的になるということを学習している。

 だから必要最小限の守りしか、固めていなかった。

 突然背後に敵が出現するなどとは、考えていなかった。


 もしポルカに人間的な感情があったならばこの瞬間、背筋の凍るような恐怖を味わったことだろう。

 

 俺はポルカが近距離では必ず鎧を纏ってガードするという性質を逆に利用し、磁力によって“人間一人が隠れられるくらいのサイズの鉄くず”を引き寄せてしまう位置へ移動するのを待った。

 理想を言えば俺の位置とイリヤさんの位置とポルカの位置がちょうど一直線になるような場所が良かった。

 そして願ってもないことにポルカはまさにその線上へと足を踏み入れて来たのだ。


 イリヤさんは手近な鉄くずを掴んでいたから、自然とポルカの磁力で空中を跳んで移動することが出来た。そして背後へと華麗に降り立ったのである。

 

 いくら臨機応変に対応できると言っても、プログラムには限度がある。

 人間の無限の想像力を、決して超えられるものではない。


「責任の一端は私にある。

 許せ、ポルカ」


 イリヤさんが言った。


「キュイッ」


 機械仕掛けの子犬は短く鳴いた。


 浮遊していた瓦礫が動き出した。

 だが、攻撃するにも防御するにもあまりに遅かった。


 女剣士の突きは、振り向いたポルカの術が始動するよりも遥かに速く眉間へと深々と突き刺さっていた。


 磁力が、消えた。

 浮遊していた瓦礫は全て、落下した。


 数度の痙攣の後、ポルカの目から光が失せた。

 ディジーさんの発明した恐るべき兵器は、その機能を完全に停止したのだ。


 俺は戦いが終わったのを確認するやいなや、ディジーさんの元へと駆けた。

 虚ろな目が、走り寄ってくる俺を捉えたようだ。


「ディジーさん、大丈夫ですか!?」


「あ、あなたは……」


 まだ現状認識がはっきりしていないのか目をパチパチさせて、ディジーさんは言った。


「操られていたんですよ。

 でも安心してください、もう」


 ポルカは破壊しました、と言いかけて止めた。少しディジーさんが不憫な気がしたからだ。


「……もう、全部終わりました」


「あぁ、そうなのですね。

 あなたが、私を助けてくれたのですか?」


 眠たげな目で、ディジーさんはその身を俺に委ねてきた。

 魔性の存在に操られていた影響なのか、酷く疲労しているように見えた。


 むふふ……役得役得。


 俺はここぞとばかりにその肩を抱き寄せてみる。ディジーさんに抵抗する力は無い。


「あぁー、はい。

 俺が助けました!」


 まぁ多少盛っても良かろう。

 俺も実際、ちょっとは活躍したしね。

 ヒーローは殊更に卑屈な態度は取らないものだ。


「……そう、なの。

 ありがとう」


 ディジーさんは俺の顔を見上げて、ゆっくりと目を閉じた。

 

 お、

 お、

 おおっ!

 

 このシチュエーションはもしかして、もしかする奴かぁっ!!?


 皆さん、申し訳ございません。

 俺はこれからディジーさんとキスをすることにします。


 顔を少し傾けて、俺はこの有り難い申し出を受け入れることにした。

 ちょっとくらいね、異世界なんだもん、いい思いをさせてくれよな。


「んむぅー……」


 そろりそろりと、潤んだ唇へ近づいていく。

 そして俺も目を、閉じた。


 俺の顔に、ディジーさんの顔が……べたりと……ん?

 

「むぐっ!ちょっと!!」


 俺の顔が横から誰かの手で押されていた。

 驚いて目を開けるとそこに……。


 ジュークが、ディジーさんと唇を交えている光景があった。


 こんな時でもアルコール・コーリングである。

 唇が合わさっている場所から水音がクリアに聴こえてきた。


 あぁ!何という事だ!

 ジュークがディジーと激しく舌を絡めているのがわかる!

 

「おい!おいおいおいおいいっ!!」


「……はい、ごちそうさま!」


 言って、ジュークは俺とディジーさんの体を引き離した。

 ディジーさんはジュークの腕の中でがっくりと脱力し、そのまま気を失ったようだった。


「な、何て酷いことをっ!!」


 俺は憤慨した!


「んもう、豚さんはほんとにエッチだね!」


「は、はあっ!?

 ジュークだって、キ、キスしてたじゃないか!!」


「分かってないみたいだね、まぁだから狙われたんだろうけど。

 今、危なかったよ。

 ディジーに憑りついてた奴、豚さんに鞍替えしようとしてたんだから」


「……え?」


「代わりに私が食べちゃったから大丈夫だったけど」


 これはあれか。禁書がポルカへ乗り移った時と同じように、俺が魔性の存在に乗り移られようとしていたということだったのか。

 クッ、狡賢い奴!

 でも……でも、クソッ!

 たまにはいいじゃねぇか、俺が報われたって!


「残念だったな」


 ポン、と俺の肩にイリヤさんが手を置いた。


「うぐっ、慰めてくれなくて結構!」


「おい、泣くなよ……」


 泣きたくないのに泣けてくるぜチクショウ。

 こっちの世界に来てからやたら感情が豊かになってきてそれはそれでいいことだチクショウ。


「あぁーもう、私がキスしてやろうか?」


「ええっ!?

 そんな!!

 いいんでしょうか!?」


「あぁ、目を閉じろ」


「はい!」


 俺は目を閉じて待った。

 1秒、2秒、3秒……全然来ないな。

 てか目を閉じていてもアルコール・コーリングでわかっちゃうんだなこれが。

 そろりそろりと、半笑いのイリヤさんとジュークが後退していってるのが。


「て、てめえらぁ!!!」


「あ、バレちゃったみたいね!」

「あぁ、そのようだな」


 俺の異世界はハードモードだ。

 だがまぁ、楽しくないかというとそうでもない。


 こういう掛け合いもまた、一興である。


 俺は目じりの涙を拭った。

 なんだか可笑しくなってきて、夕暮れ時の空を見上げて、笑った。


 

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