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Day.4-18 クロスドレッサー・ラプソディ

 記憶を逆行する。

 俺が異世界へ来て2日目、あの日の夜、魔導通信網をアルコール・コーリングで辿った時のことを思い出す。

 

 魔導石は通信をする際、非常に微弱ながら、針を柔らかなマットの上に落とした時のような金属質の音を発する。

 それと同じ音を、ポルカから拾えるかどうか。


 イリヤさんが剣を鞘から抜いた。

 そして前方を凝視している。

 俺はそっちを見ていないが、音でわかる。


 敢えて俺に話しかけないようにしてくれている。俺の注意力を削がない為だ。

 俺が今何をしているのか、理解してくれているからだ。


 有り難い。

 イリヤさんだからこそ、俺は背中を、命を預けられる。


 ポルカの内部で鳴る雑多な金属音の奔流の中から、あと少しで必要な音を掬い上げられそうな気がしている。

 だが足りない。わずかに、届いていない。


「すいません、もう一本、もらえませんか?」


 俺が言うとイリヤさんは迅速にバッグから酒を取り出し渡してくれる。

 一気飲みだ。途端にはっきりとクリアになる聴力。


 アルコール・コーリングの深度は酔いの深さに比例する。

 音の粒が高精細になってきた。

 アナログ放送と4K放送って感じかな。


 軋みを上げるポルカの仮初めのボディを飛び交う、魔導石の放つ音。

 それを、俺はしっかりと鼓膜で掴む。


 ポルカはゆっくりとした非常にぎこちない足取りで前進している。

 このままの進路ならば、時間はかかるだろうがいずれサンロメリア城へ達するだろう。

 その前に、決着をつけなければならない。


 イメージは、毛細血管だ。

 魔導石同士が魔力の伝播によって繋がっている。

 そしてその通信網により指令が各部位へ送信され、ポルカの巨体を動かしている。

 全ての大本は、通信網の始点は、やはりあそこか。

 頭部だ。

 そこだけ唯一、犬の形状を残している頭部。

 そこに握り拳大の魔導石が埋まっている。

 それが、ポルカの“脳”だ。


「頭部です!

 両目の間、眉間の奥に、全ての指令を送っている魔導石が!」


「了解した!!」


 力強く、女剣士は言った。

 その脚は大地を蹴って一直線にポルカへと向かう。


 普通にジャンプしては決して届かない高さがある。

 果たしてどうやってポルカの頭部に上るつもりなんだろう。


 ポルカは宙へ浮かべた瓦礫を弾丸さながらに次々とイリヤさん目掛けて放つ。

 しかし女剣士の動きは速く、かつ巧みだった。

 緩急をつけた上で左右へダッシュと急停止をしながら降り注ぐ瓦礫全てを回避する。

 隙間を縫って、地を蹴り跳ぶ。


 イリヤさんは浮遊している瓦礫や重機を踏み台として使い、あっという間にポルカと同じ目線の位置まで跳び上がっていく。


 なるほど、そういうことか。

 ポルカの操る強大な重力を、逆に利用したわけか。


 強烈な速度の突きが、ポルカの眉間へ吸い込まれ


「くっ!」


 その直前、空中でイリヤさんの体勢が崩れる。

 剣が手から離れ吹っ飛んでゆく。

 磁力操作によって剣を弾かれたか!?

 イリヤさんは後ろへ回転しながら落下を始めた。


 そこを狙い澄ましたかのようにポルカの右腕が拳を作り真上から押し潰さんと迫る。

 空中では回避は不可能だ。


「イリヤさん!!」


 やっぱり無茶だったんだ。

 鉄の剣で立ち向かうのは。


 いくら頑丈とはいえ、あんな巨大な拳で叩き潰されたら!


 背中から、イリヤさんは地面へ激突する。これだけでも、普通は大ダメージだ、全身複雑骨折は免れないだろう。その上に、ポルカの拳が振り下ろされる。


 ドガアッ!


 石造りの街路を砕き破片を撒き散らして、巨拳は地面へ減り込んだ。土埃が朦々(もうもう)と舞う。


「そ、そんな……」


 俺は思わず声を上げた。


 こんなことって……こんな“芸当”が、出来るのか!?


 アルコール・コーリングの対象をイリヤさんに絞っていたから俺には、全て把握できた。

 何がその時起こったか。


 イリヤさんは背中から落下する際に全身を横方向へ回転させ、柔道の受け身のように落下の衝撃を分散させながら拳の攻撃範囲から転がって抜け出していたのだ。


 15メートルか20メートルくらいの高さはあったはずだ。

 それなのに、難なく、女剣士は生還した。


 土煙の中に、イリヤさんの陰。


「ふぅ、参ったな」


 ポルカを見上げ、そんな事を言ってのけた。

 今まさに生死の淵から抜け出したばかりだというのに、全く動揺していない。


 だがどうする?

 どうやってこの難敵に立ち向かう?


 ん?


 何か、音が。

 腹に響く重低音が聴こえる。地鳴りのような。


 アルコール・コーリングのソナーを展開。

 今、起ころうとしている変化は……。


 これは!!


