Day.4-14 魔導石の行方
「そういうのって使い回し出来るのか?」
魔導石って乾電池みたいに使い切りのものじゃないのか。気になって質問してみる。
「魔導石への魔力の再充填は誰もが簡単に行えるものじゃないね。
専門の技師か魔導師が必要だよ。
だから使い古した魔導石を素人に渡したところで精々、部屋の飾りくらいにしか使えないんだろうけど……でもそんなものを欲しがる時点で変だよね。
それに、兵士からマリの手に渡ったはずの魔導石が、どこをどう探しても見つからないんだよ」
「魔導石は誰か他の人間の手に?」
イリヤさんは独り言のように言った。
「覚えてる?
王様がこの前に言ってたこと」
「帝国からスカイピアへ不正な物資の輸出がある、という話だな」
これは一昨日、王様がマスキュラさんと共に帰還し、その際に宿で交わされた会話の内容だ。
武器や魔導石などが密かに国外へ持ち出されていると。その相手が連邦国家スカイピアらしい。
「私が思うに、あの店は帝国の物資をスカイピアへ流す際の窓口として使われてるんじゃないかな?
もちろん元締めは、あのマリっていう女だと思うよ」
「ふむ……魔導石を欲するのは不自然だし、その肝心の石が見つからないというのも不可思議だが、それだけで話を飛躍させ過ぎな気がするがな」
イリヤさんは、ジュークの説に懐疑的だ。
俺も現時点では、マリさんがそこまで悪辣な人だとは思えない。
もう少し、何らかの証拠を集めたい。
「もう一つ、判明したことがあるよ。
妨害装置が置かれていた部屋が、あの店でも特別な場所だったというのはこの前、マスキュラが言ってたよね」
「あぁ、顔馴染みしか使えない特室らしいな」
「あの部屋は一週間まるまる、とある客によって借り上げられていたらしいよ。
その客は前金で金貨100枚を店側に渡したってね」
一週間泊まり込みで金貨100枚か……豪勢な客だ。だが、何故?
「そこまでの大金見せられたら、マリも首を縦に振るしか無かったって。
これはあの店の女中が言ってたことみたい。
で、この客は滞在中ほとんど外出もせず、部屋に籠りっきりだったらしいね。
たまに店側が気を使って女中を送っても、適当に相手してさっさと返してしまったっていう話だよ」
「そいつが装置を置いた奴でほぼ間違いないだろう」
「そうだね」
「ちょ、ちょっといいですか?」
引っ掛かることがあったのでここで割り込む。
「明らかに怪しい奴でしょ、そいつ。
よく店側も特室に通しましたね」
「お金が必要だったんじゃない?
金貨100枚は結構な額だよ」
ううむ、それだけだろうか。
まぁこの件については、客の正体が掴めない以上、正確なところはわからない。
マリさんに直接訊いて、素直に話してくれるとも思えないし。
「だがその件と不正な物資の輸出とがどう繋がる?」
「いいね、イリヤ、それ聞いてくれなきゃね」
ウィンクして自信ありげに、ジュークは推理を語り始めた。
「豚さんの言うとおり、いくら金に飢えてるからと言っても、そんないきなり大金ばらまいて居候させろなんて、しかもそれをわざわざ色町で要求してくるなんて、怪しすぎるよね。
普通は、相手の身元がはっきりしなきゃ断ると思うよ。
でもマリは断らなかった。
それは既に相手と顔見知りだったから、そして相手の目的をも事前に知っていたから。
もしくは、日常的に“売人”とそういう密会を交わしているからかもね」
ジュークは、あくまでマリさんが妨害装置を置いた存在と繋がっていると考えているようだ。
そしてどうやら、ああいった職業の人間の事を快く思っていないらしい。言葉の端々にトゲがある。
「ならば魔導石も……」
「あの日、“敵”の手に渡ったんだと私は思うよ」
辻褄は……合うのかもしれない。マリさんが協力者だと仮定すると。
しかし、俺はジュークの推理にはいまいち乗り切れない。
マリさんが尋問に対し黙秘を貫いているのは何故か。本当にマリさんが裏の取引の仲介をしていたからなのか。
アルコール・コーリングは押し黙っている相手には効果がない。心臓の鼓動を聴いて嘘か信か探るくらいは出来るだろうが、恐らくマリさんくらいの女傑には通じないと思う。
「あ、そうそう、あんまり重要じゃ無いかもしれないけど……あと一つだけ。
あの日マリの店に入った新人は4人らしいんだけど、代わりに2人、辞めた子がいたみたい。
だから何だって話なんだけどね」
新人入店と同時に2人解雇、ということか。店の新陳代謝を図ったのだろうか。
マリさんは面倒見のいい人らしい。マスキュラさんが言っていた。その言葉を信じるならば、そうバッサリと店のキャストを切り捨てるだろうか。
今回の一件と、無関係の情報なのだろうか。
一応、頭の片隅に入れておくか。
「という訳でそろそろ、私の教え子達を使おうかと思ってるよ」
「兵士の尋問は手詰まりのようだからな。
術で、自白させるか」
「さっさと私に投げれば良かったんだよ。
ラガドの奴、功名心出しまくって空回りしてんじゃない?」
「ラガドか、そういえばさっき王立図書館で会ったぞ。
ロクス王子に取り入ろうと必死な様子だったが」
「あはっ、そういうとこが小者っぽいんだよねぇ。
人の上に立つならもっと、どーんと構えていて欲しいね私は。
それで、イリヤは何しに図書館へ?」
「あぁ、これだ」
イリヤさんはバッグから禁書を取り出した。一見何の変哲もないただの本だが、こいつがいきなり牙を剥いてくるから侮れない。
「昨日退治した魔獣について、改めて調べておこうと思ってな。
禁書だが、持ち出してしまった。
というより、こいつが私についてきたんだが……」
ジュークを見て暴れるかと思ったが、禁書はおとなしくしている。とても敵わないと分かっているのだろうか。
「へぇ、禁書ね。
ちょっと触ってみてもいい?」
「あぁ、ジュークなら問題ないだろう」
禁書がイリヤさんからジュークへ手渡される。
「ふぅーん、魔物に関する本ね。
で、どこがどう禁書なの?」
「ふむ、おとなしいな。
そいつ、噛み付いてくるんだがな」
「そういう系ね、了解。
でもおかしいなぁ、全然魔力を感じないけど」
ジュークは首を捻りながら本をパラパラとめくったり叩いたりしている。
やがて、
「ほいっ」
とか言って禁書を俺に投げて寄越した。
「おわっ、ちょちょちょっと!!」
落としそうになったが何とかキャッチした。とんでもない事をする奴だ。俺が噛まれたらどうするんだ!
いや……だが俺が持ってても禁書は何の反応も示さない。
昼寝中か?
「も、もしかして……」
ここで俺はある可能性へと思い至る。
「さっき、ポルカをおとなしくさせた時に魔力を使い果たしてしまったんじゃあ……」
王立図書館の庭園で暴走するポルカに噛み付いてその場を収めたのはこの禁書だ。
だがあれで、禁書に込められていた魔力か術が消えてしまったのでは?
だとするなら、何て飼い主想いの本だろう。自らの命を投げ捨ててまでイリヤさんを助けるとは。
「いや、違うね」
ジュークは即座に否定した。
「違うの!?」
「そこまで平和な奴じゃないよ、その禁書に封じられていたのは。
微かだけど、痕跡を感じた。
そいつはもう、別の何かに乗り移っているよ」