「イリヤさん、今すぐそこから離れてください!!」


「何っ!?」


 女剣士の反応は速い。

 俺が警告を発し終える前に既に、動いていた。

 後方へ、飛び退いていた。


 ズガガガガガッ。


 機銃掃射のように、イリヤさんが今し方まで立っていた場所を大量の飛来物が粉々に砕いて通り過ぎた。


「チイッ!やはりそうか!」


 やはり、とはイリヤさんもその可能性を予め考えていたということか。


 ポルカの周辺にある石造りの建物が、次々と崩壊し始める。

 ポルカを中心として放射状に、続々と建物が砕かれてゆく。

 さっきの機銃掃射は、砕かれ生じた瓦礫が竜巻のように渦巻いてイリヤさんを襲ったものだった。


「これは一体、どうなってるんです!?」


 石をも、磁力で砕いているというのか!?

 それとも何か別種の力なのか!?


「ロメリアの石造建築の目地(めち)材には火山灰が含まれている!」


 火山灰?

 それがどう関係すると?

 いや、もしかして……。


「鉄を、含んでるってことですか!?」


「そうだ、細かい鉄鉱石や砂鉄が火山灰にはふんだんに含まれている!

 だから奴は、それを高速で揺り動かすことで建物を粉砕しているに違いない!」


 微粒子の高速振動で物体を破壊か。更に細かく砕いた瓦礫を投擲武器として活用するとは。


「って、それじゃあ益々近づけないじゃないですか!?」


「何て奴だ、くそっ」


 そういやさっき馬車から降りる時に兵士に対して、石造りの建物が多いとか言ってたなイリヤさん。

 あの時には既にこういう使い方をされることに思い至っていたのか。


 まるで惑星の周囲に漂う小惑星(アステロイド・)(ベルト)のようにポルカの周りを取り囲む瓦礫。

 あれでは迂闊に近づけない。あっという間に蜂の巣だ。


 まず第一にあの瓦礫を取り除かなければ接近すら出来ず、近づいたところで何層にも渡って固められた鉄くずが堅牢な鎧となって立ちはだかる。

 弱点である頭部まで跳び上がれば何とか攻撃できそうだが、案の定その付近には無数の瓦礫が渦巻いている。


 難攻不落の要塞と化しているわけだ。

 しかもイリヤさんにも俺にも武器がない。


「何か……何か打つ手は?」


 木造建築は磁力の影響を受けないので今のところ無事なようだが……。

 木の武器……木刀か、とてもじゃないが鉄製の頭部を貫くのは無理だ。


 何も出来ないのか!?

 こうしている間にもポルカは着々と巨大化し、それに伴い進行速度も上がっている。


「おい、ボサッとするな!」


 イリヤさんが急に俺に抱きついてきた。

 じゃなく、俺を抱いて前方へ体を投げ出した。


 一瞬後、そこを通過する散弾の嵐。

 街路を無残に削り取り、瓦礫は再び渦巻いてポルカの周囲を浮遊。


「ここにいては危険だ、一旦下がるぞ!」


「は、はひぃ!」


 避けなければ今、死んでたな間違いなく。


 イリヤさんの背中を追って走るが、あれほどの速度は出せない。背後から背筋の凍るような粉砕音が聞こえてくる。

 アルコール・コーリングは嫌でもその音から脳内イメージを提示してくる。三列に並んだ破壊の車輪が石畳を砕きかき混ぜなら俺を巻き込もうと襲い来る。


 あんなものに巻き込まれたら、ミキサーの中の果実よろしく肉も骨も微塵になって死ぬ!


「だ、誰かぁ!」


 俺は主役だぞ!こんなところで!


 ……死ぬわけは、無いのだ。


 俺の足下を、複数の黒い魔方陣が通り抜けていく。

 磁力で操作された破壊の車輪がその上を通過した瞬間、地面が大きく、隆起した!


 回転を阻害された瓦礫は隆起した地面と衝突して次々と弾け飛んでゆく。俺は地面にへたり込んでゼィゼィ言いながら、突如出現した石壁を呆然と眺めた。


「はえぇー、すんごい!」


 ポルカの頭部が動いた。視線の先に、新たに姿を現した敵の存在を認める。

 

「はい、お待たせー!」


 場違いなほど朗らかに言って、魔導師の少女は空から降りてきた。空中を浮遊して来たのか!?

 魔導師というのは何でも出来るんだなぁ。


「ジューク、遅いよぉ……俺、たった今死にかけたぞ」


「ごめんごめん、探し物に手間取っちゃってね」


 言いながら左手を開いて突き出す。それを合図に俺の目の前で石壁が波打ちながら形状を変化し、鋭い槍と化して猛スピードでポルカへ飛ぶ。

  

 ポルカの磁力は、魔力によって操られるその攻撃を止められない。次々と槍が巨体へと突き刺さりポルカを構成する鉄屑や瓦礫や重機を砕き、剥がしてゆく。


「はい、イリヤにはこれを。

 見つけるの結構大変だったんだから。

 何せ催事にしか使わない奴だしね」


 ジュークは右手に握り締めた剣を、イリヤさんへ手渡した。

 イリヤさんの目が、光る。


「これは……!

 なるほどそうか」


 何かを納得したかのように頷いて宙で剣を一振りする。


「あのー、その剣は一体……」


「銀の剣だ」


「銀の?」


 それがどうしたというのだろう。


「銀には古来より、魔物や邪なものを祓うという言い伝えがある。

 あのような、邪悪な奴を倒すのには(あつら)え向きだ」


「ちょっとちょっと!

 言い伝えって……要するにそれ、気持ちの問題って事ですよね!?」


「それともう一つ」


 イリヤさんは俺の疑問を遮って、言葉を継いだ。


「銀は、鉄や銅などとは磁性が違う。

 あいつの厄介な術の影響は、受けない!」


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